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健やかなる時も②

 彼と出会って色々な感情を彼に向けた。

 初めは恐怖心だった。 血に染まったボロボロの服、血のついた床、血の色の様な髪と眼、臭いも酷く鉄臭くて、蒸せ返るようだったのを今でも確かに覚えている。


 ほとんど変わらない表情は、僕のイメージしている「とんでもない悪人」に限りなく近かった。 いや、そのものだとも思ったぐらいだ。


 でも、身体が少し楽になっていることに気が付いた。 彼の腕が折れていて、全身が傷だらけなのも分かった。


 とてもではないけど、食べられた物ではないようなカサカサでカチカチなパンの欠片を食べるように言われた。 彼の頬は痩せていて、青白くなっていることにも気が付いた。


 僅かな安堵と共に、彼は僕の一挙一動にちょっとした気を張っていて、彼も僕と同じように怖がりなんだなって思って、僕より大きな人が、僕なんかでは絶対に敵わない人が僕を怖がっていて、ちょっと面白く、可愛らしいと思った。


 いい人だって知ったのは、怖いと思って直ぐだった。


 優しい人だ。 得体もしれない僕なのに、面倒くさい僕なのに、今まで誰にも言えなかった悩みを聞いてくれたし、それでも一緒にいてくれた。


 役に立たない僕なのに、いいところなんてない僕なのに、頭を撫でてくれたし、背負って逃げてくれた。


 足手纏いの僕なのに、卑怯なことばかりの僕なのに、守ると言ってくれた、愛しているって抱きしめてくれた。


 僕を救ってくれた感謝が溢れて。 僕に絶望を与えた恨みが募る。


「そんないい人だから、ーーちゃんは今辛いんだね」


 隣で僕の懺悔を聞いてくれていた女神様が、呟くように言った。


「ーーじゃないです。 エルって呼んでください」

「……辛くならない? ここから戻るのは難しいよ」


 知りませんよ。 小さく呟いた。


「……ここにいていいんですか? また怒られるんじゃないです?」

「あの世界じゃないからセーフ? なのかな」

「聞かれても分かりませんよ」


 ため息を吐き出して、その場に蹲る。

 打ちっ放しのコンクリートは冷たくて、制服のスカートの内側にまで冷たさがやってくるようだ。


「なんで、神聖浄化(クリーン)の中が僕のいた学校なんですか」

「それはーーちゃんの地獄のイメージがそうだったからだよ。 ……本物じゃないし、ここから見える光景は気にする必要はないよ」


 いつも僕がいた学校の屋上から見下ろす世界は、やけに黒々しい。 瘴気が集まり過ぎて赤黒い霧になっていて、魔物が産まれては他の魔物に殺されて瘴気が散って、と繰り返されていて、まさに地獄絵図だ。


「……酷いこと、してたんですね」

「これを見て、自分が悪いって思えるのは、ーーちゃんのいいところだけど、悪いところだよね」

「エル、です」


 このままいけば、重みで登って来れない瘴気も、積もりに積もってしまえばいつかは僕のところに辿り着く。 そうしたら死んでしまう。


 女神様には「エルです」と何度も訂正するけれど、エルという名前を名乗れるのは、後何度ぐらいなのだろうか。


 いっそのこと、帰ったらお母さんに名乗ってみようか。 驚いた顔をクスクスと想像してから、膝を抱えて頭を埋めた。


 本当に地球に帰ってしまったら、死ぬしかない。 屋上から飛び降りて、死ぬしかない。 死ぬしかない。


「これ、解除とか出来ないんですよね?」

「うん。 ーーちゃんに渡した能力だからね。 無理矢理ーーちゃんから能力を回収したら、能力で出来たごとーーちゃんが消えちゃうかなぁ。 まぁ回収はちゃんとするけど」


 むしろしないで消してくれたらいいのに。


「……そうですか。 ……女神様って、優しいですよね」

「あっちの世界に戻すのは無理だよ? 怒られちゃうから」

「……そこをなんとか」

「ダメダメ。 だって、すぐこっちに戻ってくるし、意味ないよ」

「……一目、もう一度見たいだけなんです」


 女神様は首を横に振って、悲しそうに笑う。


「好きなんです。 アキさんのことが、どうしようもないほど、好きなんです。愛しているんです。 あの人だけなんです。 僕には、あの人だけなんです。 優しいところも、怖いところも、強いところも、弱いところも、馬鹿なところも、変なところも、えっちなところも、ダメなところも……あの人しか、ダメなんです。

あの人がいないと、ダメなんです。 あの人も、僕がいないと。 隣にいないと、毎日抱きしめてあげないと、泣いちゃうんです。 僕がちょっとでも離れると狼狽えて、僕が「ふん」ってちょっと不機嫌なフリをしただけで必死で喜ばせようとしてくれて、撫でてあげたら気にしてないフリをしながら喜んで、ちゅーしてあげたら何よりも嬉しくなってくれて……。 好きなんです。 好きなんです。 どうしようもないぐらい、アキさんもきっと同じように思ってくれていて……。 何でもしますから、魔王でも何でも倒しますし、世界を救うのでも、何でも、します。 だから、あとほんの一瞬でいいから、一秒でいいから、会いたい。 会いたいです。 会いたいです。 そのあとはどうなっていいから。会いたい、会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい」


「……ごめんね?」


 空気に溶けるように女神様は何処かに消えて、屋上もどきには一人だけ取り残される。


「会いたい、会いたい。 会いたいです。 アキさんに会いたい」


 一人でそう呟いて、スカートの中に涙を染み込ませる。

 何がいけなかったのか。 騙していたことだろうか、利用していたことだろうか。


 いっそ初めからやり直すことが出来たら……そう思っていたら、月城さんの能力を思い出す。 でもあれは、若返るけど、中身はそのままだから意味がない。


 ああ、いや……あれがある。 あれがあった。 使い道なんてあるとは思っていなかったけど、僕が持っている能力はその二つだけじゃない。


 まぁでも、うん。 あっちに戻ることは出来ないのだから、どうしようもない。


 瘴気が増えすぎて死ぬまで、思い出に浸って生きていよう。 治癒魔法さえあれば、飢えても死ぬことはない。

 不幸だけど、でも、アキさんを思って死ねるなら幸せだ。


 でも、会いたい。 会いたいし、話したいし、抱きしめられたいし、ちゅーされたい。


 こんなことになるなら、アキさんにはもっと好きなようにしてもらえばよかった。


 いつも我慢させてたし、結局、何で嫌だったかというと、子供が出来てしまったらアキさんの愛情が奪われると思ってだ。


 まだ大人にはなれないから、アキさんに甘えたりないから、したくなかっただけ。 こうなったら、無意味に我慢させていたことになる。


 いや……無意味なのは、僕と過ごした日々の方だろうか。 結局、結局、裏切って消えただけだ。

 それでも恨まれたくなくて、最後っ屁のように洗脳魔法をしたけれど、それもいつかは解けて、僕のことを蔑むようになるだろう。


「……それは、やだな」


 ゆっくりと息を吐き出して、目を閉じる。 もっと楽しいことを、思い出そう。

 大好きな人の笑顔だけ、思い出して死のう。


 吐いたため息は、狭い世界に消える。


 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 会いたい。

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