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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第二章:高みへと朽ちゆく刃。
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勇者の素質

 凝り固まった身体を解しに歩こうと、干し肉を噛みちぎりながら外に出ると、もう日がそこそこ高いところまで来ている。

 もしかして、全員が寝坊でもしたのかと思ったが、そういうわけではないらしく普通に人がうろちょろとしていた。


 俺たちが世話になってる馬車の御者を見かけたので、挨拶がてら尋ねる。


「おはよう。 まだ出発しないのか?」


 何かあったとしたら、落ち着いている。

 血の匂いもしなければ、魔物や人が争っている音もなく、風が髪の毛を撫でていく感覚が心地いいぐらいだ。


「おはようさん。 昨日の夜、ソウラレイの方から来た少女がソウラレイは危険かもしれないって言うんで、先に数人で駿馬に乗って見に行ったらしい。 昨日の夜から出ているから、そろそろ戻ってくるんじゃないか?」


 ああ、そういうことか。

 納得してから、また適当にぶらつく。 もしこれで戻ることになったとしたらどうするべきか。

 俺が決めることではなく、一応はリーダーであるエルの決定に従うのがいいか。


 適当に歩いていると見つけた護衛から、昨日放置していた抜き身のままの剣を返してもらう。

 食べ終わってしまった干し肉の補充と、剣を鞘に戻すために馬車に戻る。


「あっ、エル。 この馬車がソウラレイに行くかどうかなんだが、先に見に行って見てきた奴が戻ってきてから決めるらしい」


 エルが手で少し頬を掻き、いつもの考えるときの仕草をする。


「そう、ですか」


 歯切れの悪い声に、エルが言いたいことが言えていないことに気がつく。 どうすればいいか、少し考える。

 気恥ずかしいことを言うことになるが、本音を話すのは大概が気恥ずかしいものなのでそれも仕方ないだろう。


「おれはエルの意見にし、いや、支持する。 言いたいように言ってくれ」


 従うと言いかけて、言い直す。

 俺の言葉を聞いたエルはいひひと笑いながら、頬を掻くのを止めて立ち上がる。


「行きましょう。 行くのが危険なほど魔物が来ているなら、僕は行くべきなんです」


 そう言ってから「戦うのは、アキさんに任せてしまうことになるんですけど」と自嘲するエルを見て、彼女が勇者であることに納得をする。


 勇ましい者といえば、違うが。 勇気ある者であればエルほどの人はいないと思う。

 エルは人よりも臆病で怖がりで、様々な怖いを持っていて、知っているのに、それでも人を助けようと前に進むことが出来る奴だ。


「分かった。 行こう」


 剣を鞘に収め、干し肉を咥えてから少し散らばっていた荷物を全て袋の中に片付ける。

 荷物がそう多くなかったこともありすぐに片付け終え、それを背負う。


「まだ返ってきてないですよね?」


「あいつが嘘を吐いていたようには見えない。 話通りなら、まず戻ることになる。

今の内に出て急いで向かえば夜になる頃には着くはずだ」


 そう言ってから剣を一本と荷物を持ち、もう一本はエルに持たせる。

 一本抜くのをエルに任せた方が速く剣を持ち構えることが出来るのでこの配分で落ち着く。


 馬車から出て、軽く伸びをする。 エルは馬車の中でチカチカと光りながら浄化している。 細かいな。


 御者に自分達は歩いてソウラレイに向かうことを伝える。

 他に、責任者の男にも伝えてから、エルが世話になった護衛に挨拶をする。


「アキさん、行きましょう」


「ん」


 干し肉を齧りながら頷く。血を補充しようと食べまくっているせいでどうにも腹が膨れて動きにくい。

 まぁ、動いていればすぐになんとかなるか。


 草原の歩きやすい道を歩いていると、暇が耐えられなくなったのか、エルが口を開いた。


「アキさんのその服って、ポリエステルで出来てますよね」


 また、聞いたことのない言葉を聞いて首を捻る。

 エルも分からないことが前提だったのか、簡単にポリエステルとやらについて説明をしてくれる。


「僕のいた世界にあった繊維の種類の一つです。

丈夫で汚れに強く沢山作れて、まぁ静電気が起こりやすいって弱点もあるんですけど、多湿でそんなに静電気が起こりやすい環境ではなかったので、よく見かけた素材です」


 そういえばこの服は元々ロトが持っていた物だったか。 同郷の人間の物なら、見覚えがあってもおかしくはないだろう。


「何処かに優れた工業地域でもあるんですか? 自然物ではないので、気になるんですけど」


「いや、これはロトって勇者が古着屋に売ったのを、安く売ってたから買ったやつだから、ここら辺のものではないな」


 そういえば、エルの服もこの服と似たような触り心地だ。 ロトは服を売って新しいのを買っていたのに、エルはそのままだ。

 そんなに高く売れるものでもなければ、売った金で買い直した物は着心地がよくないので、そのままの方が色々と都合がいいのだろう。 エルがそのままそれを着ているのは浄化があるので充分納得が出来る。


 ロトはなんで買い直したのだろうか。 そういえば、わざわざ偽名を使っていて、あれで黒い髪や黒い眼がなければ普通の奴と変わらない。


 もしかしてーー。 一つの結論に至ったが、それを確かめる術も確かめる利点もない。

 むしろ触れない方がいいことだろう。


「そうですか。 魔法があるので、それを活かした工業が発達していたりしないかと思ってたんですけど」


「工業というか、産業全般に言えることだが、魔法をそういった物に活かすことは少ないな。

魔道具なら少しは使われるが、複雑な事象を起こす物は作りにくいからな、火を起こす、水を出す、土を出す、ぐらいが一般的に作れるもので、それ以上になると才能がある奴が時間をかけてになる。

魔法は、俺ほどは珍しいが才能に左右されやすい。 魔道具は数が少なく、作る方の才能に左右される、その上結局は人力で魔力込める必要がある。

つまり、安定しないから安定供給が求められる産業には向いていない」


 簡単に説明すると、狐につままれたような表情をしながら俺を見る。


「今まで聞いたことがないぐらいの長い話し……。 それになんか頭が良さそうな感じで……」


 頭悪いと思われていたのか。 実際、頭は悪いんだが。

 この知識も普通に生きていると身につく程度の物だ、エルが知らないのは今まで魔法がない土地で生きてきていたからだろう。


「誰でも知ってることだ。 頭良いわけじゃないが、簡単なことならなんとか理解出来る」


 それだけ言うと、エルは納得したようだ。

 なんか、エルの俺に抱いているイメージが酷い気がしてくる。 怖がりで頭が悪くて言葉数が少ない奴……事実だはあるものの本当にそう思われていると悲しい。

 試しに聞いてみるか。


「なぁ、エルは俺のことをどう思ってるんだ?」


 エルはこちらを向いてしばらく俺を見てから、瞼をパチパチと動かす。 それから俺の顔を見て、顔を真っ赤に染める。


「えっ、あっ、あの。 それって……そういう、ことですか?」


「そういうこと?」


「あっ、いえ、いいです。 そんなわけないと分かってましたし。

アキさんは、色々といいところがありますが、一番は優しくて、いい人だと思います」


 エルは落ち着きを取り戻し、適当な言葉で褒めてくれる。

 当然だけれど、面と向かって悪口を並べたりすることはないか。


「じゃあ、アキさんは僕のことをどう思ってるんですか?」


 怖がりで気が弱くて頭がよくて、よく分からないことを言う奴……。 というのは表層であり、一番のエルの特徴ではないだろう。

 容姿が可愛いことや、笑い方が変なのも違う。


「そうだな。 一番思ってることは……勇気があって、かっこいい」


 エルは、いひひと笑う。 釣られて少し笑うと、なんとなく気分がよくなった。


 魔法が下手なおかげで追い出されて、それでエルのことを助けることが出来たのだと考えると、劣等感だらけだった魔法も少しマシに思えてきた。


「かっこいい、って初めて言われました」


 エルが照れくさそうにもじもじと身を捩りながら頬を掻く。 信じて頼っているからこそ分かる一面で、ぱっと見では可愛い少女で、よく知っているだけでは何かと怖がりで臆病なところや頭がいいところぐらいしか分からないからだろう。


「俺も、優しいと言われたのは初めてだな。 だいたい馬鹿とか、そんなのだ」


 自身が優しいとは思えないが、もしかすると俺がエルが自分でも知らなさそうなところを知っているように、エルも知っているのかもしれない。

 いや、エルが俺のことを買いかぶっているだけだろう。


 買いかぶっているだけと分かっていても、それでも嬉しいのが不思議だ。

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