寂しい夜の新たな出会い④
エルに甘えるのが癖になりそうなので、甘えすぎないように俺を甘やかす手から逃れてベッドの縁に座る。
「アキさん、これからどうします? その、予定だったらアキさんの親戚の方に絵本を渡して、それからアキさんのお家に戻る予定でしたけど……」
「ペンギン」
このペンギンがいるのが問題か。
月城に頼まれていたことなので見つかって良かったが、問題は恐らくこのペンギンにはこっちでの飼い主もいると思われることだ。
俺は放って月城の元に連れて行っても構わないと思うが、エルはそれは嫌らしい。 つまりは探す必要があるのだが……俺が強く言えばエルも否定はしないだろうが、エルの意見を封じてまで急ぐ必要もないか。 ペンギンには言葉が通じるので、案内してもらえば済む話だ。
「ペンギン、お前の飼い主はどこにいる?」
ペンギンは困ったようにパタパタと動く。
「その、先程聞いてみたんですけど……どうにも分からないみたいで」
「迷子なのか?」
「いえ、そういうわけでもないみたいなんですけど。 ……よく分からないです」
飼い主の場所は分からないのに、迷子ではないか。 このペンギンが見栄を張っているのかもしれないが……。
「お前と最近一緒にいた、友、仲間、付き人……の場所に連れて行ってくれ」
「ペンギン!」
ペンギンは部屋から出ようとし始めたので、代わりに扉を開けて、エルを見る。
「んぅ、あれですね、飼い主さんじゃなかったんですね」
その言葉に頷き、エルが少し乱れていた髪を直し、ペンギンに着いていく。
「それにしても、ペンギンって賢いんだな」
異世界とは不思議なところだ。 普通の生き物が話すことは出来ないものの人語を解して、人と関わることが出来るとは。
「いえ、ペンギンはそんなに賢くは……。 小学校のときに水族館で見たペンギンは普通に動物って感じでしたし。
あれです。 ペン太さんがおかしいです。 ペンギンはペンギンって鳴きませんから」
ペンギンは先へ先へと行くが、足が遅いので急ぐ必要もなくエルとペンギンの間で、エルの準備を待つ。
髪や服を整えたエルと歩き、ペンギンに追いつく。
そしてペンギンが角を曲がり、風を纏って階段を登る。
「えっ、上に行くんですか? そちらは出口では」
それよりも魔法を使いこなしていることは気にならないのか。
まぁ、畜生だけど勇者だから有り得ないわけではないか。
ペンギンは近くの部屋の戸を叩く。
「ペンギン、ペンギン」
「えっ、ここなんですか。 まだ心の準備が……」
エルを庇うために前に出て、部屋の人物が出て来るのを待つ。
「シュバルツ、戻ってきたのか。 ……お前らは?」
出てきたのは、若者と呼ぶべきか迷うような男。 俺より10歳ほど歳上だろうか。
落ち着いた雰囲気に違和感のない動作、何よりも染み付いた血の匂いは武芸者であることを示していた。
長く伸ばされて後ろのリボンで纏められた青黒い髪色と黒い目は少し勇者と似ている。
訛りが大きくあり、妙な服装や髪型からこの近辺の物でないことが分かった。
「このペンギンの……元の飼い主の、知り合いだ」
男は少し驚いたような表情をするが、それもどこか嘘っぽい。
俺の言葉を聞いて、目線が少し動いて部屋の中にある何かを見て、一歩後ろに下がってから答える。
「そうか。 ……それで、どちらが勇者だ?」
その言葉に少しの違和を感じるが、ペンギンを見て納得する。 こいつは勇者の存在を知っていても、特徴は知らないのか。
エルを見ると、少し怯えていたので俺が答える。
「こっちの子供が勇者だ」
「……この子供がか。 得体のしれない動物に、弱そうな子供。
まぁいい。 話があるなら、中に入るか。 茶ぐらいは出す」
中に入る。 俺たちの泊まっていた部屋と大きな差はないが、壁に立てかけられている細身の剣と大弓に目が引かれる。 随分と大きな弓だが、あれは引けるのだろうか。
男の警戒は俺を中心に行われていて、少し居心地が悪いが勧められたままに椅子に座る。
「少し待っていろ」
エルに手を掴まれて、その手を撫でてエルを落ち着かせる。 男が苦手で気が弱い上に、武芸者を思わせる男だ。 この緊張も仕方ないものだと言えるだろう。
俺も少し警戒をして男を見る。 茶に妙な物を混ぜられてもエルがいるので問題はないが、どれほど信頼が出来るのかが不明だ。
妙な様子を見せられることなく、妙な匂いがする茶を出される。
「こことは違う国の茶だ。 口に合うかは知らない」
「あ、ありがとう、ございます」
暖かい茶は慣れない味だが不味くはなか、少し冷える身体に心地よくもある。
男はそれに大量の蜜を入れて、軽くかき混ぜながら飲み始めた。
エルがほんの少し羨ましそうに見ながら、茶に口を付ける。
「シュバルツとは違う、他の勇者か。
俺も興味があったので都合がいいな」
思えば、この男は人付きの勇者であるペンギンの付き人か。 何を得意としているどういった人物なのかは分からないが、その事実と振る舞いがある程度の実力を保証しているように見える。
「そうか。 なら話が早いな。
こっちの勇者はエル、俺の妻だ。 俺はアキレア、腕には覚えがある」
「アキレアにエルか。
俺はコクロノ=デルグリノル=ライノグ。 旅の傭兵をしている。 ……まぁ、適当にクロとでも呼べ。
こいつはシュバルツ……お前たちの方が知っていそうだが、勇者だ」
クロと名乗った男は手を伸ばして握手を求めてきたので、エルの代わりにそれを握る。
すぐに離して、もう一度茶に口を付けた。
「それで、聞きたいことはなんだ?」
「俺から聞いてもいいのか。 まず聞きたいんだが、勇者の付き人にされたが、具体的に何をすればいいのかが不明だ。
その神から話を聞いているはずのシュバルツは……まぁ、意味不明な鳴き声しか言わない」
「ペンギン」
ペンギンなのは知っている。
「まぁいいか。 俺の知っている範囲だと、勇者の目的は魔王を倒すこと……ではあるが、それほど躍起になっているやつは少ないな。
当然のことだが、個人個人の思いによりやることは変わっている」
「魔王……。 どんな奴なんだ」
「分からない」
「勇者は何処からきた」
「こことは違う世界。 おそらく常道ではどうやっても辿り着けない場所にあると思われる」
「最近の世界の異変は」
「おそらく魔王のせいだと考えられる」
「その根拠は」
「魔王の復活と共に魔物が急激に活性化した。 あと……」
俺が魔王に命令された。 というのは伏せておくべきか。 言うのならば、俺が魔物であることも同時に言うことになる。
ロクに知りもしないものに言えるほどに軽い事柄ではない。
「いるかどうかも、確かではないのか」
「……まぁ、そうだな」
とりあえず、今は頷いておこう。
茶を冷ましながら飲む。
「このシュバルツが、異常な知能と、理外の力を持つのは勇者だからか?」
「知能は分からない。 理外の力は……一応、勇者が神から渡された力だ」
やはり、ペンギンにもあるのか、能力が。
ペンギンにもあるのに俺にはないことを思うと表情を歪めてしまう。 ペンギンに負けるのはなんとなく不快だ。
「……やはり、普通の生物ではないか」
クロは溜息を吐いて、長い髪の毛を掻く。
「まぁ、だいたい分かった。
最後に聞くが、行動を縛られる必要はないんだな」
その言葉に頷く。 俺が知っている中で最も魔王退治の使命に従っているのはロトだ。
エルも一時期は頑張って取り組んでいたが、最近はほとんどやる気がない。 俺を甘やかせることにばかり情熱をかけている。
「そうだな。 それで俺の話なんだか。
このペンギン、貰い受けていいか?」
クロは俺の表情を観察するように目を細めて、俺を見る。




