ヒトガタ⑥
この国はエルちゃんもアキレアによって救われている。
それは魔物をただ倒しただけでなく、能力と魔法によって発生しないようにしたからである。
当然これ以上はよほどでなければ発生しないとはいえ、陸伝いに魔物がやってくることもあれば、元々いた魔物も存在している。
当然、疎らにいるので出会うことはそこそこの頻度であるがーー。
「こんな大物がまだいたのか」
手に乗るように渦巻いている風から得られた情報は、少し疑わしく俄かには信じがたい。
10体を超えるホブゴブリンが人を囲っている。 通常のゴブリンはいない。
ゴブリンは習性として群れを作る。 俺は見たことがないが、上位のゴブリンが下位のゴブリンを束ね、下位のゴブリンがまた下位のゴブリンを束ね、というような集団を形成することは珍しくないらしい。
だが、そのよくあるパターンには当てはまらない。 通常のゴブリンがいないというのは、群れとしておかしい。 ゴブリンは同格の存在のみで纏まった群れを作れるほど賢くない。
俺の扱った瘴気魔法の性質を考えれば、魔法が嘘を吐いている可能性も充分に考えられるが、無視できる物でもないだろう。
「オウレンの爺さん。 ちょっと止まってくれ。
魔物を捕捉した。 魔石を取れば少なくない資金になる。
行ってきてもいいだろうか」
「……魔物か。 資金が不足しているのも確かではあるが、剣壊しが傷つけばそもそもの目的に支障をきたす」
「避けると大回りすることになるな。 街道から外れれば、また違う魔物と戦う可能性もある。 この国でも、人の少ない場所には魔物はある程度残っているぞ」
「ふむ……」
「俺が一人で先行する。 少し待っていてくれ。 一応、三時間ほどしても戻ってこなければ、別の街道から目指してくれ」
馬車の中に見えた爺さんを横目に見ながら、軽く身体を解す。
「先行する」
発動するのは通常の魔法ではなく、瘴気魔法。 魔力の消費はしたくなく、移動する場合であれば、これほど都合のいい物はない。 行く先々で燃料が補給されているようなものだ。
風を生み出して、それに俺を後押しするように命じる。
素直に従った風に押されて加速し、走る。 景色が次々と流れていくが、まだアキレアの単純な走りに勝てる気はしない。
ある程度まで近づき、別のことを命じる。
「階段状になれ」
走る勢いのまま駆け上がって、上空から瘴気魔法によって得られた情報の場所を見る。
聞いていた数よりも多い19体のホブゴブリン。 その中心にいるーー人のような何か。
軽く目を細めながら見て、その人間らしきものが赤黒い髪と、血のような眼をしていることを確認する。
体つきからしたら男のようらしいので、目的の人物ではないだろう。
ぱっと見襲われているようには思えないが……不意打ちをするのならば周りの奴らからにするか。
「ルフト」
引き抜いた短剣に風を纏わせて飛距離を伸ばす。
「補助をしろ」
瘴気魔法に誘導を命じて、それを投げ放つ。 同じものを何度か放てば、飛んでいるので当たり前のように見つかり、男が命じるような動作をして、ホブゴブリンが向かってくる。
近づけば瘴気魔法の補助も魔法の補助も必要がなく放つことが出来るが、ホブゴブリンともなれば多少短剣が刺さった程度では死にはしないことは分かっていたが。
「弱った様子もないのはおかしいだろ」
瘴気魔法による足場の維持も、瘴気が減ってきたために難しくなってきたので、そこから飛び降りる。
空中で短剣を引き抜き、地上近くでホブゴブリンの頭に突き立て、剣身がすべてホブゴブリンの頭の中に入ったことを横目に確認しながら再び短剣を虚空から引き抜き、周りの魔物を切り裂きながら離れる。
残り18体……と数え、異常なものを見て足が止まる。
脳に短剣を突き刺したはずの魔物が、何事もなかったように立っていた。
あり得ない。 そう思いながら、敵を見る。
いつものギリギリでの争い。 その中で身に付けた、よく観察する技術と相手の長所を見抜く剣壊の才の能力。
能力により、ホブゴブリンが普通のものと違いがないことを見抜き、それと同時に彼等が薄い赤い線のようなもので繋がっていることに気がつく。
どこかで見た覚えがある、それが、脈動する。 血管のように。
「ーーッッ!!」
どこかで見た? 俺は何を馬鹿なことを言っている。
虚空から引き抜いた短剣を撒き散らし、ホブゴブリンの足を傷つけながら、この魔物共を率いている男に迫る。
魔物から吹き出た赤い血が視界を遮るが、確かに目が合う。
赤い血管のようなそれは、魔王が復活したときのものと同じである。
この男は魔王そのものということはないだろうが、魔王のそれに近い性質を持っている。
「久しぶりだね」
振るった刃は透明の壁ーーシールドによって防がれ、別の場所から振るえば、そのシールドが動いてそれも防ぐ。
知っている魔法。 いや、瘴気魔法。 その声を聞き覚えがあり、嗤う顔も同様に知っている。
「あの時のーーゴブリンか!」
アキレアと共に満身創痍になりながら戦ったが、取り逃した、人型のゴブリン。
人のように見せかけた顔を、人間ではしないであろう獣じみたおぞましい表情にして、ゴブリンは吠える。
「コロス! コロスぞ! お前をコロせる時を、ずっと待っていたゾ!!」
男の周りに幾つも浮かび上がる火球。 俺が初めて見た瘴気魔法と同じものだ。
それを防ごうとするが、瘴気魔法は先に使われてしまったために周囲に瘴気はなく、魔力を吐き出すように魔法を発動させ、火球を薙ぎ払う。
「ルフト!!」
相殺時に起こった熱風が頬を焼き、それから逃れるように男から距離を取る。 瘴気魔法を発動させるために集めようとするが、俺の集める能力よりも、男の方が強いのかなけなしの量しか瘴気を集めることが出来ない。
また魔力を消費する必要があるのか、そう顔を歪めながら攻撃を待つが、男は攻撃をすることなく俺を見ている。
「お前、仲間なのか……?」
「は?」
「いや、そんなはずがないか。 コロスコロスコロス」
再び放たれた火球を瘴気魔法の風で逸らし、短剣の投擲によって消す。 同時に迫ってきたホブゴブリンの剣を避けながら後ろに下がる。
仲間とはこいつらの仲間ということだろうか。 当然俺はゴブリンでもなければ、エルちゃんやアキレアのように魔物化はしていない。
ーーいや、本当にしていないのか? 勇者二人との戦いの際に、体が潰れ、瘴気を取り込んで回復した。 眼や髪にそそんな特徴は現れていないが。
「人間が、瘴気を扱う? あり得ない、仲間? コロス? 」
息を吸い込みながら、首を横に振る。 考えるのは後でいい。 とりあえず、こいつらを殺せばいいだけだ。
男が混乱している間に再び剣を振るい、ホブゴブリンの身体を傷つけていくが、弱る様子を見せることはない。
この赤い脈動する血管のようなものが、こいつらの異常な耐久力の正体だろうか。
魔王が復活し魔物を活発化させた時と、規模は遥かに小さいが状況が似通っている。
この血管……とりあえず瘴気魔法:瘴血管と名付け、それが理由でホブゴブリンのみが群れているのだとあたりをつける。
アキレアの言う「魔王からの命令」のようなものが、男からホブゴブリンに行われているのだろう。
とりあえず瘴血管に向かって短剣を投げつけてもすり抜けたことを確認してから、エルちゃん作の聖石を投げつける。
どちらも効果がなく、聖石の効果がないのは、密集した濃い瘴気のせいだろう。
これは……少し、厳しいか。




