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君を想えばえんやこら①

 この世界において、強さというのはとてと大切なことである。 身を守るのも、何かを食うのも、どこかに行くにも、まず強さがなければどうにもならない。


 まぁ端的に言えば、この世界は強ければ結構モテる。

 俺には、それが打算であることは分かっているが。


 俺の横にくっついて歩こうとしているお姫様を引き離して、舌打ちをする。


「俺には惚れた女がいるんだよ」


 それに、お姫様がやってきているのは、自分の打算ではなく、オウレン爺さんがお姫様に命じたのだろう。

 なんとなく、そういう雰囲気がある。


 そのせいもあってか、仲良くなりかけていた護衛とは微妙な関係に戻り、俺の胃にも負担がかかる。 やっと慣れてきた国とは違う文化があるというのと、気疲れの理由の一つだ。


「私ですか?」

「この話の流れでその発想が出るのはすごいな」


 「うふふ」と嬉しそうに笑うお姫様にため息を吐き出してから、短剣を投擲して、馬車が進む邪魔になる木の枝を落とす。

 整備された森の道だが、この馬車はいささか大きすぎるらしく頻繁に枝を切り落とす必要がある。


「ロト様は、いつもその短剣をどこかから取り出していますが、魔法ですか? それとも暗器でしょうか?」

「勇者の特殊能力だよ。 残念なことにショボい力だがな」

「いえ、そんなことは……短剣を取り出せるなんてすごく便利で……そうですね、例えば……すごく便利ですね!」


 ひとつぐらい考えてくれよ。

 微妙に脳が足りないお姫様を横に、さっき狩った駆竜の肉を適当に焼いた物を齧る。


 魔物由来の肉には付き物である魔物の魔力が身体の中に染み込み気分を悪くさせる感覚に、顔を顰めてしまう。


「ロト様は、魔物のお肉をよく口にしておりますが、そんなに美味しいものなのですか?」

「不味いに決まってんだろ。 気を抜けば吐く。

……一緒に旅をしてた奴にすげえ大食いの奴がいて、そいつがすぐに食料を食い漁るから、魔物の肉を食わないと餓死する状況になりまくったから、わりと慣れてるけどな」


 適当に千切ったのをお姫様の口に放り込み、吐き出したのを見て笑う。


「こんな物を食ってる奴だ。 素直に止めとけ」


 御者代わりをしている護衛の一人に馬車を止めてもらい、お姫様を馬車の中に押し込む。


 アークウルフが率いている狼に囲まれていたので、適当に投擲して全て倒す。


「……一瞬か、本当に、強いな」

「そりゃあな、これでも世界を救う勇者だから」


 結構前に偵察に出させたはずの瘴気魔法はまだ戻ってくることはない。 迷子になったなども考えられるが、先日の男との瘴気魔法合戦のように俺よりも瘴気への命令力の強い者に乗っ取られたり、掻き消されたりという可能性も考えられる。


 前者はいいが、後者は面倒だ。 今度はいつもより小さく、能力も低い物を作り、偵察に出させる。

 命令を聞かせるにも瘴気の量が少ないので頭が悪いので大したことは出来ない。 出来ることは、決まった距離を進んで戻ってくるぐらいで、報告する能力もない。


 それを八つ作り出し、八方向に分散させて、500mほど進んでから、俺の魔力を辿って戻るように設定して飛ばす。


 弱いとはいえ、結構な数を作ったので、周囲にはそれほど残っておらず、もしも強い魔物に襲われたときのことも考えると残しておくべきだろう。


 しばらく歩けば、右前側の瘴気魔法以外が戻ってきた。 サボりや逃げたかもしれないが、ほとんどその方向に何かがあると考えてもいいだろう。


 戻ってきた瘴気魔法に、より詳しい方向や距離を命令してから、七体を飛ばす。


「……何かを発見した。 強力な魔物か、あるいは出会おうとした者の可能性がある。 とりあえず待機、すぐに逃げ出せるようにしていてくれ」


 ふたつ帰ってこなかったことから、だいたいの距離と方角に当たりを付けて、短剣を引き抜く。

 相手にとっても、距離は分からなくともこちらの方角は知れただろう。


 引き抜いた短剣はいつもの物とは少し違う。 以前、殺した勇者の持っていた「透明化」の能力が組み合わされた能力。 名付けるとしたら「剣壊の才【爪隠】」とでもしておくか。


 言ってしまえば、単純に見えない短剣である。

 瘴気の吸収による能力の奪取のせいか、この程度しか出来ない上に、能力によって出せる短剣の量が減るが、初見殺しには十分だ。


 相手が明らかな魔物だったら殺す、話が通じる可能性があれば距離を取って話す。


「……こないな」


 幾ら待っていても来る様子はない。


 探している者の可能性があるので逃げることは出来ないが、道ではない森の中で馬車が通れるような道ではない。


「先行して見てくる。 二時間しても戻ってこなければ逃げてくれ」


 足手纏いを置いていった方が安全ということもあり、それだけ言ってから何かがいるであろう方に向かって走る。

 手に握った短剣の感覚を確かめながら、森を駆け抜けて、奇妙な物を見つけて立ち止まった。


「あ、こんにちは。 いいお天気ですね」

「あー、いい天気だな。 ずっと鬱蒼とした森の中だったから、開けているのは心地いい」


 どう見ても現代日本の家屋。 それに、瓜科の植物のようなものでグリーンカーテンを作っていて、なんとなくオシャレな雰囲気だ。


 それの世話をしているらしい女性……いや、小柄な少女は人好きのする笑みで俺を見ていた。


 見た目は小柄なだけでなく、アキレアと同じ赤黒い髪に赤い目の魔物色。 敵意や悪意は感じられなく、馬鹿な話ではあるが、俺は今の一言の挨拶だけで怪しさしかないこの少女を信用していた。


 いや、慣れ親しんでいるような気すらする。


「貴方は、勇者ですか?」

「あ、ああ……小林 健です。 突然訪ねて悪いな」

「あ、私はイチカ=ラジー二です。 えと、健さんでいいです?」

「ああ、よろしく」

「よろしくお願いします、健さん。 せっかくなので、お茶して行きますか?」


 普段なら警戒していただろうが、俺の頬は勝手に上がり、ヘラヘラと笑いながら通してもらう。


 名前の時に気が付いたが、イチカは日本人ではないらしい。

 分かったのは名前、髪や眼の色といった理由からではない。 そんなのであれば、エルちゃんのようにこっちでの名前を付けてもらい、現地人と結婚したら名前は変わるし、目の色や髪も魔物化したらこの色に変わる。


 ……考えて見れば「エル=エンブルク」という名前の黒髪赤目の少女って、パッと見では日本人とは思い難いな。

 俺が勇者に襲われてエルちゃんが襲われていないのは案外そういった理由かもしれない。 ただ単にアキレアにビビっている可能性も高そうだが。


 イチカは色の問題ではなく、顔立ちが日本人らしくなく、この世界らしい顔である。

 それも相まって、日本の家屋に住んでいるのは違和感がすごい。


 懐かしい感触の椅子に妙な息が吐き出される。 もう二度と味わえると思っていなかっただけに、その感覚が強い。

 残念ながら、今彼女が淹れている紅茶は、香りからしてこの世界のものらしい。


「それで、健さんはこんなところでどうしたのですか?」


 優しいというか、ヌルい微笑みに、釈然といく。

 似ている。 エルちゃんに……それに、アキレアとも、二人の間の子と言われたら「イチカちゃんおっきくなったねー、おじさんイチカちゃんがこーんなときから知ってるんだよ」とでも言いたくなるぐらいには似ている。


 エルちゃんほどではないが、小柄で華奢な身体にエルちゃんと同じ、人に警戒心を与えない綺麗でヌルい立ち振る舞い。

 アキレアと同じ髪色目色肌色に、アキレアの元々中性的な顔をより女性らしくしたような顔立ちと、自信からくる物怖じのない態度。


 本当に二人の娘のように見えて、警戒心を抱くことが出来ない。

 どうにも毒気を抜かれながら、紅茶に口を付けた。

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