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ヒトガタ①

「魔物ってのは、幽霊みたいなもんなわけだろ?」


 黒髪の男、ロトは確かめるように口に出した。

 火で炙られた肉から脂が溢れ落ちて、焚き木を濡らし火の勢いを強める。


「ある程度の意思というか、遺思のようなものがあるわけだしさ。 考え方を変えたら、不老不死の法とも取れるんじゃねーかなって」


 目の前の男。 大山はロムに目配せをする。

 大山はあまり考える質ではなく、この世界をよく知らず、ロトの問いに答えられるわけではない。


 ロムは興味深そうにロトの顔を見て、その言葉の真意を探る。


「魔物は瘴気で、瘴気は精神、その精神はこの身体の中にある。

地球では違うのかどうかは分からないが、この世界では身体が精神の下にあるように思える。

人の心は身体ではなく瘴気にある。

人レベルの知能を持った魔物がいたとすれば、それに意識を移すことが出来たら晴れて不老だ。 不死ではないけどな」


 ロトが肉を摘みながら思い出すのは、二人の勇者に襲われたときの人間らしき物達。 救うことが出来なかったそいつらは、あの勇者の言を信じるのならば人工的に作られた人型の魔物である。

 それこそ、人間との差が分からないような。


「俺の友達にアキレアってやつがいるんだけどよ。 そいつも魔物なんだよ。

瘴気が集まったタイプじゃなく、物に宿ったタイプだけど。

例えばそいつみたいに瘴気を人に宿せば、その瘴気の記憶や意識は受け継がれるのかって話だ。

あれには受け継がれていないようだけど」


 ロトは肉を口に含み、ゆっくりと噛みながら立ち上がった。


「まぁ、答えは目の前にあるな。 賢者ロム、人間ではないよな。

しばらく共に過ごしていて思ったが、お前は単純に知識量がおかしい。 それこそ人一人が二十年やそこらで学べる量を超えている」


 夜も暗く、街の外で当然のように人気のない場所だ。

 ロトは二人を連れて宿から出て「色街に行ってくる」とリアナに伝えていたので、この場には三人だけしかいない。


 虚空を掴む動作、何もない場所だが、確かに掴むことができ、ロトはそれを引き抜いた。

 剣壊の才(ブレイカー)。 明確な敵意こそ見せないが、いつでも戦える体勢に移る。


 ロムはその動きに反応することなく、焼いていた肉に手を伸ばした。


「いや、人間だよ、僕は。 混ざりっけもなしにね」


 手をパタパタと振り、降参と小さく言った。


「まぁ、半分正解。 賢者ロムは人間ではないってのはあってる」


 首元から紅い色の首飾りを取り出してロトに投げる。


「それが賢者ロムだよ。 僕以外には何も教えてくれないけどね」

「魔石か。 やはり、瘴気が意識や記憶を持つのは間違いないのか。

この【石】と対話をする方法は?」

「僕の場合は普通に持ってたら出来るよ」

「便利だな、鍵的なものでもあるのか……」

「いや、中の人が黙ってるだけ」


 アナログだな。 とロトは頷いた。

 少し笑ってから、紅い色の石を撫でる。


「……あっちでも、電子データ化みたいな作り物語はあるけど、こっちだと実現してるんだな」

「僕にはよく分からないけど。 というか、それがないと僕は何も出来ないんだけどね」


 だからこいつが賢者ロムなのか。 小さく頷いてから、ロトは何度か手を開閉させた。


「やっぱり何度か思っていたけど、ロトとロムってなんか被るな」

「そうかな?」


 風が吹いて、頭を冷やすようだ。 けれども火は強まって、身を焦がすように熱くなる。

 息を吐き出した。 ロムには伝わらない言い訳をしたあと、ロトは小さな声で言った。


「小林 健だ。 俺の本名。 ……これからは健とでも呼べ」


 一つ、決意を新たにする。 ただ本名を名乗るだけのものではない。 日本にいたときの自分を、確かに認識し、逃避を終える。


「もう遊びは終わらないとな」


 何処か、異世界という非日常の中に覚えていた、ゲームのような感覚。

 遊び半分というわけではないが、人の死を始めとした様々なものを軽く見ているような状態。 液晶越しに世界を見ているような、そんな軽薄さを戒める。


「ここは一つの世界だ」


 この世界で楽に生きていく方法を否定し、世界を認めた。


「もうこっちも、そっちも知るべきことはないよね。 じゃあ、もうお別れだ」

「……ああ、二人とも、短い間だが悪くはなかった。 んで、エルちゃんが生きてるのは間違いないんだな?」

「ああ、どれほど信用出来るのかは分からないけど、まだ生きてるみたいだな。 バグって居場所が分からないけど」


 ロトは何度か頭を掻いて、首飾りをロムに投げ返した。


「そうか、ありがとう。 またな」


 簡素な別れを済まして、リアナのいる宿に戻る。

 その場に残った二人は火に炙られた肉を口に咥えて、火に寄るように近づいてきた魔物を見る。


「あいつ、サラッと押し付けて逃げていったな」

「まぁ、血が付いたときの、リアナちゃんへの言い訳が面倒だったんじゃない?」


 ロムは首飾りを握り、大山は本を開く。


「代理詠唱……正義抱火(ファイア・ウィスプ)。 あれを焼いといてくれ。 終わったら消えとけ」


 大山はそう言った後に本を閉じる。


「次に会うのは誰にする? 勇者殺しのリーダーか? それとも村作って集まってる奴らか?」

「勇者じゃなくて、アマツキって家名の奴を探せって、人使いの荒いご先祖様だね」



◆◆◆◆◆


「あの二人はなんか変態プレイを強要したとかで怖いお兄さん達に連れていかれた」

「……肉の匂いがする」

「ノーパン焼肉の店に行ってたんだよ」


 どんな言い訳だよ。 自分でも呆れるが、リアナは何も言わずに息を吐く。

 眠い目を擦って、ベッドに潜り込んだ。


「ロト、お前なぁ……」

「健だ。 俺の名前」


 少し驚いたようなリアナの顔が見える。

 二人の話し声以外の音がない空間、リアナの声がやけに響いた。


「知っている」

「結構、待たせたな」


 そのまま目を閉じて、口を閉じる。

 二人旅はまだ続く。 春風が窓の外を流れていった。

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