雨は降り続いている⑤
人の亡骸を元にした魔物。 刃人の眷属。
赤い眼と赤黒い髪色は俺と同じ色だ。 それでも、顔付きやらは確かに違う人種であることを示していて、外国人らしい。
確かに俺と似た存在なのに、それからは知性も理性も感じられない。 気持ち悪い。
赤黒い刃の剣を振り上げる。 鎧ごと断ち切るためにわ刃をきちりと噛み合わせて、勢い良く引く。
赤い血が流れ出るが、飛び散る量は多くない。
心臓が動いていないからだろう。
返す刃でエルに刃を振るっている眷属の剣に柄を当てて弾く。 そのまま横に振るって眷属の魔石を斬り裂く。
「数が、多い」
一体だけならば何の捻りもなく斬れば終わる敵でも、数がいれば話は変わる。 鎧を着ている眷属の場合は一振りで殺せるのは一体までだ。
高みへと朽ちゆく刃を使えば一度に届く範囲を斬り裂くことも出来るが、その分だけ俺の身体への負担も大きく、同時にエルの魔力の消費もある。
華美な装飾がされている鎧をきた眷属に剣を振るうと、それを剣で受け止められーー。 眷属の剣は俺の剣を受け止めることなく遠くに飛んでいく。
完全にではないが、避けられた。 眷属はそのまま拳を俺に向けて振るい、俺はそれを頭突きで返す。
力づくで拳を弾き飛ばし、剣で首を斬りとばす。
「アキさん!」
「まだいらない」
遅れてエルが治癒魔法を使おうとするが止めて、剣を振るいながらエルの腰を掴む。 そのまま下がり、足止め代わりにシールドを張り巡らせる。
張った瞬間に砕かれるが、距離を置くには充分だ。
結構な数の眷属の死骸が転がっているが、まだまだ目の前には多くの眷属が見える。 むしろ戦い始めてから増えているような気さえするが、無限に出てくるわけでもないだろう。
死骸が持っている剣を拾い上げて左手に握る。 グラウの剣一本より、錆びた剣でも二本目があった方がいい。
錆びた剣で眷属の攻撃を往なし、防ぎ、斬れ味のある魔石剣により眷属の魔石を正確に断ち切る。
囲まれるよりも前にエルの身体を抱えて後ろに跳ねて、前からしか襲われないように警戒。
だが、終わらない。 雨は降り続いている。
徐々に息が上がり始める。 幾ら俺が強いと言えども、これは一体何体いるんだ。
何体潰した。 百は下らないだろう。
刃人の王が一個の戦場に現れたのだとしたら、戦場には何人いた。 何人が逃げ延びられた。 逃げるべきか、それともーー。
一瞬の思考、気が逸れた俺の脳天にへと錆びた剣が迫り、白くて小さな手が間に入り込む。
赤が飛び散る。
「エル!!」
「アキさん、大丈夫ですか……?」
仄かな光を発している手を見て涙が出てくる。 エルが傷つけられた。
「俺は、大丈夫だ」
両手に持った剣を無茶苦茶に振るい、近くにいる眷属を斬り殺し、エルを抱えて背を向ける。
「大丈夫、だから! 俺を庇うな!」
エルの身体は、いつものように大きな音に怯えて震えることはない。
先の行動も恐怖を失っているゆえに出来ることだろう。
「ん、僕も大丈夫ですよ。 すぐに治せますから」
「そういう問題じゃ……」
「違うなら、アキさんが無理をするのも認められません。
僕よりも、アキさんが自分の身体を粗末に使ってるじゃないですか」
「ッ……! もういい、いいからもう止めろ!」
なんでエルを守るためのことのはずが、エルを傷つける羽目になっている。 苛立ちが募る。
人海ではないが、それのような眷属の大群に押されながら、少しずつ遠ざかっていく。
「エル、とりあえず一気に減らしてから逃げるぞ」
シールドを前面に張り、剣を上段に構える。
「シールド・フラグメント!」
前へと飛ぶ、破砕したシールドにエルが魔力を込めることにより大きさを変える。 巨大化したガラス片のような魔法が眷属の群れに飛び、多くの眷属に突き刺さる。
剣の振りとは違い乱雑なそれは魔石を砕くなり、頭を潰すなりはあまり出来ずに腹や足を貫くだけで終わった。
「運が悪いですね」
「いや、避けられただけだ」
「避けられ……」
元となっている人間が兵士だったからか、ある程度の技量はあるらしい。 殺しきれはしなくとも機動力を落としたことは確かだ。
前にいる動きが緩慢になった眷属と巨大化しているシールド・フラグメントに足を取られて上手いように追って来にくくなっているらしい。
敵があまりに多い。 そろそろ戦い通すのが無理なぐらいにエルの魔力が減っている。
いつもだったらすぐに回復するそれも、洗脳魔法の維持に使い続けているせいで回復は酷くおそい。
エルを抱えて走るが、全力で走ると体制維持のために魔力を必要とするので思い切り引き離すことも出来ない。 中心側に比べて数も減っているが、まだ休めるほど少なくもない。
「……さっきいた場所ですね」
「そうだな。 ……昨日の箱は作れるか?」
「あと少ししたら作れますけど……。 魔力が少し足りなくて。
とりあえず、形だけでも作りますね……」
エルは疲れた表情をしてから、魔法を発動させる。
昨日と同じく土を操ることで箱型を作り、その中で一息吐き出す。
真っ暗な中で、昨日と違って灯りを付けることも出来ずにエルの身体を抱き締める。
冷たい。 雨水のせいか酷く冷えているに気がつく。
「……大丈夫か?」
「はい、魔力が回復し次第にこの家……まあ箱も硬くしていきますから。 よほど強いのがいなければ大丈夫です」
「いや、そうじゃなくて」
エルの身体を抱き締めて、少しでも温める。
「でも、早く倒さないと食べ物もないですし……」
「数も少しは減らした。 食料が尽きるよりも先に殺しきることは無理じゃないはずた」
「でも、戦争していた人と、刃人の王にやられたですよね?」
「それほど多くもないだろう。 五分の一は減らせたんじゃないか?」
「……少なくないですか? いや、それぐらいですか」
俺は頷く。
「多くても、五百人ぐらいだと思う」
「そうですか、そんなに……」
エルは手を握りしめる。 その手を上から包む。
「……僕は、アキさんが好きです」
「ああ、俺もエルが好きだ」
エルの身体がふわりと力が抜けて、俺の身体に寄りかかった。
体が震えていて、エルは俺の身体に身体を押し付ける。
「すみません。 少しの間、怖さは戻しました。
魔力はこれの強化に使いたいので」
「……大丈夫か?」
「……あまり、無理はするなよ」
「すみません」
エルと一緒に下に座る。 地面は濡れていて不快だが、元々濡れているのであまり変わらないだろう。
「水捌けが悪いですね、この場所。 昨日みたいに水が流れるようにしてるのに……」
「俺が下にいるから、大丈夫だろ」
「アキさんが濡れます。 ……とりあえず乾かすために、服、脱ぎますね……?」
「エル、それは多少魔力の消費があっても、無くしていたままの方がいい」
相変わらず、洗脳魔法がなければヤケに気が昂ぶってエルを抱きたくなる。
エルは頷いてから洗脳魔法を再び発動させる。
「……寒いですね」
「ああ」
「……昔、僕がまともに魔法が使えなくて、アキさんと二人で野宿してたときのことを思い出します」
「……寒かったのか?」
「少しだけ」
「それは……悪かった。 夏も近いと思っていて、気がついていなかった」
エルはふるふると首を横に振った。
「僕がアキさんに甘えることが出来るって、知らなかっただけです。 ーーっへくし!」
エルが小さくクシャミをする。 膝の上のエルを強く抱き締めるが、温まる様子はない。
「駄目ですね、僕はーー弱くて」
「強いよ、エルは。 少なくとも、俺よりかは」
魔法によって作られた箱。 光もなく真っ暗な中、唇に吐息がかかる。
「すみません、アキさん。 少しだけ、疲れてて」
「ああ。 俺が守るから大丈夫だ。 エル」
エルは身体から力を抜く。 エルは濡れたまま、俺の身体に体重を預ける。
眠ったのだろうか。
「おやすみ、エル」
返事はなかった。




