雨は降り続いている①
人は一人も見当たらない。
身体を濡らす雨は魔物の血を洗い流し、戦いの熱を冷ましてくれるようで丁度いい。 横にいるエルが小さくクシャミをし、俺の服の裾を握る。
「行くか」
「行きましょうか」
そう言い合って、まっすぐに進む。
エルの得意としている闇属性と光属性は雨水に対しては役に立たない。 水属性もあるので傘代わりに魔法を使うことも出来るはずだけれど、エルは使おうとしなかった。
もう国から外れた場所まで来ていて、刃の王の眷属が出るかもしれない。 おそらく、まだだと思うが無駄な魔力の消費は避けたかったのかもしれない。
「戦い……ですね」
「ああ」
エルの声は震えていた。 俺が戦いを選択したから、言葉を震わせる羽目になっているのかと思えば、間違った選択だったのかと思う。
けれど、エルはエルを愛さなければならない。 誰からも認められる偉業を達成したら、誰もが褒めて、エルも自分を愛することが出来るだろう。
また発見した狼型の魔物に向かって刃を振るう。 エル曰くシルトウルフという魔物で、無属性の魔法のような物を扱ってくるらしいが、まだそれは確認出来ていない。
シルトウルフは魔法を発するより前に半分に断たれて地面に落ちる。
「お疲れ様です」
「行くか」
「行きましょう」
これほど魔物が多いのは、エルのエリクシルの範囲外であるのに加えて、刃の王から逃れてきているというのがエルの言だ。
それが事実であるとしたら、もう近いことの証左に他ならない。
そして、その代わりのように人は見かけられない。 今の俺にとって、人との関わりは避けたいものだったので丁度いい。
何度も繰り返される戦闘は全身の肉から獣性を染み出させる要素になる。
単純に戦いの熱で気が昂ぶるのもあるが、それだけではなく、血の匂いが俺の意識を遠退ける。
エルのエリクシルがないため、瘴気に浸っているのも大きな原因かもしれない。
「……エル、少し引っ付き過ぎだ」
危うさのない戦いとは言えど、魔物との戦闘のせいで気は昂っている。 だから人を寄せ付けたくない、ではなく、逆である。
「何でですか? ……一緒に、いたいんです。 少しでも」
そう言われては離す訳にもいかない。 無理に引き放せばエルが自分の能力で消えてしまう可能性もある。
だが、ずっと身体を接触させながら歩くのにも不都合はあった。
人であるが、獣でもある。 それが俺という存在で、戦えば、あるいは瘴気に浸れば獣が人を食い散らすように現れてくる。
柔らかなエルの身体が押し立てられて、喉を鳴らす。
雨の中でも構わない。 その小さな肢体を組み伏せてしまいたい。
愛おしそうに腕が撫でられて、手を握られる。 小さな身体は冷たく、けれど顔は嬉しそうに微笑んでいた。
その顔を歪ませたくはないと、握られていない手を握り締めて、息を吐き出す。
子供のような肢体。 子供のような薄い胸が身体に押し当てられて、興奮してしまう浅はかさに嫌になる。
普通ならば興奮するものでないのは分かってはいるが、俺は知ってしまっていた。 その子供の身体の抱き心地を、その小さな身体に思い切り欲望を吐き出す快楽を、俺は知ってしまっていた。
たった一度だけだが、忘れられる筈もなかった。
「アキさん。 大丈夫ですか?」
「ああ」
大丈夫とは言い難い。 愛する人の顔を歪ませたいと思ってしまっていて何が大丈夫なものか。 獣のような性欲で頭がおかしくなっている。
軽く手を握り返せば、柔らかな手の感覚が分かった。
「……エル、キスだけさせてくれ」
エルは何も言わずに立ち止まって、目を閉じて顔を上に上げる。 エルの身体を抱き寄せて、屈み込みながらキスをする。
唇を付けると、冷えていて柔らかく濡れた唇が小さく震える。 雨の中でしたのは、あの時以来か。
それを思い出せば、我慢も出来ずにエルの小さな身体を地面に押し倒し、腕を乱暴に掴み、身体をのし掛からせて身動きの取れない状態にさせる。
エルの息が漏れ出て俺の唇に触れる。
地面に押し付けられているエルの唇に貪りつき、その中にねじり込むように舌を入れる。
僅かながらの抵抗があるけれど、舌を噛まれるなんてこともない。 エルの口内を嬲る心地良さは酒の酔いに似ている。
クチュクチュと卑猥な音が発せられている。 抵抗していた筈のエルの舌は、エルの口内を犯している俺の舌を愛おしそうに撫で絡ませていて、薄らと開けられた眼はトロンと発情の色を見せていた。
唇を離すと、物欲しそうな目を俺に向けながら、身体をモゾモゾと動かす。のが分かった。
エルは必死に組み伏せられながらも、俺に必死に抱きついて、恥ずかしそうにだが気持ちよさそうにしている。
「ん、んんぅ……み、見ないでください。 その、ちゅーしてていいですから」
その言葉に甘えるようにまた口内を舐る。
雨が身体を濡らしているが、今更変わらない。
エルは必死に俺を抱き締めて、身体を震わせた。 心地よさそうに顔を惚けさせて、俺に甘えるように身体を脱力させる。
「……悪い、やりすぎた」
「……いえ、その、はい」
微妙な空気のまま立ち上がって、また歩き始める。 エルの治癒魔法に疲れを治されながら、ピッタリと俺にくっ付くエルを見る。
「……エルは、無理矢理押し倒されて、嫌じゃなかったのか?」
小さな顔をうつむかせながらエルは答える。
「……アキさんと、なら……どんな風でも嫌じゃないです」
腕に顔を押し付けられたのは、顔を隠すためだろうか。
「変な、意味じゃないですけど」
「そうか……」
確かに俺も、エルとキスをするならどんな風でもいい。 好きというのは、何かそういうのがあるのだろうか。
少なくとも、今エルが甘えたがりなのは、俺と同じように瘴気や戦闘の影響があるのだろうけれど。
キスをしたら収まるかと思っていた気分も、変わらずにエルとひっついて抱き締めたいと思っている。 何処かで宿を取り、エルが寝た後に存分に抱き締めてやろう。 一方的だと少し虚しいが。
時々やってくる魔物を蹴散らしながら、進み、雨雲と夜で夜目が利く俺でもほとんど見えなくなったところで、エルが魔法を発動させる。
俺とエルを中心にして土が盛り上がり、壁が出来、屋根が出来て地面に緩やかな傾斜と穴が出来て水が流れていく。 そのあとに、俺たちを囲んでいる土が鉄のような性質に変わりながら、エルの手から光が灯される。
「んぅ、服、乾かさないとですね」
エルが上着を脱いで、魔法で壁から出した棒に引っ掛ける。 その下も脱いで、キャミソールという肌着だけにした後、顔を真っ赤にしながら半ズボンにも手を掛けてーー。
「あまり、見ないでくださいね?」
そう俺に言う。 魔法で脱水せずにこうして乾かすなんて、もう襲われたいのかと思うが何処か様子がおかしいように思う。
手を掛けているエルの手を握って止める。
薄い肌着にぺたりと張り付いている身体に目が釘付けになり、エルは恥ずかしそうに身体を揺らす。
「エルは、今何を思っている?」
「何って、乾かさないとって……」
「脱がなくとも、脱水は魔法で出来るだろう。
嘘は吐かなくていい」
問い詰めると、エルは顔を真っ赤にして俺を見る。
「んぅ、アキさんの鬼畜、えっち……。 それは、その……」
違う。 これはおかしい。 エルはエルであるのは変わりないが、性的な行為が苦手な筈なのに、俺を誘うようなことをしているのはおかしい。
いくら瘴気やら、戦いの熱やらがあったとしても、である。
「エル、魔法は掛かってないな? とりあえず、服を着てくれ」
何かの影響があることは分かるが、その正体が掴めない。 これ以上、身体に肌着が張り付いているところを見るのは目に毒だ。
我慢が出来なくなる。
「んぅ、でも、僕……アキさんと、えっちなこと、したいんです」
「ああっ! もう黙っててくれ!」
考えに頭を巡らせたいのに、エルが誘ってきたら考えられなくなる。
エルがおかしいのは確かだ。 だが、それの正体が分からない。
エルが偽物にすり替わっている可能性も感じたが、すごく愛おしいので本物に間違いはない。
「アキさん……」
「とりあえず、自分に洗脳魔法をしてくれ。 性欲とか消す方向で、あと俺にも頼む」
「え……アキさんは、僕と……」
「見たら分かるだろ。 早くしてくれ」
我慢の限界も近づいている。 エルは自分と俺の頭に手を乗せて、闇属性の魔法を発動させた。




