歳上の妹という属性②
幾つかの簡単な動きをさせられて、それを確かめたエルは頷き、書き足す。
「んぅ、これ以上は分からないですね」
分かったところでそれほど価値があるとは思わないけれど、エルがすることなので何かしら意味があるのだろう。
なんとなくムズムズとする感覚、頭では理解していても納得しきれていない気持ちが強い。
「……体凝るから、ちょっと運動してくる」
石剣を取り、エルの頭を撫でてから外に向かう。 エルは付いて来ることも、止めることもなかった。
ボスン、と枕が叩かれる音が後ろで聞こえた。
◆◆◆◆◆◆
思いっきり、枕を叩く。 顔をベッドに押し付けて、ベッドを何度も何度も殴りつける。
もう一度枕を殴ろうとしてーー。 殴るための右の手がないことに気が付いた。
痛い、痛い、痛い。 腕の先から見慣れた光が発生していて、その光が僕を蝕んでいる。
神聖浄化。 女神に与えられ、僕の中で変質したその力は「汚れ」を取り除くことだ。
暴走しているのかーー。 いや、アキさんがいなくなった瞬間に起こったことだ。 暴走しているのは能力ではなく僕自身。
自分で、自分を消そうとしている。 自分の意思に従って、自分の気持ちに背いて。
「ーーッ」
治癒魔法で無理やり腕の根元から腕を生やすが、生やしても腕の消滅は止まらない。 再び指先から神聖浄化に蝕まられていく。
カラン……と、小さな物が落ちる音が耳に入り込んだ。 ベッドの上から床に落ち、転がっていく輪っかを見る。
それを追おうとするが、そのための脚がなく。 無様にベッドから落ちて、呻く。
「……それは、いるんです」
他の治癒は後回しにして、左腕だけを治して、それを伸ばす。 転がっていく輪っかは手から逃れるようにすり抜けて、届かない。
右手を治癒して、両手で這うようにして追うけれど、腰が半ばまで消えていてズボンや下着が置いていかれていることに気が付いた。 腰を治しながら指輪を追う。
「いるんです、それがないと、僕は」
弱い。 僕は弱い。
世界で一番好きなアキさんが、世界で一番恨んでいる人と一緒かもしれないと知って、違うと分かっていながらも……一瞬、嫌いになりかけた。
そんな自分が、許せるはずがなかった。
ーー消えろ、消えろ、消えろ、消えろ。 消えてしまえ、お前なんて消えてしまえ。
結局、アキさんではなく自分が好きなだけで、自分のために、自分ばっかり……最低だ。
やっと手に届き、それを指に嵌めようとするが、その指がない。
「うああ……うぁ……。 治れ治って」
左手の薬指だけを生やして、そこに指輪を突っ込む。 なんとか収まったそれに安堵して頰が緩む。
綺麗な指輪、僕の持っているものでも一番大切で……指が消えて、指輪が落ちる。
「いやだ、いやだ、僕ので、それは」
逃れていく指輪を追って、芋虫が這う。 這う。
僕の手が再び指輪を掴んだと同時に、がちゃり、と扉が開く音がした。
「……エル? エル!!」
僕の体が抱き上げられて、大好きなアキさんの顔が見える。 手から指輪が溢れ落ちて、僕は身を捩ってアキさんから逃れようとする。
「指輪が、落ちて」
「そんなのどうだって、いい」
良くないんだ。 大切な宝物でーー。 抱き締められて、身体を撫でられる。
「ごめん。 エルも辛かったんだな。 気づいてなかった。
エルは、ここにいていいんだ。 一緒にいてくれ」
浄化の光が薄らいで、少しだけ消滅と治癒で治癒の力に傾いて、僕の身体がゆっくりと再生していく。
「指輪、いるんです。 あれがないと、駄目なんです」
アキさんは少しだけ迷った表情をしてから僕の身体を持ち上げながら移動して、指輪を拾う。 そのあと、僕の左手を取って、優しげな手付きでゆっくりと嵌めた。
荒げられていた気持ちがほんの少し落ち着いて、大好きなアキさんの胸の中、魔力を急激に使った倦怠感が襲ってきて……目を閉じた。
◆◆◆◆◆◆
服を着ることもせずにエルは目を閉じて、額に汗を滲ませながら寝息を立て始める。 安らかな眠りとは言えないだろう。
あまり見ないようにしながら、エルに落ちていた服を着せて、ベッドに運ぶ。
「……理由は、俺だよな」
俺のせいだろう。 ……理由は分からない。 これだけ好きなはずで、一緒にいたのに、エルのことをまだ分かっていない。
エルが治癒魔法を使い始めて、それでやっと異常に気がつくことが出来たんだ。
「くそ、クソ、クソクソクソ!」
俺は何をしている。 馬鹿か。 エルに甘えて、気分がマシになって、それで良し。 そんなわけがない。
俺よりもエルを優先すべきなのに、結局は自分ばかりだっした。
手で脚を握り、エルを見つめる。
「ごめん……」
分かっていたはずだ。 エルの神聖浄化がエルの身を蝕む可能性もあった。
自分のことしか考えていなかっただけだ。
とりあえず、エルが起きるまでは起きていよう。 起きてから、また消え始める可能性とある。
抱き締めていたら、少しはマシになるだろう。
「エル……」
愛おしい。 愛おしい。 俺がいなければ生きることも出来ない、か弱い女の子だ。 以前エルが言っていた気持ちが分かる。
愛する人の不幸を……喜んでしまう、自己嫌悪。
歪に上がった口角が、酷くエルの笑みと似ている気がする。
◆◆◆◆◆◆
「……ああ、分かった」
賢者。 あらゆる魔法使いよりも深い見識を持った存在は首を横に振った。
「意外と、あっさりとした反応だね」
「まぁな……。 今更、俺の魔力で攻撃が出来ても、適当に物を投げた方が強いしな」
「エンブルクの人間とは思えないな」
賢者ロムはエンブルク家を知っているらしく、心底驚いたような声を出す。 蘊蓄を垂れるのが好きなのか、楽しそうに話しを続ける。
「基本的に、無属性の人間は執着心が強いからね。 わざわざ尋ねてくることを、サクッと否定すると鬱陶しいぐらい食い下がってくるんだよね」
賢者の言葉に、月城が反応を示す。
「血液型診断みたいなの? 水属性が得意なのはどんな性格?」
「水属性はそうだな……喧嘩とか争いが苦手で、ノリが軽い」
賢者の言葉に、エルが呆れたように息を吐き出す。
「本当に血液型占いみたいですね」
「闇属性は、排他的だったり、人と敵対することが多い。 光属性は利他的でつるむのが好き。
あと、占いじゃなくて事実だから、精神と魔力の関わりが深いのは、多かれ少なかれ誰でも気がついているだろう」
そうなのか、とエルを見ると小さく頷く。
「……じゃあ、アキさんの魔力はどういうことなんですか?」
「別の要因だね。 魔物の特徴として結構あるでしょ?」
「そうなのか?」
「……ありますね」
「それにしても、魔道具すら受け付けないってのは、本人の性質だろうけどね。 よっぽど偏屈なのかな?
まぁ、そんなところだよ」
どうでもいいことを聞いたな。 軽く頷いて、礼を言う。
「次は、刃人の王のことを聞きたい」




