血風は獣を誘うか①
「明日、傭兵のクロと共に竜を狩りに行くことにした」
事後承諾ではないが、約束を交わしてから、エルに報告をする。
眠たそうな目を擦っていたエルは驚いた表情をしてから、ベッドから立ち上がった。
「んぅ、仕方ないですね。 明日の準備を……」
「いや、一人で行ってくる。 エルは、休んでいてくれ。
旅や色々なことがあって疲れているだろう」
「疲れてはいますが、行きますよ。 離れたくないですから」
エルはそう言いながら、荷物の用意を始める。 何と言えば伝わるか。 エルを傷つけるようなことは論外としても、頭の悪い俺では上手い言葉が出て来ない。
「……明日戦う竜はな、広範囲に火を吐くんだ」
「それなら、僕の治癒魔法が必要ですよね」
「服が焼ける」
エルの動きが止まる。 少し顔を赤らめて、首を横に振る。
「俺一人なら、全力で動けるから避けるのは楽だ」
「んぅ、それでも……遠くからなら」
「遠くだと俺が守れないだろう。 エルがいない方が上手くいく」
それだけ言った後に椅子に座る。 ほんの少しだけ負の感情の混じった目で見るが、エルは相変わらず可愛らしく愛おしい。
だからこそ、俺だけの物にしたくて、それが出来ないから憎く思ってしまう。
「なんで、そんな約束をしたんですか。
そんなの……僕と一緒にいれない話なら、止めたら良かったじゃないですか」
上手く言いくるめたつもり。 俺がそんなことを出来るほど、エルの頭は悪くなかった。
エルは俺の顔をジッと見つめて、目を潤ませる。
「アキ、さんは……僕のことが……」
その後の言葉が続くことはなく、エルは後ろを向いて布団を被った。
しばらくしてから、エルの啜り泣く声が聞こえ始める。 俺が泣かした、俺がエルを傷つけた。
腹の奥から血が出てきて、窓の外に吐き捨てる。 その場にいることが堪えられず、金と剣だけを持って部屋から出て鍵を閉めて外に出た。
宿から出て一分も経たずにまた血を吐き出す。 考えなしに飛び出してきたが、何をしようか。
少し考えて、酒を飲むことにした。 好き好んで飲んだことはないが、少しの間だけ忘れるには良さそうだ。
少しの時間しか歩いていないのに身体が冷えていて、普段からエルの魔法に、エルに頼り切っていることと、一人でいることが少ないことに気がつく。
考えてみれば、エルと離れて過ごしているときは、エルと一緒にいる時の百分の一よりも少ない。
まるで体の一部が欠損したかのような感覚に陥ってしまう。
酒にかかる金も、明日には使え切れないほど入る。 適当に安酒でも煽ればいいだろう。
客引きの女の横を通り過ぎて、寂れた店に入る。 不味そうな匂いを嗅いで、ロトが好みそうだと思い、酒場の粗野な雰囲気にグラウを思い出す。
不味そうな飯を食っているので、酒だけ飲むことに決めて、店員に一番安い酒を頼む。
愛想の悪い店員に酒を突き出されて、それを受け取って喉に流し込む。
血の味がするのは先程に血を吐き出したからだ。喉が痛むのは質の悪い酒気のせいか、胃が痛むのは、エルを泣かしたからだろう。
二杯目を頼み、すぐに飲み干す。
不快な酔い方をするが、おそらく気のせいだが、気が紛れたような気がする。 そんな気のせいですら今はありがたい。
「そんな飲み方してたら悪酔いするぞ?」
臭い酒気を口から吐き出している中年の男が俺に話しかけてきた。 気を紛らわせるのに話すのは丁度いいかもしれないが、それも億劫だ。
酒を煽って、男の言葉を無視する。
男は何かを見破ったように笑みを浮かべた。
「女か?」
知らない男にさえ見破られるほど、俺は分かりやすいのだろうか。
思わず身体が反応して、それでも無視しようとしたが、男に笑われる。
「図星か。 酒の肴が欲しかったんだ。
少し聞かせろよ」
「……人に聞かせるような話ではない」
それだけ言ってから酒を飲む。 不快も過ぎる。
ひたすら無言で酒を飲み続け、酔いで気分が悪くなった頃に立ち上がる。 会計を済ませて外に出ると、まだまだ暗かった。
酒臭い息で部屋の中に入るのも悪いか、などと自分に言い訳をしてから適当に歩き始める。 度が強い酒だったと思うが、酔うのに時間がかかり腹の中から水音が聞こえて気持ち悪い。
飲み過ぎた。 飲み過ぎる予定だったわけなので、飲み過ぎたわけでもないか。 胃の中で酒気が染みて痛みを感じる。
「俺は何をしているんだろうか」
再三、自分に尋ねてみるが答えはでない。 結局逃げているだけだからだ。 エルの一番ではないということから逃げて、エルを流して。
事実を受け入れて我慢すればいいのに、馬鹿な俺にはそれすら出来ないらしい。
早く割り切らないとならないだろう。
そんな考えをしても、俺の脚は宿に戻る方向には行かずフラフラと横道に入っていく。
エルといるときには入らないような場所は、俺とて慣れていないはずなのにどこかしっくりとくる。
適当に横道を入って抜けてを繰り返していると、客引の女がいるような歓楽街のような場所に入り込む。
何度か声をかけられるが、とりあえず無視して適当に歩き続ける。 エル以外に反応出来るとは思えない、気分転換にもなりはしないだろう。
空の暗さが少しだけマシになり、腹の中にあった水も減ってきた。 酔いも少し覚めてきて、気分がまた落ち込んでくる。
宿に戻ろうかと思ったが、道が分からない。 酔いに任せて適当に動き過ぎたか。
知っている道を、歩きながら探して道を見つけてから宿に戻ったときには、もう空は明るくなっていた。
部屋の前に立つと中から聞こえるエルの啜り泣く声に釣られて泣きそうになる。
溜息を吐き出しながら、部屋の前に立って扉に手を掛ける。 鍵を入れて少し捻れば入ることが出来て、そう大変な作業ではないのに、腕が止まって鍵を開けることすら出来ない。
一念発起して鍵を取り出して、鍵穴に向かって突き刺そうとするが、指が震えて鍵穴に入れることが出来ずに何度もカチカチと音を鳴らして止まる。
怖いのか。 怖いのだろう、エルが。
思えば出会ったときもエルに怯えていた。 怯えられるのが怖くて、エルに怯えていた。
今も変わらず、エルが泣いているのに泣きそうになりながら怯えている。
謝るべきなのは分かっているのに、それも出来ないで扉の前に立膝を付いて座り込む。
もう少ししたら、クロと約束をした時刻になる。 それに安堵してしまう自分があまりにも情けない。
人は弱い。 だから、俺は弱い。
ほんの少しだけエルの声に耳を傾けながら、夜の間に歩き通した脚を休める。
立ち上がり、剣を握る。 最悪の体調と精神状態だが、竜ぐらいなら充分に狩れるだろう。
震える腕で何度か扉を叩き、扉越しにエルに声を掛ける。
「竜を狩りに、行ってくる。 そう時間はかからないと思う。 ……行ってくる」
止めてほしかったのか、それとも一緒にきてほしかったのかは分からないけれど「行ってくる」と何度も言ってから扉を離れた。
エルからの返事はなかった。 ほんの少し、啜り泣く声が小さくなっただけで。
宿の階段を登り、クロとペンギンの泊まっている部屋の扉を叩いた。
「アキレアか、入ってくれ」
腕に震えはなく、簡単に扉は開いた。




