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ヒトガタ⑦

 そもそも、瘴気魔法とはなんだ。

 魔物の元である瘴気を操り、魔法に近しい魔物を生み出すことであるように俺は感じていた。

 血管のようなもので繋がれ、死ぬような攻撃を食らっても動いているホブゴブリンを見て、俺はその勘違いを正す。


 もっとグロテスクで、生々しく気持ちの悪いものである。 そう認識を改める。


 息を吐き出し、頬に感じる風から、ホブゴブリンのいる場所を視覚ではなく触覚で捉える。


 目に見えるが触れることの出来ない、瘴気を繋げるための瘴血管に手を当てて、瘴気を散らす。


 血管が切れたのと同時にホブゴブリンの一体が地面に倒れ伏して、息を止める。 思った通り、この瘴血管を通して延命させて操っているらしい。


「……思えば、瘴気魔法もお前のを見て学んだな。 色々と参考になる」


 命令や瘴気自体を伝えるための糸のようなものとし、真似るようにして瘴気の管を作り出す。

 瘴気の管が作れたはいいが、安定することはなく空中に散る。


 成功、即実践などと離れ業が出来るとは思っていない。 使い方を考えるのは後回しにし、ホブゴブリンに傷をつけてから、瘴血管に使われている瘴気を散らすことでホブゴブリンにトドメを刺す。


「ーーどちらでもいいか」


 男は赤い血管を空中に張り巡らせ、口を開く。


「愚かなる者どもよ、寄り集まり、喰らい固まり、一つになりて互いの生命を冒涜せよ。 【瘴魔集誕】=【ゴブリン】」


 赤い血管が出血するように、瘴気が吐き出され、寄り集まる。

 そしてゆっくりと、異形のヒトガタを成す。


 よく見知った魔物。 あるいは、その誕生の方法すらも正しく知っていて作ることも出来たかもしれない。

 けれど、この目で生命の有り様を冒涜した姿を見ることは、初めて出会った。


「ゴブリンを作り出した……」


 今更何の役に立つこともないであろうそれを見て不自然に思いながら、何かをされる前に駆け寄って首に短剣を突き立てて殺す。


 瞬間ーー頭の中に異物が押し込まれたような感覚が走る。


『死ね』


 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。 命じるような言葉に目眩を起こし、その目眩のおかげで正気に戻る。

 死ねという言葉で覆い尽くされた視界の端に見える、手にくっついている瘴血管。


 それを瘴気魔法によって散らしながら聖石を翳す。


 散らされて薄まった瘴気が聖石によって消えて、俺の頭の中を蝕む言葉が消える。


 頬に汗が流れるのを感じる、危なかった。 俺が瘴気魔法を使えなかったら、瘴血管の性能の予測が外れていれば、エルちゃんの聖石を持っていなければーーどれにしても、食い違いが少しでもあれば、自死をしていた。


「なぁゴブリンの、お前が魔王ってことは、流石にないよな?」

「ア、魔王? あの煩イやつか。 ナニヲ言っている?」


 どうやら違うらしい。 よく分からないが、俺が瘴気魔法を使うために完全か敵扱いを受けていないようで、そのおかげで先の【自死の命令】とでも呼ぶべき瘴気魔法を除けば、危なげなく戦うことが出来たように思う。


 ゴブリンを襲った隙に瘴血管を俺にくっつけて【自死の命令】を行った。 当然、男が周りに展開している夥しい数の瘴血管に触れても同じことが起こるだろう。

 散らしながらにしても、男の方が扱いが上手いために他の瘴血管が付けられ、それを散らそうとしている間に他の瘴血管が付き、次こそ【自死の命令】によって殺されることは間違いない。


 アキレアはこんなものに、普段から逆らえていたのか。


 自分はまだまだ弱い。 能力もあれば魔法も使えて剣技も体術も使え、瘴気魔法も扱える。

 何でも小器用にこなせるのは勇者らしいと自分で思って笑っていたが、何一つそこそこ止まりだ。


 剣はアキレア、魔法はエルちゃん、能力は他の勇者達、瘴気魔法は目の前の男。


「ッ……ああ、もう! クソが!」


 こういった思考だから、一流にはなれないのだろう。

 とりあえず、順当に周りのホブゴブリンから殺していく。 今更この程度の相手に手こずるつもりはない。

 飛んでくる火球もホブゴブリンを盾にしながら戦い、ダメージを蓄積させたホブゴブリンに繋がっている瘴血管を散らして聖石で消す。


 数が減ってきたところで、やっと敵認定を完全な物にしたらしい男が多くの火球を放ってくるが、風による家族で回避し、残りの奴らを殺しきる。


 処理したのはいいが、男を倒す術は見つからない。 短剣を投擲したところで、自動防御のシールドに阻まれる。

 前に戦ったときも、シールドの破壊は完全にアキレア任せであり、俺では攻撃力が足りなかった。


 それは今でも代わりないらしい。 突破方法が見つからない。 多彩な力があれど、それは一つの極められた何かに届かないのは、どの分野においてもそうらしい。


 歯嚙みしながら、男から距離を取る。


「ッ……っても、逃げることも出来ねえしなぁ……」


 一人で悔しげに歯嚙みすれば、男は不思議そうに言う。


「逃げていいよ」

「……は?」

「あの男は絶対に殺す。 君は……殺したいが、分からない」

「いや、俺もあの時一緒によ……」


 覚えていないのか? 多少口調に変化は見られるが見た目も同じように見えるし、俺のことも覚えているようだ。 だとすればーー俺は敵と認定すらされていなかった?ーー。


「ーーーーッッッ!! フッザけんなぁぁああ!!」


 醜い嫉妬心が、喉から吐き出される。

 一緒に戦っていただろうが、お前を追い詰めたのは俺だろうが。 それなのに、アキレアを殺すだけでいい? 俺はにげてもいい?

 俺も、命をかけて戦っただろう。


 短剣を引き抜きながら男に向かい【自死の命令】に命じられるよりも早くに男に短剣を振るう。


「俺は、俺は、俺は! 雑魚じゃねえ! アキレアのオマケでもねえよ!!」


 何度振るっても瘴気魔法のシールドによって防がれる。 威力がどうしようもなく足りない。 あのシールドを破壊したのは、アキレアの高みへと朽ちゆく刃ぐらいだ。


 俺の扱える技にそんなに威力の高いものはなく、破れ被れにシールドに触れて瘴気を散らそうとするが、男よりも瘴気の制御能力が低い俺では破壊することが出来ない。


 『死ね』 自死の命令が俺の頭の中に響き、嘔吐しながら後ろに下がり、周りにある瘴気を何とか散らしながらそれから逃れる。


 勝てない。 勝つ方法がない。 あの時はどうした? アキレアとともに攻撃することで、シールドに防がれないようにして脚を切り落として、回復しようとした男の脚を短剣で縫い止めた。


 ああ、確かに戦っていたが、アキレアありきでしかなかったか。


「俺は、俺はーー弱いんだよ」


 だからリアナと離れざるを得なかった。 分かっていた、分かりきっていて、今更。

 あまりにも悔しく、吐き出した吐息は荒く情けない。


「よく分からないけどさ、そんなに死にたいなら死ねば?」


 男の口から詠唱が紡がれて、瘴気魔法が発動される。 大量の火球。 それを短剣で潰し、魔法と足で避けるが追尾されることで、身体が吹き飛ばされる。


 口から血が漏れ出て、意識が朦朧とする。

 勝てないのか。 そう思って目を閉じたとき、まぶたの裏に浮かんだのは、リアナの仏頂面だった。


 俺はーー虚空から剣を引き抜き、火球を切り裂いた。


 高みへと朽ちゆく刃でなければ、強力な瘴気魔法を切り裂き退かせることは出来ない。

 俺では高みへと朽ちゆく刃は使えない。


「ああ、そうか。 じゃあーー俺ではなくなれば(・・・・・・・・)いい」



 視界がヤケに紅く見えた。



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