饅頭怖い⑥
エルに抱きしめられながら、紅茶を飲む。
なんて優雅な時なのだろうか、あまりに気持ち良く怠けられる。
「アキくんってこんなキャラだっけ?」
「何がだ?」
「兄さんは昔はもっと凛々しくてかっこよかったですよ。 ……今は……」
「だから、何がだ」
「んぅ、今も会った時も甘えん坊ですよ?」
エルに頭を撫でられるのが心地よい。 うとうとと眠気が増してきたと思うと、エルは魔法で毛布を引き寄せて俺に掛ける。
礼を言ってから目を閉じるが、月城に起こされる。
「駄目だよアキくん。 これ以上ダメ人間化が進んだら、恋人というよりもペットっぽくなるから。
もう絵面的にもアウトな感じだし」
「……ペットでいい。 エルに甘えられるなら」
エルのいい匂いに包まれながら微睡んでいると、部屋の扉が開き、見慣れた狸の耳が目に入ってきた。
「雨夜 樹……って、エル様のことですよね?」
ケトは四人でダラけているところを見て少し眉を潜めながら言った。
雨夜 樹、本名ではないがエルが日本にいた時に名乗っていた名前であり、エルのことと呼んでも問題ないだろう。
「黒髪の男の方が、会いたいと言っているのですが」
「追いかえせ」
エルのことをその名前で呼ぶ黒髪の男なんて一人しか思い当たらない。 使用人に言って出禁にしているはずだが、まだケトは新人なので上手く対処出来なかったのかもしれない。
エルの膝に顔を埋めようとするが、外してしまい、顔を床にぶつける。
「んぅ、一応、行ってみますね?
三輪さんじゃなくて、月城さんのお友達の星矢君の可能性もありますから」
「そうだねー。 というか、別に私達以外にもエルたんの知り合いが来ててもおかしくないしね。
ここが見つかったのもエルたんは結構有名人だし」
「僕が有名?」
エルが行くつもりらしいので、仕方なく俺も立ち上がる。 月城も一緒に行くらしく、服を払いながら立ち上がった。
「うん。 エルたんがって言うかは、エンブルク家がね。
そこに嫁入りした子供ってなるとそりゃ有名にもなるよ」
「ああ……。 僕のせいでエンブルク家に悪名が追加……」
よく考えてみたら、三輪もあれで月城の友人なのだから、エルには会わないようにしながらならば家に入れてやってもいいか。
まだ薬屋の娘と仲良くやってるらしいので、エルに執着するとも思えないしな。
三人でぞろぞろと玄関に向かう。 三輪から感じられるようなピリピリとした威圧感はない、エルを狙う不快な気配もなく、苛立ちを覚える敵意も感じられない。
「三輪じゃないのか?」
なら、誰だろうか。 黒髪の男の知り合いはロトか勇者の村の連中ぐらいしか思い当たらないが、エルのことを雨夜と呼ぶ奴はすくない。
開いている玄関と応対している使用人の横を通って男の姿を見る。 ロトと似ている、それに三輪とも似て見えた。
日本人らしい顔。 性の差か、それほど顕著ではないがエルとも類似点が見て取れる。
エルと似てるところがあるからか、なんとなく好意を抱きやすい顔立ちだ。
「……何の用だ?」
だからと言って警戒を抑えて接することはしない。
ロトから聞いていた「勇者には気を付けろ」という言葉を考えると、多少警戒をしていた方が安全だろう。
「雨夜 樹って人に会いに来たんだけど、いるかな」
会わせるべきかどうか。 エルを背に隠そうとするが、俺の脇からエルの顔が出る。
「……えと、僕に何かご用事でしょうか?」
隠そうかと思ったがもう手遅れだ。 右腕に力を入れて、何か怪しい様子を見せたら、何かをさせる前に殺せるようにしておく。
「エルたんの知り合い?」
「いえ……でも、名前を知ってるみたいですし」
「おお、そっちのは月城 瑞希だったか。 確か他にも勇者がいるって書いてあったが……他にもここにいるのか?」
書いてあった? 少し妙な言葉に首を傾げる。
男は少し動き中を覗き込むが、この場にいる勇者は二人だけのはずだ。
「三輪が浸入してるとかないよな?」
「んー、魔力感じないし、人も多いこの家に浸入ってことはないと思うよ」
「……記述に誤りがあったか。 いや、隠している……ようには見えないな。 ん、変な事聞いて悪いな」
勇者の男は頭を掻きながら、俺に話し掛ける。 俺よりもひとまわり背が高く、筋肉も付いていて身体が大きい。 威圧感を覚えるが、男からは敵意を感じないのでひとまず警戒を解く。
「いや、どうでもいいが。 ……何の用だ」
「ああ、雨夜 樹って人に会いにきたんだよ。 勇者同士で話したいことがあってな」
エルも情報交換はそれなりにしたがっていたので、拒否する必要もないか。 とりあえず応接室に通すことにする。
「ケト、応接室に茶でも持ってきてくれ。
えーっと、上がれ、話ぐらいは聞いてやる」
敵意はないが、もしかしたらエルの可愛さを聞きつけてやってきた可能性も十分に考えられる。
筋肉質な男に少し怯えているエルを背に隠しながら、男を応接室に案内した。
大きな音を立てて椅子に座り込んだ男を見て少し眉を顰める。 だが、それでも気を使う気はあるらしい動きに気を取り直し、正面の席に座り、椅子を引いてエルを横に座らせる。
「俺はアキレア俺は勇者ではないがな。 こっちのエル……雨夜樹の旦那だ。 その横の女は言っていた通り月城だ」
簡易的に自己紹介をすると、男は軽く頭を下げて返す。
「ああ、俺は大山 翼だ。 ……人付きの勇者で、会いにきた理由はこれだ」
机の上で手を動かす。 本を捲るかの動きに、世界が合わせるように机上に本が現れる。
「能力……か」
「ああ」
本と短剣という差があるが、類似しているように見える。
無から物質を生み出す、そのためにはそれを象徴するような動作が必要。
「どこまで信用出来るのかは不明だがーー」
男はどこかのページを捲って俺たちに見せる。
何故か読める「日本語」の文字列に顔を顰めてから、一つの単語を見つける。
「勇者の情報が載っている」
雨夜 樹。 俺が最も尊敬し、敬愛し、愛している女性の名前が載っていた。
「僕……? いや、違いますね。 そもそも性別も違うみたいですし」
「ああ、これは結構記述のミスがあるからな。
何を元にして書かれているのかは分からないが、信用はしきれない。
……男ってことはなさそうだな」
エルの体をジロジロと見て呟いた。 かなり苛立つが、冬ということもあり、厚着なので耐えられないほど不快でもない。
「でも、全部の勇者の情報が載ってるんですよね」
「まぁな」
「すごい能力ですね。 連携とか取れそうです。
勇者がいなくなった場所とかおかしな動きを特定していけば、魔王の場所を特定することも出来るかもですね」
「ロムの奴もそんなことを言ってたな。 ああ、ロムは俺の相棒の奴で……賢者って呼ばれてる人なんだけど」
賢者という言葉に、身体が無意識に反応する。
「賢者とは、あの賢者か?」
「どの賢者がいるのかは知らないが、結構偉いさんみたいだしその賢者じゃないか?」
「会わせてくれ、会って聞きたいことがあるんだ」
世界で最も魔を知る者、賢者。 その知識があれば、俺のシールドしか扱うことの出来ない異常な魔力をどうにかすることが出来るかもしれない。
男は俺の形相に押されてか、ゆっくりと頷いた。




