あまりに我儘なことを一つ③
もう会うことになるが、エル以外には緊張した様子もない。 いや、俺は昔にあったことがあるので、エルに変なことを言われないかに不安が残る。
昔の俺は……と思うが、昔に来た時も魔法の本を読んでいただけで、特に変なことはしていないので問題ないだろう。 多分。
そういえば、やんちゃをしていた時代がないな。
「なあアキ、一応聞くんだけど、お前と今から会う奴って、どっちの方が立場的に上なんだ?」
「一応俺だな。 多分」
確信はない。 使用人に扉を開けてもらい、俺を先頭にエル、ロト、リアナの順に入る。
暖かい風が頬を撫でる。 見れば、熱風を起こしているらしい珍しい魔道具が天井に取り付けられていた。
リアナは珍しそうにそれを見てから、小さく口を開く。
「アキ、この小さな爺さんがそれか?」
俺は頷いて、リアナの言う小さな爺さんに声をかける。
「久しぶりだな」
「え……ーっと、そうだね。 ノスト?」
小さな爺さんは俺の顔を見て言うが、それは祖母の名前である。 首を横に振って、改めて名乗る。
「いや、それは祖母だ。 俺はルトだ。 ヴァイスとハクの息子の」
爺さんは頷いて、俺の顔を見る。
「ああ、小さい時に来たことがあるね、覚えてる覚えてる。 俺賢いね」
独特の雰囲気。 向かいの席に腰を下ろして、他の人も座らせる。 エルは少し迷った後、俺の隣に腰掛けた。
「祖母と間違えるって、爺さんボケてるのか?」
ロトが小さな声で俺に尋ねる。 微かに魔力を感じるので、風魔法で爺さんには聞こえないようにしているのだろう。
俺も同じように小声で返す。
「いや、元からこういうもんだったと思う。 かなり長生きだからな、祖母も俺も同じようなものなんだろう」
「祖母と同じって……。 何歳だよこの爺さん。
これが噂に聞くエルフとか言ったら、俺は泣くぞ?」
「エル?」
「いや、エルフ」
案内もしてくれた使用人の女が人数分の茶を……六個の茶を置いて、爺さんの横に座る。
「エルフが、こんなに強い魔力を持っているわけがないだろう。 エルフは長寿で筋力が強いが、魔力は少ないぞ」
「なんかイメージと違うな。
森の中に住んでいて、魔法とか弓が得意で非力って感じかと」
「弓矢は得意らしいが……。 というか、弓が得意で非力ってどういうことだ」
「……どういうことだろうか」
ロトと詰まらない話をしてから、爺さんに向き直って絵本を腹から取り出す。
「これは魔物を引き寄せてしまう道具なんだが、ここで守ってもらえないだろうか?
この国では魔物が発生しなくなっているので、それほど数が来るとは思えないが、結構な魔物が来ると思われる」
「……?」
「あ、私が後で説明するので、何かあるのでしたら、言ってください」
爺さんは理解出来なかったようだが、使用人の女は分かったらしく、その絵本を丁重に預かってくれた。
拒否するということはないのだろうか。 まぁ、拒否するにしても、後で突き返せばいいだけか。
「あと、一応報告だが、こっちのエル……この女の子と結婚した」
「んー? そんな嬢さん、一族にいたっけ?」
結婚と言えば親戚同士。 以前は興味がなかったこともあり、気になったことはないが、改めて外から見てみればロトの言う通り変なものである。
「いや、魔物化こそ少ししているが、血縁者ではない」
「……?」
やはり、ボケているのかもしれない。
面倒に思いながらも、使用人の女に説明していく。 あまり口が上手く回らない俺が説明するため、長い時間がかかったが、なんとか茶冷たくなるよりも前に説明を終える。
「……?」
「あっ、はい。 後で説明しておくので、少し二階の客室で休んでいかれてはいかがでしょうか?」
俺が説明しても爺さんには通じないらしいので、使用人に任せて部屋を出る。
「あれだな。 あれがエンブルクの祖か……」
ロトはしみじみと思いにふけるように言った。 ゆっくりと身体を倒しながら、綺麗に整えられているベッドに倒れ込む。 疲れているわけではないだろうが、ロトは息を吐き出す。
「てか、人間だよな? 何歳?」
「人間……まぁおそらく魔物だが、少なくとも700年前には生きていたと思われる」
「魔物化した人間って、そんな長生きなのか?」
「……それは分からないな。 魔物化って事象も、俺は最近知ったことだしな。
だが、確かあいつは……治癒魔法で治しているから死なないらしい」
「んな無茶な……。 いや、エルちゃんの治癒魔法も似たようなもんか」
身体が細切れになっても即座に治るので、エルもやろうと思えば出来るだろう。
「でも、歳を取ってしまったら、ロリコンのアキさんには……。 あっ、能力があるので大丈夫ですね」
「能力で若返ることが出来て、魔法で不死。 実質不老不死になれるのか。 エルちゃんは」
「んぅ、死ににくさだけなら、アキさんよりも上かもですね」
エルはそう言って笑う。 治癒魔法と膨大な魔力さえあれば基本的に死ななくなるのか。
いずれ、人間の持つ魔力が増えていけば、不死がたくさん出てくるかもしれないな。
「あとあれだな。 エンブルクって、国の建国よりも遥かに前からあったんだな」
「そうだが。 まぁ珍しい話でもないだろう」
リアナは居心地が悪そうに、椅子の上で何度も脚を組みかえる。
「こうも強い魔力が多いと、落ち着かないな」
「まぁ、長居したくはないな。 エルちゃんの魔力は多くてもそんなに怖くないのにな。 性質の問題か?」
「そうだろうな。 エルの魔力は、なんか柔らかくて心地よい」
人間性や見た目だけでなく、魔力も心地良いとは、流石エルである。 褒められたエルはあまり嬉しそうでなく、困ったように笑う。
そんな微妙な空気の中で、ロトが口を開いた。
「小林」
「小林?」
「俺の名前。 もしかしたら、次に会うときは日本になるかもしれないだろ。 まぁ日本になるって言っても……」
ロトは言いにくそうに頬を掻いたあと、エルに声をかける。
「エルちゃんには話しておく必要があるな……。 出来れば、頼みとして聞いておいて欲しいんだけど。
アキとリアナには言えないことだから、出来れば二人で」
「嫌だ」
「だよな。 まぁ、一分程度だから勘弁してくれ」
それぐらいなら、なんとか……。 いや、エルと他の男を二人きりにするのはそれでも嫌だけど。なんとか、我慢をする。
二人が部屋から出て行き、近くで何かを話しているらしい。 胃が痛くなってきた。 吐血しそうだ。
「アキレア、顔色が大変なことになっているが、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。 無理、死ぬ」
胃が千切れそうになっているときに、エルが戻ってきたので抱きしめる。
「んぅ、アキさん……。 まぁ、今回は仕方ないですけど」
「仕方ないのか……。 それでアキ、話の続きなんだが。
もうこの世界で会うことはないかもしれないから、俺のことを話そうと思う」
何故かロトのその言葉と、グラウが死ぬ前に色々と語ったことが被る。
遺言……ではないが、何かを残そうとするような、そんな言葉だ。
「俺はここではない世界で生まれた。 名前は、小林 健。 ……普通な名前でな、もう少しカッコいい名前がいいと思ってたよ。
ああ、こっち風に言うと名前が先だから、健 小林か」
ロトの本名か。あまり興味はない上に、今まで何ヶ月もロトという名前で呼んでいたので、馴染みそうにはない。
「ケン コバヤシ……。 剣壊し、似合っていると思うが」
リアナも知らなかったのか、どこかつまらなさそうな声で返す。
「そうか。 んでな、俺はこの世界に憧れを持っていたんだ。
魔法があって、剣があって」
以前、エルからエル達のいた世界について聞いていた。 随分と豊かそうで憧れていたが、ロトからしたら反対だったらしい。
ロトは自分を自分で笑いながら、頭を掻く。




