饅頭怖い②
饅頭は食っても死なない。
エルと二人で自室のベッドに腰掛けてから、その事実を知った。 あれはレイに食い尽くされないように吐いた嘘だったらしい。 エルの策士っぷりに惚れ直してしまう。
それはそれとして、月城がここ最近で作った服は全てエルのサイズに合わせられていたらしく、暇つぶしのために作られた服が全部エルに譲られた。
自室はあまり大きくなく、服の量に押されて手狭になっている。
「木彫りゴブリンにしておけば良かったですね」
帰るなら残る物は迷惑かと思っていたが、引き止めたいという気持ちの現れとして扱うには悪くない物だった。
気分を変えようと、エル用の服を見てみれば、どうやら異世界でエルが来ていた服に近い物が多いらしく、興味が惹かれる。
その衣服に包まれたエルはさぞかわいいことだろう。 思わずエルに着てくれと頼みそうになったが、エルもそんな気分ではないだろう。
口に含めていた空気を吐き出しながら言う。
「行っていい。 今日だけだろ、ゆっくり話せるのは」
その一言を言うのに費やした時間は半時。 自分の器量の狭さに嫌になりながら、精一杯の虚勢を張りながら横を向く。
エルが俺の身体にゆっくりと抱きついて、頰に吐息が掛かる。 エルの尖らせた唇が頰に触れて、ぬるりとした暖かいものが頰を撫でた。
「えっ、えっ……」
「んぅ、いや、つい…………い、行ってきますね! ありがとうございます」
エルは顔を赤くしながら扉を開けて走って行く。
頰を撫でると、エルの唾液で湿っていた。 とりあえず指を口に運び軽く舐める。
あまり気にしたことがなかったが、エルの愛情表現は変わっているな。 嬉しいけど。
今頃、顔を赤くしているのを直しながら月城のところに行っているのだろうか。 少し悔しさを感じてしまうのが情けない。
手持ち無沙汰に負けて、何をしようかを考える。
今は昼時で、やることもなくエルもいないので時間の余裕がある。
少し街に降りれば色々とやれることもあるか。 久しぶりに酒場の主人の顔も見ておきたくなってきた。
その程度では恩返しにもならないが、軽く売上に貢献でもするか。
一応グラウの剣を帯剣してから、金を少しだけ持って出る。
運動がてら走って街に向かい、途中で人にぶつからないように歩きに帰る。
歩く途中に見えた本屋についでに入り込む。 時間潰しに買うのも悪くないかもしれない。
紙とインクの慣れた匂いにちょっとした安心感を覚えながら、一冊の本を手に取る。
「救国の勇者?」
単純な名前ながら、自身とエルの境遇に関係するそのタイトルに惹かれて、表紙を眺める。 触った感じは新しい紙で、インクも古くなったようには見えない。
けれど文体が二昔ほど前の物で、違和感を感じる。
「ああ、それは、最近勇者と付く本が売れやすくてな。 流行っているらしいから取り寄せたんだ。
何しろ勇者を名乗る奴がいるらしくて」
「そうか」
軽く中身を確かめると能力に値しそうな言葉や、異世界の名前らしきものが散発してあり、本物というと少しおかしいが、事実が書かれている可能性が高いように見えた。
新しい魔法理論の本もあって気になるが……俺には無用の長物だろう。 エルにとっても必要のない物であることには違いない。
「ありあーしたー」
二冊の本を持って、店を出る。 無駄使いではない。 最悪でもレイに渡せばある程度は役に立つだろう。
歩きながら読んでいると、後ろから声をかけられる。
「あれ、ルトか?」
聞くだけで不快を感じる声。 顔を顰めながら振り返ると相変わらず不快さが凄い顔が見えた。
「アキレアだ。 三輪」
名前も覚えられない馬鹿を睨み付け、舌打ちを一度する。
「あれ、雨夜はいないのか? フられたのか?」
「何嬉しそうに言ってんだ。 フられる訳がないだろう。
さっきも可愛らしく頰にキスをされたところだ」
「チッ、死ね」
「本音が漏れてるぞ」
よく考えてみれば、お互いにエルの前でしか会ったことがなく、エルの前でもあれだけ険悪な関係ひあったのだから、エルのいない今は分かりやすく嫌いあっても当然か。
「まぁいい。 俺も最近、薬屋の娘といい仲になっていてな。 9歳だけど」
「気持ち悪い」
流石に9歳の子供にそんな目を向けるのはあり得ないだろう。 エルの能力で若返った時も5歳ぐらいになったが、あれは見た目だけで中身はいつものエルなのでセーフだろう。
「妬みか」
「見たこともない子供と仲がいいとかで妬めるかよ。 てか、旅に出るんじゃなかったのか」
「レイに魔法を教わってんだよ。 剣だけじゃ、通用しない敵もいるからな」
剣だけでは通用しない敵。 少し気になるが、剣で斬れないものがあるとも思えない。 どうせ技量の問題だろうと聞き流して踵を返す。
「そうか。 レイには友人ぐらい選べと言いたいが、まぁ、レイの交友関係に文句を付けるつもりはない。
これ以上話していても互いに不快だろう。 じゃあな」
酒場に向かって歩くと、三輪も同じ方向に足を進める。
後ろから声をかけられたのだから、同じ道を歩くのは当然か。
しばらく歩くが、着かず離れず。 歩幅や歩く速さが同じらしく、ほとんど真横を歩いている。
「なんだよ」
「いや、お前がなんだよ。 俺はルーちゃんに会いに行くんだが、なんで着いてくるんだ。
あれか、やっぱり羨ましいのか」
「そんな事があるはずないだろ」
俺は三輪とは違って、子供が好きではない。 エルは見た目と中身が幼いだけで子供ではないので問題はない。
三輪といがみ合っていると高い少女の声が聞こえる。
「ひーくん!」
「ルーちゃん!」
思い切り表情を緩めさせた三輪から目をそらすと、ルーちゃんと呼ばれた少女が目に入った。
幼い容姿から、これが先ほど三輪が言っていた少女であることが分かる。 0.00026エルぐらいの可愛さだろうか。 そこそこ整った容姿をしている。
「あれ、ひーくん、この人は……お友達?」
少女が俺の顔をじっと見てから、逸らす。 少し怖がらせてしまっただろうか。
不安になって少女の表情を伺うが、特に怯えた様子は見られない。
「……まぁ、そんなところだ」
三輪も好いている人物の前では喧嘩している様子を見せたくないのか、やけに俺と距離が近い。
仲良くないと言いたくなるが、幾ら嫌いとは言えど、女の子の前でぐらい見栄を張らせてやってもいいか。
「へー、なんて名前?」
「ルト=エンブルクだったよな」
アキレアだ。 と言い返すのも面倒なので頷くと、少女は驚いたような顔で俺を見る。
「エンブルクって、貴族様の……?」
「まぁ、一応」
少女は数歩後ろに後ずさり、後ろを一瞥してから駆け出した。
「す、すみません、失礼な口を聞いて!」
「お、おい」
引き止めようとしたが、走って追い詰めたら怯えさせてしまうかと思って、空を切って伸ばした手を引っ込める。 怖がられた、そんな事実に表情が歪む。
無性にエルに会いたくなった。
「……悪い。 あと、怒ったりはしていないと伝えておいてくれ」
「いや、ルトが悪い訳じゃない……。
貴族って嫌われてるんだな」
「それなりにな」
三輪は手持ち無沙汰になったから、俺の隣を変わらずに歩く。
「デート……まぁ仕方ないよな」
「知るか」
目的の酒場に入り、見知ったおっさんの顔を見て少し顔を緩ませる。
「いつものをくれ」
一度言ってみたい言葉を吐いてから、カウンターの席に座って息を吐き出した。




