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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第二章:高みへと朽ちゆく刃。
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黒装束の少女

 戦いの最中に心地の良い風が吹き、俺とオークの動きが止まった。


 明らかに場違いな沈黙と静止。


 風が運んできたのは薄い血の匂い。 世界に広がる海に一滴だけ血を垂らしたような、薄い薄すぎて分からないはずの血の匂いが風に運ばれてきて、俺の頰や唇を撫でて流れて行く。


 不思議なことにその血の匂いは、オークや狼の血だらけの死骸が転がるこの空間の血の匂いよりも強く、その薄い血の匂いが鼻の奥に居座る。


 動きを取り戻したオークがこちらにやってくる。


 俺は咥えていた火の魔道具を吐き捨てて前を向く。 鬱屈したこの場の空気が飛んでいったおかげか、身体の筋肉ね緊張が解れて上手く身体が動かせる。


 魔道具により照らす必要もなく、月明かりは充分にオークを地面を俺を照らしていて、俺の眼にはその光の反射がよく見える。


 オークの眼が俺の眼を睨むのがよく分かる。 小さく息を吐き、地を蹴って前へと跳ぶ。

 地を思い切り蹴れば前へと進むが、身体が浮いてもう一度地を蹴ることが出来ない。 故に速度には限界がある。

 地を蹴り前へと跳ぶのと共に、足元にある空中にシールドを展開し、それを蹴ることでもう一度加速。

 シールドが割れる感触に、遅れて割れた軽快な音が耳に入る。


 もう一度シールドを張りそれを蹴りまた加速。


 次の瞬間、俺を睨んでいた瞳に剣が突き刺さりオークの一匹が絶命。

 もう一匹がそれに気がつく前に一閃。 オークの目から血が吹き出て顔に掛かる。


 オークという魔物は力強く堅いが、あまりに遅い。

 ここまで愚鈍も過ぎれば、首を自ら差し出しているのも変わらない。 身体中の血が熱を持ち自らの意思で動いているような熱情は、水浴びの代わりにオークの血などを浴びても冷めはしないだろう。

 戦いに興を持つような生臭い趣味こそないが、これでは興ざめだ。 身体を巡る脈が、このつまらない戦いを終わらせるにはまだまだ慰めが足りないとねだるようだ。


 物足りない。 それは喜びこそすれど、溜息を吐き出すような物ではないと知りつつも、他に相手はいないかと小さく思ってしまう。

 溜息に舌打ちと、一頻りつまらなさに対して表現を行ってから、オークを柔らかい目から剣を突き刺して殺す。


 そういえば、手引きしたものがいるかもしれない……なんてエルが言っていたのを思い出す。


 近くにいる保証はない。 深く考えることもせず周りを見渡せば、光る点が幾つも見える。 エルが護衛を連れてきて戻ってきたらしい。


 人とは戦えないか。 それにあいつらでは面白くもない。 何よりそんなことをしたらエルに嫌われてしまう。


 手引きした者も見えないので、諦めて帰って寝るかとオーク達の目から剣を引き抜く。

 とりあえず、三匹のオークの魔石だけとって、後の処理は護衛に任せてしまうか。 残りの魔物同士で殺しあったオークとアークウルフの魔石は俺が倒した訳でもないので護衛に渡せばいいか。 そう思い先ほど倒したオークの元に戻る。


 魔石を抜き取ろうとオークの胸部に剣を突き刺そうとするが、寸前で気がつく。 胸から血が垂れている。


 この一瞬で誰かが盗んだのか? 誰か……は手引きした者か。


 よく目を澄ませてみれば、機敏に動きまわる影を見つける。


 人間か、魔物か。 魔物が欲しがるとは思えないが、人間がこんなことをするのも不自然だ。

 とりあえず、動きを止めてから観察すればいいか。


 剣を振るえば殺してしまうかもしれないと思い片方の剣を捨てて右手を無手にしてから影を追う。

 俺が近寄っていることに気がついたらしい影は踵を返して逃げるが、俺はそれを追う。


 ほとんど同速で追えば分かったが、影は黒い服を着ていて人間であることが分かる。 黒い服でこの暗さでは見えにくくしているらしい。


 今までで見た何よりも速いが、本気で走れば捕まれないこともないと判断し、速度を一段階上げて距離を詰める。 驚き少し振り向いたところで、もう一歩分だけ速度を上げて、影が何かの反応する前に追いつき首を掴み後ろに放り投げる。

 思ったより、小さくて軽く少し驚く。

 驚きながらも思い切り投げたつもりだが、影は空中で一回転し、地面にぶつかるより前に体勢を整えて着地する。


 無茶苦茶だ。 ダメージを与えて捕まえたのを確信したのに、逃れられたことに驚く。

 もう一度追いかけっこをするのも面倒だが、怪しい奴は今の内に捕まえて置かねば不安が残る。


 地を蹴り影を追う。 再び距離を詰めると、影が地面に何かをばら撒き始めたのでシールドを展開して何かを回避して、新たな道具を取り出そうとしてくる影の首根っこを掴みを捕まえる。


 影が小剣を取り出し俺の手を切ろうとするがそれは左手の剣で弾き飛ばして、弾き飛ばしたのと同時に剣を投げ捨て、空いた手で影手を掴み動きを止めてから、腕を捻りあげてそのまま地面に押し倒す。


「……ス!」


「ん?」


 影の手から火が盛りをあげながら飛び出て俺の手を焼く。 思わず飛び退き、それと同時に黒い影も飛び退く。


「手を……離すッスよ!」


 影から高く幼さの残る少女の声が発せられて、草原に響く。

 追っていたのが少女であることに驚くが、怪しい奴に男も女も大人も子供もないと思い直す。


 黒装束の少女は俺から逃げることは出来ないと判断したのか、二本目の小剣を逆手構える。


 俺は捕まえるために剣を手放してしまったので無手でそれを相手にする必要がある。 小さく、速く、厄介だ。


「だが、悪くない」


 フッ、と小さな息が少女から聞こえたと思えば小剣による刺突が眼前にきている。 シールドを小剣の前に展開し、一瞬で破壊されるが少し速さが鈍り、その一瞬で小剣を握る黒装束の少女の手を上から掴み捻りを入れるが、俺が捻るのと同時に黒装束が捻る方向と同じ方向に身体を回してその勢いのまま身体を浮かせて勢いを付けて拘束から逃げる。


 黒装束が離れたのと同時に前に踏み込み拳を振るう。

 拳が何かに触れた感触がするが、それは明らかに黒装束の身体ではない。

 殴ったのが布であると気がつくが、次の瞬間には視界がその布で覆われたせいで奪われる。


 脱いだ服に勢いよく突っ込んだせいで顔まで覆われてしまったらしい。

 黒装束の匂いなのか甘い匂いがしたかと思えば、次の一息では油の匂いに変わっている。


 火を付けられる、と気がついたのと同時に魔力を感じる方向にシールドを張り、引火を防いでから被さっている布を剥ぎ取る。


 一瞬見えた黒装束を脱いだ少女の姿に蹴りを入れよりとするが、分かりきっていたように少女はしゃがみ込み伸びきった俺の脚を掴む。


 投げられると直感的に思い、手元にシールドを張りそれを押して身体を投げられるだろう方向に動かして少女の予想を超えた動きで投げを無理矢理に回避し、同時に少女の後ろにシールドを張ることで退却を防いでから拳を奮おうとするが、少女の前で火が爆ぜたせいで後ろに飛び退いてしまう。


 黒装束を脱いだ少女の姿を見ると、まだ中に黒い衣服を着込んでいるが、黒装束では覆われていて見えなかった顔や小剣や投げナイフなどの小道具の姿が晒されている。


 黒い髪で勇者かと思ったが、眼は黒ではなく蒼い。 黒い髪は束ねて後ろに流されていて、長い。

 何より目を張るのは少女が携帯している武器や小道具の数と種類だ。 小剣や投げナイフなどの武器から始まりよく分からないものや明らかに一般的でない道具が身体中に装備されている。


「ジロジロ見るなッス!」


 少女はそう言ったのと同時に俺に向かって火の玉を放つ。 ヤケに遅く光量が多い火の玉に目を奪われた一瞬で少女を見逃す。

 これは囮だと気がつき、ギリギリで避けながらも少女の姿を探る。 すぐに見つかったが、何かを投げたような姿勢をして見れば目の前の火の玉に何かが入り……瞬間、火の玉の魔法が爆ぜた。


 火薬。 それが投げ込まれたのに気がついたのは、反射的に飛び退いて避けてからだ。


 当たりこそしなかったが、目の前で爆発した轟音に耳が、光量に目が少しの間奪われる。 魔力を探り少女の場所を確認すれば、後ろにシールドを張り、前に転がり込むと身体中に棘のような何かが刺さる。


 先に地面に設置されていたのか。 避けなければそのまま小剣で刺して、そこたらこの棘が刺さるか。 えげつない戦い方だ。


 目が元に戻るが少女の姿は後ろにはない。 逃げたかと思うが、それは違うらしく遠くからこちらの姿を伺っている。


 追いかけようかと思ったが、また何かあるかもしれないと一瞬戸惑う。 それが失敗だったのか、少女から大量の火の玉が飛んでくる。


 先ほど黒装束越しにではあるが、油を浴びてしまっていて当たれば引火は間違いない。

 シールドを前に張り、一瞬で破壊されるがその一瞬でその場から退避するも、少女もまたその一瞬で動いている。

 飛んできている火の玉の一つが非常に遅く、その火の玉にまた物が投げ込まれる。


 軽く爆ぜたと思えば大量の煙が辺りに撒き散らされて俺の視界を奪う。 風が吹けばなくなるだろうそれも、運良く風が吹くなんて都合のいいことはなくまた少女の姿を見失う。

 風を切る音が聞こえ、しゃがみ込んで風を切って進む何かを回避。 それが飛んできた方向に走る。


 煙の外に出て、少女の姿を捕捉する。予測していたらしく少女が何かを俺に投げ付ける。

 投網。 これで手を出してしまえば少しの間だが捕らわれるだろう。 シールドを前に展開し投網を防ぎ、少女が逃げる方向と同じ方向に跳ぶ。


 その時に足に違和感を覚える。 少し痺れている……?


「漸く、効いてきたッスか? 痺れ薬」


 あの棘に塗られていたのかと気がつくが、今更抜いたところで遅いか。


「終わりッスね」


 少女が自慢気に笑う。 まだ動かないということはなく、このままいけば動けなくなるだけだ。


 身体を脱力してから、本気で地を蹴り一瞬で無から最高速に変わる。 今、少女と俺を阻むものは何もない。

 少女が反応するより前に少女の手を掴み、無理矢理上に放り投げる。

 上に、出来る限り頑丈なシールドを展開し、それに飛び乗ってから空中にいる少女を掴みまた上に放り投げる。 また上にシールドを展開し、それに飛び乗って飛んでいる少女を掴み上に放り投げ、少女が上にいくのが終わり落ちる寸前に少女の下にシールドを展開する。


 俺は痺れながらシールドを張って降りていく。


「びっくりしたッスけど、全然痛くないッス……って、高いッス!」


 魔法が使われれば俺には拘束は難しい。 動けなくするほど痛めつけるのは恐らくエルが嫌がる。


 だから、降りれないほど高くに置かせてもらった。 シールドが少女にも使えるなら、ここから投石でもして乗る前に壊してやればいい。


「ああ、終わりだったな」


 結構遠くまで走ってきたが、少女が火属性の魔法を何度も使っていたので、エル達もこちらには気がついているだろう。

 とりあえず、エルがくるまで何をしていたのかを聞くとするか。

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