君を想えばえんやこら③
イチカはそれ以上の語りを嫌がるような素振りを見せたので、俺も問い詰めるような真似はせずに机に置かれた茶菓子に口を付ける。
「ケンさん。 自分の幸せを思うなら、この世界で生きようとするのは諦めた方がいいですよ」
「……いや、俺はこっちの世界でしか生きられない。
リアナ……俺が好いている奴も、俺以外には貰い手がいないだろうしな」
そう言ってからヘラヘラ笑う。 まぁ、多分他に男を作ってなんてことはないだろう。
リアナが他の男に靡く、そんな姿も想像しにくい。
「そうですか。 大切に思ってるんですね」
イチカは悲しそうに微笑んでから、俺を見つめた。
「魔王を倒しても、新しい魔王が生まれるか、それとも倒した勇者が魔王になるか……。
一番この世界で長生きする方法は、頑張らずに引きこもることですよ」
「参考にしておく。 ありがとう。 何か礼をしたいが、何か出来ることはないか?」
礼に託けて戦力として持っていきたいところだが、そう上手くいくとは思えないので話のついでに尋ねる。
「ないですよ。 私は、ずっとここでイツキさんを待っているだけですから」
死んだ人間が運良く復活するのを待つ、なんてどれほど意味が薄いことなのか。
少しだけの同情心を元に、流石に都合が良過ぎるかと話半分に口を開く。
「雨夜 樹」
イチカは赤黒い髪が靡くほどの勢いで顔を上げて俺の顔を見た。
「……いや、悪い。 その本人を知っているわけではなくて、その妹……義理のだけど。 それを知っていて。
まぁ、だいたいの場所は分かってるから会いに行こうと思えば行けるけど、どうする?」
分かりやすい落胆の表情を俺に見せて、それを取り繕うように頬を掻いた。
落ち着くためにか紅茶のカップを手に取ろうとしているが、上手いこと掴むことが出来ておらず、カタカタと鳴る音がいかにも動揺しているように聞こえる。
「ああ、あと、義理の妹といっても話したことはないはずだし、手がかりになるとは思えない。
それに、境遇を考えればその子は雨夜 樹を嫌っている可能性もある」
行かないだけの理由を並べてから、紅茶を飲み干し、茶菓子を齧ってから立ち上がる。
「……悪い。 俺にお客さんだ」
思ったよりもゆっくりとしすぎたらしく、強い魔力が幾つかこちらに迫ってきているのを感じた。
やはり勇争記録の能力に間違いはなかったらしく、付け狙われていたらしい。
このタイミングで来た理由は分からないが、勇争記録のように勇者の位置を把握する能力か、あるいはそんな魔法があるようだ。
「お客さん?」
「すぐに戻ってくるから、お茶と茶菓子のおかわりを入れといて」
瘴気を集めながら家から出ようとしたが、アキレアの実家と同じように瘴気を寄せ付けないようにしているのか、瘴気が集まることはない。
先程の瘴気魔法が帰って来なかったのはこれの影響か。
戦うとすればこの家の近くでは瘴気魔法が使えないから避けた方がいいとして、ついでに王女様に多少近いところに誘導した方がいいか。
剣壊の才【爪隠】を手にしながら外に出て、来た道を戻る。
分かりやすく追ってきた複数の魔力の方を向いて、剣壊の才を発動する。
相手の長所を見抜く力。 かなり変則的な使い方だがーー敵の優れた箇所が浮かび上がるように俺の眼に捉えられた。
逃げるように背を向けながら【爪隠】の短剣を後ろに向かって投擲。
それのダメージを確認するより先に瘴気を周りから掻き集めて、俺の魔力とともに解き放つ。
「空・怒りの霊!」
開幕前に、可能な限り潰す。木々や瘴気をを巻き込みながら巨大化する竜巻だが、突如現れた巨大なシールドによって堰き止められ、大量に降った土によって押し潰される。
これで片付けば早かったのだが、そう上手く行かないらしい。 大量の土煙の中、剣壊の才により長所を見抜いて場所を把握し、掻き集めた瘴気を糸のように伸ばして勇者にくっつける。
【近くにいる奴を殺せ】
肉が潰れる音と悲鳴を聞いて、顔を顰めながら、短剣を投擲して倒れた勇者にトドメを刺す。
能力をある程度奪えることを思えば、能力を見てから倒した方がいいが、初見殺しの能力の可能性も考えれば手など抜いていられない。
土煙が晴れたとき、一人の日本人の男だけが立っていた。
「……悪いな。 【死ね】」
一人だけ立っているということは、瘴気を介した命令に逆らえなかったということに他ならず、男は声を発することもなく、手に持っていた槍を自身の首に突いて絶命する。
不意打ちの見えない攻撃と大技で混乱させたところで、相手を操って同士討ちをさせる。 あまりに悪趣味な戦い方だが……何もさせずに封殺するにはいい。
おそらく、敵の勇者は三人いたようなので、まともにやっていたら勝てるとは限らなかった。
付きなしの勇者は微妙だが、人付きの勇者以上だった場合はチート能力をもっていることも珍しくないのだから、こうするしかなかった。
そう言い聞かせて、イチカの家に戻る前に王女様達に声を掛けにいく。
ああ、そういえば、複数人の勇者で纏まっていた方が分散されて魔物化がしにくくなるのか。 女神の思惑には反しているだろうが。
適当に王女に伝えたあと、爺さんに渋い顔をされながらもなんとか説得して一人で家の方へ戻る。
開きっぱなしの扉を潜って、ガサゴソと音がしているのを聞く。
「イチカ、どうするか決めたか?」
袖が通されている最中の上着がバサリと音を立てる。 旅人然とした洒落っ気のない服装は、イチカの幼い容姿には似合っていないが、それでも服に着られているような印象はない。
「行きますよ。 ……行きます。
同じ意味のない行動なら、後悔しないようにします」
小さく纏められた荷物を持って、イチカは俺の方を向く。
「ですから、お世話になりますね」
「おう。 つか、紅茶淹れてくれよ」
イチカに淹れてもらった紅茶を飲み干して、口から白くなった息を吐き出す。 住み心地が良さそうな家の中だが、荷物を纏めるついでに埃が被らないように片付けしていたので何処か寂しく見える。
「そういや、この家、どうやって作ったんだ?」
「普通に習って作りましたよ。 私の千年はダテではないですからね。 ちゃんと出来てます?」
「……俺が離れるのがいやになるぐらい、故郷を思い出すよ。 まぁ、素材は違いそうだけどな」
千年も生きていたのに、やけにフットワークの軽いイチカを後ろにして家を出る。
「そういや、見つけるの諦めてるみたいだけど、いつまで雨夜 樹を探すつもりなんだ?」
イチカは少しだけ考えてから、子供のように笑って答えた。
「分かりませんよ。 私には、それしかなかったから」
こいつと話していると、どうにもアキレアやエルちゃんを思い出す。
「……おけ、じゃあ行こうか。 連れに事情を説明して、行き先を変えることを伝えるな」
「お手数おかけします」
もしかしたらリアナもアキレア達と合流しようとしている可能性があることを思い出し、もし会ったら気まずい。
まぁ、それはそれで悪くない。 俺一人では無理でも、アキレアがいれば並大抵の勇者なら瞬殺出来るだろうし、エルちゃんの能力があれば魔王化を食い止めることも出来る。
景気付けに、魔力を練って前方を吹き飛ばして道を作る。
「行くか。 なんかあいつらとは会ったり別れたり忙しなさすぎて微妙に気まずいけどな」




