ヒトガタ⑤
「馬車の中から聞いていたがーー」
案外手頃な宿をとったあと、老人の休んでいる部屋に赴いた。
「儂等はかの英雄、エイムルフの元に向かうことになっている」
「ああ、らしいな」
「それに同行したいと?」
「そういうこと」
老人は難しそうに顔を歪める。
幾つか頬を掻いて、ゆっくりと口を開く。
「正直な話、分かっているとは思うが儂等には戦力が足りない。
そこでお前さんの強さは非常に魅力を持って映るのは確かではあるが……。
お前さん、何か隠しておろう。 必要だとしても、毒を呑もうとするだけの気概は老いぼれにはないのだ」
つまり、包み隠さず話せと言いたいのだろう。 より強力な存在に狙われていることを言っては同行は叶わない。
老人が納得するように、同行が断れない程度の理由付けを話す必要があるのか。
「……黒髪に黒目。 さっきも言ったし、見れば分かると思うが、俺は勇者だ」
老人は俺の表情や言葉を探るように頷く。
疑っている視線を見せているのはわざとか、どこまで演技でどこまで真実なのかがこの老人からは読み取れない。
「我が国にも、勇者はいた。 とても強い力を持った優しい女だった。 ……死んだ……いや、元の世界に帰ったのだったか。 魔物に負けてな」
国付きの勇者のことだろう。
「その勇者とは立場が違ってな。
勇者にも色々あって、国の助けを得られる国付き、高名な人間の助けを得られる人付き、何もない付きなしの勇者。
俺は最後のそれだ。 何の助力もなしに、魔王をぶっ殺せって言われているんだよ」
老人は頷くことはなく俺を見る。
「正直な話。 魔王を倒す算段はついていない。
もうこの世界にきて1年近くになるが、魔王がどこにいるのすら分かっていなければ、どういうやつかも分かっていない」
「魔王の捜索の手助けをしろ、と?」
「そんな大層なもんでもねえよ? 何かしらの情報があれば教えてくれるだけで充分だ」
老人は俺の言葉をそれほど信じていないのだろう。 元々、嘘がそのまま通用する相手だとは思っていない。
「……分かった。 その情報の当てならある。
我が国に、千年前の魔王についての遺跡が遺されている。 そこに立ち入る許可をやるぐらいなら、この老いぼれにも報酬として渡すことが出来る。
先に言っておくが、それ以上は一切出来ない」
少し戸惑ったフリをしてから、軽く舌打ちをして頷く。
この老人にとっては、何かしらの目的で近づいてこられたとしても、報酬を渡さないという約束をしたら問題はないと判断したのだろう。
そんな判断を下すほどに追い詰められていることには少し驚いたが、どちらにしろ俺には問題ない。
王女の護衛という立場が欲しかっただけなので、その上に魔王の情報もゲット出来て運がいいぐらいだ。
「それで頷くのか。 ふむ……報酬が欲しいわけではなければ、なるほど、儂等といることが目的か?」
老人の目が細まり、唐突に言い当てられたことで息が詰まる。 それを誤魔化すように口を開いて否定しようとするが、それこそ思う壺だろう。 本音が出るのはもちろんわざと外そうとする言葉の裏には真実が潜む。
何かを言うぐらいなら、図星に押し黙る方がまだマシだ。
「黙るぐらいの知恵はあるか。
何かを抱えていなければ、何に変えても手に入れておきたいほどだな」
「それは、どうも」
微妙な空気のまま、老人は頷く。
「オウレン=コルフェンス」
「……?」
「儂の名前だ」
ああ、なるほどと頷き。 座りながら頭を深く下げる。
「勇者……本名は健 小林」
「ケン=コバヤシ。 剣壊しか、ふむ、騎士になるにはいい名だ。 まあ、短い付き合いになるだろうが、よろしく頼む。 この老いぼれも足を引っ張らぬようにしよう」
正式に同行することが決まったが、部屋を出る前に、負けっぱなしでは悔しいので軽いお返しをする。
「ああ、爺さんが知りたい俺の本当の目的な」
クローゼットの方に目を向けて、軽く笑いかけるようにしてから続ける。
「可愛らしいお姫様とお近づきになりたくてね」
ヘラヘラと、慣れたように笑って見せればクローゼットの中がガタりと音を立てて、観念したように内側から開く。
少し顔を赤くしているお姫様を見て、また笑う。
「……いつから」
オウレンの爺さんが俺を見る。
「部屋に入る前から。 いや、正確にはーーお姫様が、クローゼットの中に入る前からかな」
一本取られたが、こっちも一矢報いいてやったと笑い、お姫様に跪く。
「俺は健 小林。
貴女が国に送り届けるまで、貴女に迫る刃を破壊する剣壊しの刃となることを、許してくれるか?」
「あっ……はい、もちろんです。 ありがとうございます」
立ち上がって、軽く手をひらひらさせながら部屋を出る。
「とりあえず他の護衛と同じとこにいるな。
あっ、まだ俺、報酬の水もらってねえからな? というか、茶ぐらい出せ」
部屋の外に出て、ヘラりと笑った顔を元に戻す。 仲間が死んだばかりの奴らの前でヘラヘラしているわけにもいかないか。 どうにも、死生観が狂いそうになる。
今日一日で、リアナと別れてお姫様の護衛か。 とんでもない変わり身の早さだと苦く笑い、護衛の泊まっている部屋に入った。
◆◆◆◆◆◆
半魔と呼ばれる魔物人間の元に向かうが、どうにも怠い。 今まではリアナ前だから格好つけていた部分もあるのだろうが、今は近くにいる女の子はお姫様である。
そこそこ可愛らしい顔立ちをしているのは確かで、育ちの良さそうな雰囲気もいいのだが、情熱的に告白した後にそんな気にはなれない。
こういう道って、ここまでつまんなかったかな。 そんな思いの中、護衛の一人と話をする。
「その日本ってのはどんなところなんだ?」
「あー、だいたいこの三つの言葉で表せるな。 サムライ フジヤマ スシ」
「ふむ……?」
「サムライというのは日本の戦士だ。 だいたい禿げてる」
「禿げるほどの修行を……」
「フジヤマとは日本で一番高く美しい山だ」
「おっぱいのことか」
「違う。 スシは食い物だ。 だいたいの人はスシと聞くだけでちょっとテンションが上がる」
「それほどうまいのか」
「炊いた米に酢を混ぜ込んだものに生魚を乗せて食う」
「生臭そう」
「すげえ美味いよ」
まぁ、もう食えることはないだろうが。
その言葉は言わず、飲み込む。
「そういや、この国のやつじゃないってことは魔法とか苦手なんだよな」
「ああ、魔法の素養は、この国の者とは比べ物にならないほど低いな。 その分他の技術では勝っていると思うが」
「まあ、そりゃそうだな」
いかに自国の技術力がすごいかを語っている男を他所に、頭の中で感じた違和感を覚える。
俺はこの国でもそこそこの魔力を持っているし、エルちゃんは言わずもがなである。
確かこの国で魔力が強い者が多いのは、比較的早期に魔力による不治の病を克服したためであったはずだ。 当然、日本では魔力もなければそれによって起こる病気もない。
ならば、何故日本人の魔力は多いのだろうか。 そういえば、エルちゃんの友人も多かったか。
傾向としては間違いなくある。
思い当たる理由は、エルちゃんのアキレアのように赤く染まった眼。 魔物化という現象が俺を含めた勇者全員に起こっているということだろうか。
耐瘴気性という言葉も、当たり前だが日本ではない。
……魔物の女性にも訊いてみるか。
もしかしたら、わざわざ地球の人を呼び出して勇者にするのは、耐瘴気性が低く魔物化を引き起こすことで強くなるから、などという理由の可能性もある。
女神の方にも、きな臭さが漂っているな。




