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ヒトガタ⑧


 まず、俺とはなんだ。

 哲学的な問いではなく、単純に。 ここにいる俺と、地球にいたときの俺は同一の存在なのか。

 地球ではあり得ない身体能力、魔法、瘴気魔法、能力。 性格も変わっているだろうし、肉体的にも大きく変化している。

 何より、勇者召喚された時点で、地球での俺と連続性があるかすら不明である。


 ゲームを遊んでいたような感覚は、地球での俺と連続性が不明瞭であり、あるいはコピーされた人間なのではないかという、言語化されていなかった思いだ。


 だったらーーーー


 瘴血管に触れて、その瘴気を操ることで散らして聖石で消滅させていく。 火球が発生する前に瘴気が集まった場所に短剣を投擲して起点を潰す。

 

 ーーーーそれでいい。 同一の存在であるかなんて、リアナを守ることとは関係なく、世界を救うことにも関係がない。

 最悪、地球の俺が同時に存在していたとしても変わらないようにさえ思う。


 重要なのは個でも我でもなく、思いを押し通せる力があるか。 それのみに完結する。


 戦いながらも目を閉じて集中すれば、体の内側にある何らかの力を感じる。 この世界での生活で染み込んだ瘴気……それに、瘴気に似た力。 後者は能力だろう。


 それを表層に持ち上げる。 先ほどの【自死の命令】に似た、異物が思考に入り込んでくる気持ちの悪さ。 自分の身体が違う者のような居心地の悪さに嘔吐する。


「瘴気……魔法!」


 内側から捻り出した瘴気を、外部に出すことなく、自分の身体を預けるようにしながら、男に向かって駆ける。

 俺は高みへと朽ちゆく刃が使えない。 それはアキレアやグラウのように「たったひとつ」を全てにすることが出来ないからである。


 ならば精神を一時的に変化させればいい。

 人が死ねば瘴気が出る。 あるいは言い換えてしまえば、瘴気とは精神ではないのか。

 その操り方はよく知っていた。


 不快な感覚を振り切るように剣を振り上げて、真っ直ぐに見据える。 アキレア達の見ていた景色はこれほどまでに明瞭なのか。


「【瘴気魔法:高みへと朽ちゆく偽刃】」


 男のシールドを斬り裂き、振り切った体制のまま吠える。


「【空騙る十と一つルフト・シルフ・エルフ】!」


 瘴気魔法によって生み出した【風の手】により剣壊の才の短剣を引き抜く。

 それを可能な限り数、の9本生み出し、瘴気自身に動きは任せて、男を追い立てる。


 ある程度瘴気魔法のことについて理解したが、瘴気魔法を制御するには二つの要因があるらしい。 ひとつは瘴気を無理矢理従わせること、もうひとつは瘴気に協力してもらうこと。


 ある意味で当たり前のように感じるけれど、この男は瘴気に酷く嫌われている。 男の発動する瘴気魔法は散らし、散らした瘴気を纏めて風にしてやれば、俺が制御するまでもなく男に攻撃をしてくれる。


「ーーツッッッ!!」


 男が何かを行う前に起点を潰し、体に浅く傷を付けていく。

 圧倒出来ている。 その認識の中、瘴血管を散らしていき、風に変換させる。

 けれど、風の瘴気魔法も男の身体に触れた瞬間に制御を取り返されるのか、浅くは攻撃出来ても深手にはならない。


「ルフト! 爆ぜろ! もう一発、ルフト!!」


 通常の魔法を男にぶち当てて、上空に吹き飛ばす。 二発目のルフトに短剣を乗せて、空中で身動きの取れない男を串刺しにする。


 男が詠唱をしようと口を開き、俺はそれよりも早く魔法を発動させる。


「ルフト!」


 瘴気魔法における詠唱は、瘴気に向けての命令に他ならない。 ならば、その命令が届かないように大音量によって掻き消せばいい。


 こうして考えれば、瘴気魔法には弱点が多い。 瘴気の量により性能が大きく変化し、外部で発生するため異物が紛れ込めば発動は出来ず、命令方法の詠唱は音によって掻き消せる。 瘴血管による命令も可能なようだが、案外呆気なく消すことも出来る。


 爆ぜるような音を撒き散らす風の魔法が男の詠唱を搔き消し、瘴血管は俺の瘴気魔法によって散らす。


 男にはもう瘴気魔法を発動することは出来ず、空中で回避行動も取れない身体に幾つもの短剣を投げつける。


 流石に魔物らしくしぶといが、もう勝ったも同然でーー目の前が緑色に埋め尽くされた、そう思った次の瞬間、全身に衝撃が走った。


 何が起こった。 何をされた。 全身から力が抜け落ちたようで、身体を動かすことが出来ない。

 痛みが走ることもなく、自分が倒れていることに気がつくまでに一瞬の時間がかかる。 何をされた、瘴気魔法? 自死の命令? 瘴血管か? どれも完全に封殺していたはずではないか。


 色々な可能性を考え消していき、一つの仮説が浮かび上がる。


 自分の瘴気ーー精神ーーを弄りまわしたツケ?


 そもそも、生きてる人間の精神を操っても大丈夫だとか、そういう肝心なことを考えなしに行っていた。

 目を閉じて内側に意識を向ければ、自分の瘴気が崩れ、そこに別の瘴気が入り込もうとしていることに気がつく。


「……俺の中に、入ってくるんじゃねえよ」


 それを追い出すように瘴気魔法を発動させれば、意識がうつらうつらと朦朧とするが、全く動けないということはなくなり、手を地面に着いて立ち上がる。


 瘴気が、死人の魂が俺の身体を乗っ取ろうとしていた。 などと、おぞましい寒気を感じる。

 人間の触れていい域を超えてしまったような感覚。 俺はその意識を追い出し、男を見据える。


 俺が倒れている間に瘴気魔法による回復を行ったのだろう。 全身に刺さっていた短剣はそこら中に散らばり、空いた穴も塞がれていた。


「……コロス」


 やっと俺を脅威と認識出来たらしい男は、俺に向かって宣言し、全身から血管に似たような瘴気の管を吐き出す。


 自身の瘴気が崩れているせいか、マトモに動くことも出来ない。 魔力を練ることも、能力を発動することも同様だ。


 魔力は己の瘴気から取り出したエネルギーなのだろう。 能力は女神によって付け加えられた瘴気か。


 全ての異能の根元を知り、その薄い理解を胸にして、口を開く。


「【近寄るな】」


 足りていない。 考えろ。 身に付けろ。

 何をだ。 何が足りていない。 猿真似だからか? 何もかもが真似ばかりの、焼き増しの、コピー、レプリカ。 違う。

 考えろ。 だから勝てないのか。

 違う、何でもいい。 何でもいい。 足りていないのはそんな小手先の技術ではなくーー。


 俺を避けるようにして広がった瘴血管を見て、笑う。


「俺が怖いのか?」


 以前アキレアに言われた「強いが怖くない」という言葉が嘘のようである。 朦朧としていてフラついている。

 もう弱々しさしかないが、人の魂は俺を恐れているらしい。


「【来い、集まれ】」


 なんとなくーー感覚でしかないが、瘴気魔法の正しい使い方を理解した。

 人の魂には理性が薄く、本能じみた根源的な欲求によってのみ動く。


 だったら、俺と下等なゴブリンの進化系でしかない男、どちらの格が上かを教えてやればいい。


「な……何故だ。 何故何故……!?」


 瘴血管に使われていた瘴気が男の元から離れて、俺の手中に納まる。


「うるせえよ」


 寄り集まった高濃度の瘴気に、俺の魔力ーー風の性質を与え、変質させる。



「【(ルフト)】」



 柔らかな風が俺の頬を撫でた。



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