レベルアップ
黒装束の少女がまた護衛に話を聞かれ始めたので、さっさと馬車に戻って寝ることにする。
軽く黒装束の少女を睨んでいるエルの手を引いて、護衛の一人に声をかける。
「俺たちはもう馬車に戻る。 なんか戦闘とかになったら起こしてくれ。 最近は強い魔物がよく出るだろ」
「あい、ありがとよ。 さっきお前が放置してた剣はどうする。 二本とも明日返せばいいか?」
そういえば、剣は放り投げてから取りに行かなかったな。 忘れていた。
護衛の言葉に頷き、疲労と貧血でふらつきそうになりながら馬車に戻る。
馬車の中に入ると、疲れと痛みが遅れてやってきたように、身体が上手く動かなくなる。
オークは調子が良かったおかげで楽に勝てたが、黒装束の少女を捕まえるのに苦労した。 それで重要そうな情報を知れたのだから良かったが。
椅子にもたれかかり、体重をすべて背もたれに預ける。
せっかくなら横になって寝たいが、エルもいるので無理だろうと、諦めながら目を瞑る。
俺の肩にエルの小さな手の感触が走り、少し引かれたと思えばまともに抵抗することも出来ずに横に倒される。
「膝、使ってもいいですよ」
昼間にしていた体勢が逆転してしまったらしい。
エルが履いている半ズボン越しにエルの太ももの感触が分かる。 細くて白い脚はその見た目通りに柔らかく、その上にある半ズボンの生地は少しだけ厚いが、妙な飾りもなく嫌な感触はない。 浄化したばかりで匂いの元となる物はほとんどないはずなのに、甘い匂いがして眠りに誘うようだ。
少女に興味があるという訳ではないが、あくまでも「枕」として少女の脚を評価すれば、悪くない。
身体を持ち上げて座る体勢に移行するのも億劫で、少女が自ら俺の頭を導いて枕にしろと言っているのだから、言葉に甘えてしまっても良いかと考えが至ると共に、意識がぼんやりと薄れ始める。
俺の髪が撫でて溶かれるようにゆっくりと触られているのが分かる。 ああ、心地がいい。
「すごいね。 ルトは、もう魔法が使えて」
「ーーは魔法が使えなくてもいい。 俺が守るから」
約束だった。 昔、誰かとした……。
目を開けて、少し視線を動かせばエルの膝の上であることと、エルも俺にのしかかるように寝ていることに気がつく。 少し身を捩れば、エルも起きたらしく身体の上でゴソゴソと動く音が聞こえた。
「あ、おはよう、ございます」
身体にかかっていたエルの重みが退いたので、俺もエルの太ももの上から退く。
「ああ、おはよう」
そんな約束をしたことがあるわけがない。 昔から魔法一辺倒で「守る」なんて馬鹿なことを思ったのはエルで初めての経験だ。
何かの勘違いだろう。
「っと、すまん。 大丈夫か?」
ずっと俺が乗っていたのだから、血の巡りが悪くなっていないだろうかと心配すると、エルは脚をプルプルと動かしながら言う。
「ちょっとだけ、しびしびします」
悪いな。 と謝るが、エルは気にした様子がない。
「また寝てもいいですよ?」
「いや、いい」
エルには負担を掛けたくない。 それに気恥ずかしい。
欠伸をしてから魔道具を取り出してコップに水を出してそれを飲む。
なんとなく甘い匂いがして水の匂いを犬のように嗅ぐが、水が変な匂いがするわけではない。
腕を上げてその匂いを嗅ぐと、甘い匂いが自分からしていることに気がつく。
「アキさん、どうしたんですか?」
「服からエル臭がする」
すぐにエルに浄化された。
「僕って、どんな匂いがするんですか……? そんなに体臭がきついんですか?」
「いや、そんな不快な匂いでもないから気にしなくていいと思う」
それだけ言うと、エルが自分の匂いを嗅ぎ始めるが、自分の匂いは分からないだろう。
俺からエル臭がしなくなってから水を飲み、小さく息を吐いて落ち着いていると、神妙そうにエルが俺の目を見る。
「どうかしたか?
「実はアキさん。 昨日、僕……レベルアップしたんです」
レベルアップ? 成長したということか。
魔力が感じられるようになり、魔道具を使えるようになったのは確かに成長しているが、そんな改まって言うことではないだろう。
「アキさんはゲームとか、したことないですよね」
「ゲーム?」
「いえ、分からないならいいんです。
レベルアップとは、端的に言うと勇者が魔物を倒すことによって成長することです」
「倒してないよな? 危ないことはするなよ?」
「勇者の仲間が倒しても経験値が入るんです。 僕の場合はアキさんが倒してくれると僕に経験値が入ってレベルアップします」
そういえば前に経験値が分散してしまうから、勇者の世話にはなれないとエルが言っていたのを思い出す。
勇者あるいは勇者の仲間が魔物を倒すと経験値とやらが入る、経験値が入ると勇者が成長、レベルアップする。
「んで、そのレベルアップが起こるとどうなるんだ?」
「SP、つまりスキルポイントが手に入ります」
また知らない言葉が出てくるが、いちいち尋ねていても話が進まないので適当に頷く。
話していると喉が乾いたのか、エルが自分でコップに水を注いで、それをこくこくと喉を鳴らしながら飲んでいく。
「スキルポイントを割り振ることで、能力が強化出来るんです!」
「お、おおー」
よく分からないが、ない胸を張りながら自信満々に言い切ったエルに合わせて反応する。
能力の強化というのは、エルの神聖浄化が何かしら強くなるということか。
「それで、僕の神聖浄化が強化出来るんです。 そのスキルポイントの割り振りを相談しようと思いまして」
よく分からないが、強くなるのはいいことだと思ってエルの話の続きを聞く。
「僕の神聖浄化の場合、スキルポイントを割り振ることにより、飛距離、光量、効果、精密性、持続性、任意が強化出来るみたいです」
「はあ」
「飛距離を上げると手で触れたりしなくても浄化することが出来て、光量を上げるとよく光ります。
効果の場合は上げていけば魔力毒や魔力病みたいなのも治せるみたいです。
精密性は浄化出来る箇所を細かく出来るみたいです、光で字を描いたりも出来そうです。
持続性を上げると意識していなくても浄化しっぱなしに出来て、任意では浄化する物を選べるようになるみたいですね。 汗だけとか、血だけとか」
一気に説明してから、エルは水に口を付けた。
よく分からないが、どれを選んでも微妙に役に立つような、立たないような。
「まぁ、その中なら効果を上げるのがいいんじゃないか?
魔力関連の病気をどうにか出来る魔法を覚えるのは難しいからな」
「でも、光量を上げると夜とかに動きやすくなりますよ」
「その場合、エルが目立つことになるから戦いにくくなる。 飛距離を上げるのと組み合わせれば使えないこともなさそうだが」
「そうですね……。 とりあえず、5ポイントあるので効果に極振りしていきますね」
よく分からないが、エルがピカピカと手を光らせる。
「これでレベル2になりました。 エルレベル2です」
「どれぐらい出来るようになったんだ?」
「んー、よくある魔力関連の毒とかもどうにか出来るようになったみたいです。 あと、瘴気? ってのも薄いのはどうにか出来るらしいです」
エルレベル2の言葉はやはりよく分からないものが多い。 瘴気ってなんだ。




