ヒトガタ④
「『咎人共よ、血の鎖に囚われよ。』
階級上昇」
「階級上昇、階級上昇、階級上昇」
「階級上昇階級上昇階級上昇階級上昇」
◆◆◆◆◆◆
墓とも呼べないような穴に人を埋め終えて、疲労で今にも倒れそうな護衛を馬車にいれてやりたいのだが、そうはいかないらしい。
「大丈夫か?」
「ああ、まぁ仕方ない」
護衛達用の馬車は襲われ逃げてきたときに放棄したらしく、おそらく取り戻すことは出来ないらしい。
だからと言って、王女の乗っている馬車に乗るわけにもいかない。 面倒なものである。
特に何か説明されるわけでもなく馬車は何処かに進み、俺はフラついている護衛達を支えながらそれについていく。 そういえば、結局水もらえていない。
多分襲われたときになくしたのだろうが……水をもらうというのは、ある種王女に着いていく建前であるので問題はないのだが、納得しがたい部分がある。
「人使い荒らそうなお姫様だな」
そんな愚痴を聞いて、護衛達は首を横に振る。
「あの人も、余裕がないだけだから」
そういうものだろうか。 やっと見えてきた街の姿に顔を顰める。
軽く手を握りしめ、息を吐き出す。
「ところで、何しにこの国にきたんだ?」
「よく知らないが、ある人物を尋ねてらしい」
「人物?」
「ああ、一人の女性。 先の魔王の時代に活躍したというもので」
先の魔王って、確かこの世界では千年も昔ではなかったか。 その娘って、何歳だよ。 生きてるわけないだろ。
「いや、人間ではなくて……」
染み付いた匂いのせいか、見慣れた魔物が寄ってきてしまったらしい。
短剣を中空から引き抜き、ゴブリンに向けて投擲をする。 一瞬怯んだところを護衛の男が剣を振り下ろして頭をカチ割った。
「半魔、人の姿をした魔物の女って話だ」
一瞬アキレアのことを思い出すが、あれは人間寄りだ。
どちらかと言うと、あのゴブリンになった男か、他の勇者が造ったというあの家族か。
思い出せば嫌な気分になるが、思い出すのは大切なことか。
いや、一時でも忘れていたのがならないか。
「どうかしたか? まぁ、あまり気分の良くない存在かもしれないが……」
「いや、いい。 人間の味方なんだろ」
「おそらくは……」
まぁ、わざわざお偉いさんが直接出向くということは、あまり関わりがなかったのだろう。 捜索と言わないので、一切人と関わっていないわけではなさそうだが。
「気難しいかもしれないんだな。
まぁ、最悪戦闘になるか」
アキレアに起こった「魔王の命令」と同じ症状が現れているかもしれない。 昔の魔王の時代に活躍していたというなら、そのような事態になっているとは思えないが。
一応保険として、草原に転がっている小さな石を拾っておく。
エルちゃんの作った瘴気を消滅させる石「エリクシル」だ。 これで瘴気を消せば魔王の命令も届かなくなるだろう。
「まぁ、私達は当然として貴方も話をすることにはならないと思いますよ、気にしなくても」
「んー、まぁ、個人的に興味があるから、出来たら話してはおきたい」
嫌そうな表情をされるが、それ以上に何か言われることはない。
直接お姫様の部下でもなければ、俺の力は借りたいという思惑からだろう。
「そういえばさ、お前たちってどれぐらい強いの?」
「強い……とは」
「単純に戦いになって、どれぐらいの相手なら勝てるとか」
男は少し、考えてから答える。
「独力だけだと、普通の兵士三人ほどなら相手に出来るぐらいだな。 四人いたらまず勝てない、二人だと手こずりはしない程度」
それって強いのだろうか。 いや、二人相手に勝てるのならばかなり強いのか。
「さすがは王女の護衛だな」
「どうも……」
でも、さっき普通に押されてたようなと思えば嫌な汗が頬に垂れる。
「なぁ、もしかしてだけどさ、さっきの賊じゃないのか?」
「まぁ、おそらくは第8王子の……」
そう言ってから口を噤む。
「それ、言ってはダメなことじゃ……」
「……もう関わりを持っているから、諦めろ。 相手の手の者でないなら中に入った方が安全だ」
「いや、あれぐらいなら一人でもどうにかなると思う」
どちらにせよ、思ったよりも面倒なことに巻き込まれたらしい。
頬を掻きながら、護衛達から表情を隠す。
運がいい。王女の近くにいれば勇者に手を出されにくくなる。
王女の護衛でこの程度ならば、戦闘に幾ら巻き込まれたとしても問題ないだろう。
「まぁ、巻き込まれたのは仕方ないな」
「ずいぶんと……その、諦めがいいな」
「楽な独り身だからな」
本当は盾代わりに利用するつもりだが、言わない方がいいだろう。
王女様達は俺という全力が加わり、俺は勇者から襲われにくくなる。 WinWinである。
街の門を潜り、周囲が人の気配と匂いに溢れかえる。
エルちゃんのエリクシルで薄まったとはいえど、街中ではやはり瘴気が濃い。 軽く瘴気を手元に集め、風の性質を与える。
「ちょっと、街中に黒髪の勇者がいるかどうか探ってきて『空・風噂・語りの霊」
偵察として瘴気魔法を発動させる。
この瘴気魔法は俺への伝え方も大雑把で、命令も大まかにしか分かってくれない上に不確実だが、ないよりはある方がいいだろう。
それにこの街の瘴気から作ったものならば……土地勘がある。
その事実は確かに人が元になっているのを示すようで、利用することに罪悪感を覚えてしまう。
「どうかしたのか?」
「いや、酒の匂いを嗅いだら、少し飲みたくなっただけ」
嘘ではなかった。
今は飲んで忘れたい。 リアナのことも、今この時は少しだけ辛い。
「まぁ、俺もだな」
ずっと俺との会話をしている護衛の男は頷いた。
仲間が死んで、飲んでいなければやっていられないのだろう。
それと比べたら小さなものか。 そんな納得の仕方が出来るはずもない。
「時間出来たら飲みにこよう」
一応、仲間というか上司が出来たのだ。 好き勝手に行動は出来ないだろう。
とりあえず、あの老人に指示を仰ぐべきか。 ……面倒くさいな。




