救いたいと思うことをやめたくはない①
何者かが飛び降りる音が聞こえ、侵入者が来たかと思い魔力を探知しながら屋敷を見回すが見たからない。 というか……。
「ケンさん、いましたか?」
「……いや、むしろ……いなかった」
「いなかった?」
「アキレアと、エルちゃんが……逃げたっぽい。
開け放たれた窓から風が吹いて、嫌な汗を乾かして寒気を呼んだ。
「……えぇー。 いや、あの、結構私も頑張ったつもりだったんですよ。 樹さんの話を聞きたくて」
「悪い。 見張っとくべきだった……。 いや、逃げるとは思わなくて、というか、なんでいなくなったのかも……」
一瞬、また神聖浄化でおかしなことになったのかと疑ったが、窓が開いていることと着地音がしたことから自分で逃げ出したことが分かる。 あるいは連れ去られた可能性もあるがーーあのアキレアをどうこう出来る存在がそう易々といるとは思い難い。
つまりアキレアとエルちゃんは自分の意思で逃げた……。 俺としてはそれなら追う必要もないと思うが、イチカはエルちゃんから雨夜 樹の話を聞きたくて着いてきたわけだから、二人を追うだろう。
問題は……街の方にいる王女様一行はイチカを連れて行きたがっていることだ。
「……どうする?」
「私は……その……あの……」
目が泳いでいる。 俺を見て、窓の外を見る。
追うのならば、止めることは出来ない。 それを伝えるために頷いてみせるが、イチカは口をそれ以上動かさない。
「なぁイチカ……追いたいなら、止めは……」
少女が薄く微笑む。 嬉しそうにも見えるその笑みを見て、自分のすべきことを、どうしたら少女を救えるのかを察する。
「一緒に来てくれ。 追わずに、俺と行こう」
目を逸らされるけれど、離れて行こうという素振りはない。
「……でも、私は……樹さんの話を聞きたくて……」
「諦めろ、なんて、言いはしない。 だが……それでも、思い出に浸るために生きるのは、そうやって生きる姿は見たくない」
「……」
「……エルちゃんは会ったこともないんだ。 雨夜 樹の産まれ育った家や、母親のことは知っているだろうが。 直接の繋がりはない」
「そんなこと、分かってます」
「雨夜樹を思い出すためなんだろう。 分かっている」
「分かっているならっ」
拒否をしている。 違う。
本当にただのそれだけしか思いがないなら、とっくに二人を追っているはずだ。 口を開くなら、何かを伝えるなら、上手くやろうとするのではなく、ただ思うことを伝える。 嘘は吐けない。
嘘を吐いたら、きっと傷付ける。
「……俺は、お前のことを救いたい。 そう思っている」
「無理、ですよ」
「そう思う。 ……だが、諦めたくはない」
「……なんで」
「イチカのことは仲間だと思っている」
「私にはケンさんは子供にしか見えませんよ」
「仲間に年齢など関係あるか」
「私は貴方を大切に思っていません」
「俺の意思にイチカの意思が影響するはずないだろ」
口から出るのは、少し傲慢かもしれない言葉ばかり。
「……感謝はしないでしょうし、むしろ恨むかもしれません」
「来るって意味でいいのか。 それは」
「馬鹿だって、言ってるんです」
「何言ってんだ。 俺はこれでも前の世界だと……」
勉強は出来ていた。 賢かったかと言えば、馬鹿なことをした思い出しかない。 尤も、こちらに来てからも同じだけど。
「……馬鹿だったな」
「ほら、やっぱりです」
「まぁ、それでも一千年待つよりかはまだ賢い」
「……欲しいものを欲しいというのは、愚かでしょうか」
「当たり前だろ。 俺なら、その時に死ぬ。 一千年待つよりか、よほど楽だ」
「……無理ですよ。 樹さんは、私が生まれたときには死んでいましたから」
「……は?」
「なんでもないです。 ……私は、貴方といたら貴方のことが嫌いになって行きます」
「なんでもないって……。
まぁ、それでもいい。 引きこもりを外に連れ出すんだし、恨まれることもあるだろ。
いいから、俺と来い」
彼女の手を引いて、瞳同士を近づける。 真っ直ぐに見たら、照れるように目を逸らされた。
「……なんで、貴方はあんなに似てるんですか」
恨み言を吐くように、イチカは口を開く。
「イチカが何にでも面影を求めてるからだろ」
何でもないように返し、頰を掻く。 手は出してないけれど、互いに恋心ないけれど……何となくリアナに悪い気がしてきた。
いや、異世界だし勇者だしハーレムパターンとかもありな気が……。 糞真面目な剣士と、千年待つ未亡人ロリ……ねえな。
とりあえず、イチカとは一緒に旅をして……引きこもりなのを治すか。 人と関われば、想いも薄らぐかもしれない。
人を愛するのをやめさせるなんて、正しいことだとは思えないが。
それでも俺は……救いたいと思うことをやめたくはない。
「そうかも……ですね。 そうかもしれません。
よく見たら、樹さんの方が一万倍はかっこよかったです」
「それはどう考えても美化してるだけだ。 多分1.2倍ぐらい俺の方がかっこいい」
「いや、樹さんの方が2.5倍かっこいいです」
「控えめにしてくるなよ」
旅にまた出ることになるが、せっかくなのでレイも誘ってみるか。
どうせ、あいつも今は何もしていないだろう。
他国に貴族の子息を連れていくのは問題になるかもしれないが、それはそれとして連れて行けるなら連れて行きたい。
レイ……面倒を見てやりたい後輩のように思っているが、放っておいたらニートになりそうなんだよな。 代謝のいい若い間なら細身でも、運動もしない中年になれば、デブニートになるだろう。
それはなんか嫌だ。 あと、王女様のアプローチが面倒なので強さも充分なレイがいたらそっちに移ってくれるかもしれない。
アキレアの弟だし、上手くいけば完全に押し付けられるだろう。 そしたら王女様も幸せ、レイも幸せ、俺も幸せ、国は知らん。
「旅、レイも誘うな。 ああ、知らないだろうけどいいやつだから」
イチカとともにレイの部屋に行き、暇そうに窓の外を眺めている彼を見る。 知的に見える少年だが、ぶっちゃけ頭は悪く、何を考えているのか分からない。
一瞬、寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「外を見てたのか?」
「ああ、はい。 いい天気なので。 ひなたぼっこをしてました」
「外出ろよ」
「風とか当たりたくないです」
「ずっと見てたのか?」
「はい」
「アキレア出て行ったか?」
「はい、すごい勢いで義姉さんを持って走ってましたね」
その光景を見て無反応でひなたぼっこを続けていたのか……。 もしかしてアホなんじゃないか。 こいつ。
呆れていたら、つまらなさそうに溜息を吐き出した。
「なんで兄弟でこんなに違うのでしょうね。
僕は魔法一辺倒で、兄さんは剣ばかり。 兄さんは見苦しいぐらい必死で……僕には何もない」
「何もないって……」
「……僕は、何もないですよ」
頰を掻く。 口を開く。
「お前も知っているだろうけど、俺が初めて出会ったときのアイツ……アキレアになる前のアイツは、同じだったぞ。 ……旅に出よう」
「……はい」
「ところで、お姫様とかそういうのは好きか?」
「権力は羨ましいです」
相変わらず無闇やたらに素直だな。
とりあえず同意も得られたので、お貴族様ぱうわぁで馬車を用意させてそれでいこうか。 流石に徒歩はきついしな。 俺も悪くなったもんだ……。
「……でも、俺は魔法も近接戦もだけど、レイもイチカも魔法特化なんだよな。 バランス悪いな」
「私は肩パンには自信ありますよ」
「最近石の鎧を纏ってぶん殴る魔法を覚えたのでいけますよ。 脱臼しますが」
ダメだこいつら。




