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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第九章:生きていくのに必要なもの
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寂しい夜の新たな出会い②

 小さく身体を震わせてクシャミが出る。 あんなところで寝ていたせいだろうか。


「大丈夫ですか? 治癒魔法をかけるので……」


「いや、いい」


 エルのせっかくの申し出だが、首を振って断った。 頭が痛く、身体も異常な感覚をしていて非常に不快だが、今はそちらの方が都合が良かった。 あまり、何も考えなくて済む。

 俺という魔物は強くとも、俺という人は弱いらしい。 あまり大勢といたい気分ではない。 鎖から抜け出して、エルの身体を抱き締める。 恥ずかしがってエルに離されて、エルはペンギンという生物を見た。


「えと……ペン太さん。 僕の言葉は分かっていますか?

分かっていたら、右手を上げてください。 分からなかったら左手で」


 ペンギンは左の腕を上げる。


「右は箸を持つ方で、左はお茶碗を持つ方だ」


「ペンギン」


 ペンギンは右の腕を自慢げに上げる。 本当に意味が分かっているのだろうか。

 怠い身体を引きずって、エルの横を通り過ぎる。


「少し、風呂に浸かってくる。 後で縛られるから、今は悪いな」


 身体を拭くための布とかもないが、面倒だ。

 昨日は入らなかったが、確かこの宿には風呂があったはずだ。 俺とエルは入らなかったが、他の奴等は入っていた。 俺も入っていた方が良かったかもしれない。


 脱衣所で服を脱ぐと、真っ赤に爛れていて、感覚も薄いが随分と酷いことになっている。 風呂に浸かれば沁みそうだが、まぁどうでもいいことだろう。


 少し広い浴場に入って、掛け湯をして身体を軽く洗う。 エルの浄化をされたばかりで、そんなことに意味がないことに気がつき、誰もいない風呂に浸かる。

 妙な色に濁っている湯から嗅ぎ慣れない匂いを感じ、冷えた身体に熱い湯のせいで身体が茹でられるような痛みを覚える。 ゆっくりと肩まで浸かると、嫌な息が漏れ出た。


 傷や疲れを癒す湯と聞いていたが、反対に凍傷の怪我が悪化しそうだ。


 ゆっくりと湯に茹でられていれば、いくら痛くとも余裕が出てきてしまうのは仕方のないことなのか。 エルを好いていることを自覚してからのこと、用事も理由もなくエルを避けたことが初めてで、自身の変化に顔を歪める。


 好きなのは、変わらない。 エルへの好意は今でも増し続けているが、それでも一人になりたかった。 おそらく、人というのはこういうことなのだろう。


 グラウは死んだ。 空を見上げればグラウの顔が見えるかと思ったが、見えるのはシミのついた天井だけだ。

 グラウからは色々なものをもらった。 無償の愛情、強い剣技、酒の飲み方、人としての心、生き方、数えられないほど沢山あって、いくら感謝をしたところで足りはしない。 感謝したところで届くことはないだろう。


「ありがとう、グラウ」


 風呂場の壁に反射されて篭った声が響いた。 グラウは死んだ。 もうそこにはいないはずなのに、頭を撫でられたような感覚がした。


 何も考えずに浸かっていると、ペタペタ、と脱衣所から小さな足音が聞こえる。 控えめに扉が少しだけ開かれて、湯気の向こうに小さな影が見える。

 ここに入ってきて大丈夫なのかと思ったが、わざわざ連れ出す気にもなれずに、見つめる。 ぺたりぺたりと俺に近寄って、その小さな身体で俺の腕を触れた。


「ペンギン」


 そのままペンギンは濁った風呂に浸かる。


「掛け湯ぐらいしろよ」


 いや、動物に言っても無駄か。


「風呂で泳ぐな。 ……速いな」


 ペンギンはヨチヨチと歩く間抜けな生き物かと思っていたが、なかなかどうして……すごく速い。

 もしかしたら、陸の生き物ではなく、湖、川や海にいるものなのかもしれない。 そんなどうでもいいことを考えていると、少しだけグラウを忘れられる気がする。 いや、忘れるのは無理だな。 その死を飲み込める気が出来るんだ。


 悲しいことは確かに悲しいが、グラウは満足していた。 おそらく、死はグラウの幸福であった。 それを思えば、悪いことではないはずだ。 ただ俺が寂しがっているだけで。

 俺が手を下した癖に、偉そうに寂しがっている。


 理屈では分かっていても、それを元に感情を制御する術はなかった。


「ペンギン」


「……ああ。 熱いのか?」


 取り付けてある魔道具で大きめの桶に水を入れてやろうかと思ったが、手に取ったところで使えないことを思い出した。


「ペンギン」


 ペンギンが魔道具を指して言うので、ペンギンに渡す。 ペンギンは魔力を流し込み、桶に水を溜めて中に入り込んだ。


「俺はペンギン以下なのか」


 ロトの言っていた気持ちが分かったような気がする。 この変な生物に敗北してるのは、精神的に何か来るものがある。


 風呂に浸かっていた手を出す。

 ペンギンではないが、少し熱くなってきた。


「おー、アキ。 ペンギンもいるな」


 ロトが堂々と歩きながら、温泉の中に入ってきた。

 一人で湯に浸かりながらゆっくりしたい気分だったが、ペンギンが入ってきて、もう騒がしくなっている。 気にしないようにしながら、息を吐き出す。


 ロトは掛け湯をして、身体を洗い始める。


「エルちゃんもアキと一緒にいれないから、温泉に入ってるらしい。 リアナはまた稽古してる」


「そうか……」


 気の無い返事をして、軽くお湯を掬う。

 ロトは湯船から桶で大きく水を取って、指を鳴らして魔法を発動させた。


「ルフト」


 温泉の湯を入れた湯船がぽこぽこと蒸発しだし、その桶をペンギンに差し出した。


「ペン太もせっかくなら温泉に浸かれよ。 冷ましといたから」


「ペンギン」


 ペンギンは喜んでロトの冷ました桶の中に飛び込んだ。

 ロトはゆっくりと俺とは少し離れて湯船の中に入って、息を吐き出す。


「うあー。 ……アキさ、ここだけの話。 エルちゃんとどこまで行ったんだ?」


「それは、前も言ったが、国の端から端まで巡った」


「いや、そうじゃなくて男女的な意味で」


 男女的な意味。 キスとか、そういうことだろうか。

 それは、おそらくやれることはしたが、夫婦ならば大しておかしなことでもないか。


「一通りは」


「マジで? あんな小さな子に出来るのか?」


「……なんとなく、不快なんだが」


「あ、悪い悪い。 ……俺さ、リアナとかケトとか、女の子と旅してるだろ?」


 女の子と呼ぶには歳を取りすぎているが、話の腰を折る必要もないので黙って聞く。


「なんでエロい展開ないんだ?」


「知るか」


「いや、添い寝とかはあるけど、色気はないというか。

普通さ、男女混合で旅とかしてたら、恋人とかになるのがテンプレなんじゃないのか?」


 ロトは溜息を吐き出す。 俺はその様子を見て、不自然に感じたので尋ねる。


「ロトは、リアナのことを異性として好いているのか?」


「いや、別に。 おっぱいはいいと思う」


「なら、それだからだろう」


「……なるほど、そりゃそうだ」


 息を吐き出して目を閉じる。 痛みも薄れてきたような気がするが、湯の効能ではなく感覚が麻痺してきただけだろう。


「アキ。 さっき、エルちゃん悲しそうにしてたぞ」


「……そうか」


 初めて冷たく接してしまった。 鎖まで抜け出してだ。 風呂から出たら普段より優しくしてやろう。


「何かあったのか?」


 グラウが死んだ。 とは言うことが出来ずに黙っていると、ロトは小さな声で呟く。


「死んだのか。 グラウ。

それなら、俺も祈りたいんだから、教えとけよ」


 何故かバレて、それほどおかしな表情をしていたのだろつか。


「……なんで分かった」


「一昨日が一昨日だったからな。 それに、二人が消えて、一人が死にそうな顔で戻ってきたら、何か関係しているのは分かりやすいだろ」


「それもそうだな」


 ロトはこの国の宗教ではない祈りを捧げる。 ああ、嘘を吐くべきではなかったのか。


「いいおっさんだったな」


「ああ」


 尊敬している。 俺はグラウのことを尊敬していて、その姿を思い出すと涙が出てきそうになってしまう。


「別に、泣いてもいいと思うぞ」


「泣かねえよ。 グラウは喜びながら死んだ。

きっとグラウの死は幸福だったから、だから泣く必要はなかった」


 息を吐き出す。 俺は間抜けだ。

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