ハロウィン番外編
ハロウィン番外編をまとめました。
仕様がよく分からなかったため、次話投稿として再掲載します。 無駄に更新チェックの通知を来させて申し訳ありません。
ハロウィンである。 番外編である。 本編とは何の関わりもない無茶苦茶な世界観である。
よく分からないことを思考し、ハロウィンという日を楽しもうと決意をする。
「お母さん、お菓子貰ってきますねー」
「樹も、もう子供じゃないのに……」
呆れたようなお母さんの声が、徐々に近づいてくる。 おそらく玄関まで見送りをしようとするつもりなのだろうが、それは困る。 ひどく困る。
お母さんに今の姿を見られないように家の短な廊下を掛けて、靴を半端に履いて家から飛び出た。
セーフ! 多分お母さんに見られずに済んだ。
自分の姿を改めて見ると、お母さんに見られては困る要素のオンパレードである。
まず、ハロウィンの仮装は、お母さんには秘密にしている恋人のアキさんが好きそうな魔女っ娘である。
この時点でお母さんが見たら大変なことになる「樹が女装趣味に目覚めたァ!?」と至極ひどいことを言いながら「お母さんは樹の趣味、変だと思わないからね」と謎に慰められるであろう。
それなのに普段から女子制服を着ているのはスルーなのだから、なんとも都合のいい頭をしている。 僕にとっても都合がいいけど。
その魔女の衣装も、ドレス染みたフリフリとした装飾が多く施されているもので凄く可愛らしい仕上がりだ。 スカートの丈も短く、ふとももが少し露出されている。
中にズボンを履いているとは言えど、これほど脚を出すのは不慣れで、ちょっと、いや、かなり恥ずかしいけれど……アキさんが喜んでくれると思えば悪くないものである。
魔女っぽい帽子の中は、見えないことをいいことに、長くない髪を括って精一杯のオシャレをして、手には手作りのカボチャのお菓子だ。 僕の女子力が高すぎてお母さんに見せたら大変なことになる。
軽い足取りで、まずは友人の月城さんの家に向かう。 ちなみにこの可愛らしい衣装を作ってくれたのも月城さんである。
少し大きな一軒家に着いて、月城という表札を確認してからインターホンを鳴らす。
扉が開いたのを見て、あの魔法の言葉を発する。
「トリッ……あ」
月城さんのお母さんらしき人だった。
「あら、可愛らしい。 お菓子、おせんべいでいいかな?」
少し品の良さを感じさせる立ち振る舞いに少しビビり、頭を下げる。
「すみません、あの、月城さん……いえ、瑞希さんいますか? 遊ぶ約束をしていたので、呼びに来たのですが……その、あの」
「分かった。 ちょっと待っててね」
緊張で上手く話せなかったが、月城さんのお母さんは気にした様子もなくお家の中に入っていく。 僕のお母さんなら絶対大声で僕を呼ぶのに……お上品である。
なんとなくいい匂いがする家を前に、ちょっとした肌寒さを感じて、学校でもないのにスカートを履いている事実を思い知らされるような気がする。 頬に血が上っているのが感じてしまい、それが余計に羞恥を煽ってしまう。
「樹たんお待たせー。 あっ、着てくれたんだ。 恥ずかしがって着てくれないかもって思ってた」
「あ……まぁ、その、せっかく作っていただいたものですから。 丈はその……恥ずかしいですけど」
「よし、次はほとんど裸の格好を」
「それは着ません。 よし、では、トリックオアトリート、です」
手を前に出すが、月城さんは少し戸惑ったような表情をする。
「あっ、そういえばそういう行事だったね……。コスプレを楽しむ行事になってた。 着替えてくるからちょっと待っててね」
「そうですか……。 あっ、僕から月城さんにお菓子です」
手元の鞄からクッキーを取り出して月城さんに手渡す。
「手作りお菓子とは……やるね樹たんよ」
「衣装を手作りする月城さんに言われたくないです」
「えへへ、じゃあ早速……」
月城さんが小さな小袋からクッキーを取り出して、口に放り込む。 数度咀嚼して月城さんが表情を歪める。
「うん。 うん。 非常に微妙な味がする……。 お菓子作るのは苦手なのね」
「いえ……さっきのトリックオアトリートの悪戯ですよ。 悪戯の方は南瓜ではなく西瓜のお菓子にしてみました」
「ああ、そういうことか。 悪戯がショボすぎて……」
「まぁ、月城さんにはそんなに酷いことは出来ませんから。
アキさん用にはこれです」
僕は鞄から一味唐辛子を取り出した。
「掛けるの?」
「いえ、お菓子と言って渡してみます」
「パッケージに一味唐辛子って書いてあるんだけど」
「お菓子といって押し通してみせます」
「アキくんならそれで騙されそうだから怖いよ」
月城さんは二つ目のクッキーを口に放り込んで、家の中に入っていく。 着替えるのだろう。
何のコスプレ、もとい、何の仮装だろうか。 やはりナースさんとか、狼とかで狼耳と狼尻尾などもいいかな。 敢えてセクシーなミイラとかも悪くないかもしれない。
胸を高鳴らせて待っていると、月城さんの声が聞こえた。
「樹たん、お待たせー」
ロボが出てきた。 ロボットである。 ロボットなのだった。
僕の服に比べて、やけにチープさがあるというか、ところどころから中の服が見えている。
「トリックオアトリート……ってもうお菓子もらったね。
なんか味気ないし、行く途中のコンビニでお菓子買うから悪戯させて?」
「嫌です。 お菓子に釣られるような年ではないです」
そう話をしていると、月城さんの後ろから白い影が見える。 子犬か何かかと思って見てみると、どうにも白い袋を被っている何かである。
「ペンギン」
ペンギンだった。 本人が言うのだから間違いはないだろう。
「ペン太さん……ペン太さんも行くんですか? ハロウィンパーリィ」
「ペン、ペン、ペンギン」
なるほど、分からない。
「連れていくつもりだよ。 ちなみにお化けの仮装ね。
……ロボのコスプレ中だから、樹たん持ってくれない? ペン太、道路を歩かせると怪我するし」
「ああ、任せておいてください。 では、ペン太さん、失礼していいですか?」
「ペンギン」
「ペンギンなのは知ってます」
「ペンギン」
「いいって」
白い袋を被って幽霊のコスプレをしているペン太さんを持ち上げて、月城さんと一緒に次の目的地を目指す。
次は僕の恋人であるアキさんのお宅である。 とは言っても、アキさんはこの時間は剣道の道場で練習をしているので、まだ会うことは出来ないけど。
アキさんの弟さんのレイさんと、その家庭教師のお姉さんであるケトさんを呼びに行くのだ。
「月城さん、家庭教師のお姉さんってちょっとえっちな響きですよね」
「えっ?」
「なんでもないです」
やっぱりえっちな授業とかあるのかな。 家庭教師、なんかえっちだ。 なんとなくレイさんとケトさんの顔が見れなくなりそうである。
しばらくロボとお化けと一緒に歩くと、大きな庭もある豪邸が見えてきた。
「樹たん。 実はこのロボ、変形の機能があるんだ」
「あっ、はい」
「見る?」
「見ません。 ……インターホン鳴らすの、月城さんがやってくれません?
アキさんのお父さんが出たら……気まずいので」
アキさんのお父さんはニー……ではなく、不動産を運営しているらしい。 とは言っても不動産屋さん任せで、何もしていないらしいけど。
月城さんがインターホンを鳴らそうとするが、ロボのゴツゴツとした手ではボタンに触れることができずに、インターホンを叩くだけとなる。
「樹たん、ファイト!」
「うぅ……緊張します。 押すのは僕がしますから、受け答えは月城さんにお願い出来ませんか?」
「そんなので将来大丈夫なの?」
将来……将来。 アキさんのお嫁さん……。 やるしか……ない。
まだ高校生だけれど、アキさんも来年で結婚出来る年齢になることだし、今の内に仲良く出来た方がいいだろう。
でも、息子のアキさんも仲良く出来ないような気難しい人だからな……。
女は度胸である。 指を伸ばして、押しにくい位置にあるインターホンを鳴らす。
「あっ、えと、あの……」
何と言えばいいのか迷っていると、聞きなれた声が聞こえてきた。
『あっ、樹さんですか? 今、ケトさんと出ますね』
一緒にいたらしく、ゴソゴソと衣擦れの音が聞こえる。 もしや、一緒に着替えているのだろうか……。 いや、それは流石にないと思う。 一応、レイさんも14歳の男の子であるのだし。
暫くすると、日本人離れした……というか日本人ではないのだから当たり前なんだけど、そんな金髪と紅い目をしたレイさんが普段着にマントを羽織りながらやってきた。
ケトさんは茶色い髪の上に同じく茶色い耳と、お尻のところにふわふわの尻尾を付けた格好だ。 大人っぽいイメージだったのに、思いの他、可愛らしい服装で頰が緩む。
それにしても、二人ともほぼ普段着である。
「お久しぶりです。 雨夜さん、月城さん」
レイさんが僕たち二人の名前を呼び挨拶をして、後ろにいたケトさんがぺこりと頭を下げた。
「魔女と……なんの仮装ですか?」
「ロボット、あとペン太はお化けだよ」
「ペンギン!」
「二人のコスプレは何かって聞いてるよ」
何故月城さんはペンギンの言葉が分かるのだろうか。 いや、どう聞いてもペンギンの鳴き声ではないけど。
「僕は吸血鬼です。 ハマり役でしょう?」
言われてみれば、紅い目に金色の髪、それにアキさんの弟らしい線が細い容姿はそれのように見える。 気合いの入った仮装をしている人よりもクオリティはずっと高そうだ。
「でも、お似合いですとは言いにくい感じです……。 普段と殆んど一緒ですし」
「そうですね。 まぁいいんじゃないですか? ケトさんもこれですし、何故か狸」
「他の物に比べて格段に安かったので……タヌタヌ」
狸の語尾はタヌタヌではない気がする。 なんて鳴くのか知らないので黙っておくが。
「そうですか……。 僕だけ本気っぽくて恥ずかしいです。 では、お約束ということで、トリックオアトリート」
ケトさんはしっかりものなので美味しいお菓子を期待して手を伸ばすが、二人は顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。
「何ですか? それ」
「え、ハロウィンのメインイベントですよ。 日本語訳すると、お菓子か悪戯かって意味で、お菓子をくれないと悪戯をするぞ、という簡易的な強盗ですよ」
「樹たんの説明が酷い。 というか、あれ強盗だったんだ……。 あと、二人にはコスプレ大会としか説明してなかったや、てへへ」
「勉強不足で申し訳ないです。 えと……お菓子を持ってない場合、僕が悪戯されるんですか? ……兄さんに殺されてしまいそうなんですけど」
レイくんが思春期爆発である。 兄弟揃ってえっちなことばかり考えているのだから。 溜息を吐いて、袋からクッキーの袋を二つ取り出す。
「これ、僕からのお菓子です」
「ありがとうございます。 クッキーですか?」
「あっ、ありがとうございます。 お腹減っていたんでいただきますね。 ケトさんのもいただいていいですか?」
「レイくん、さらっと人のを奪おうとするのは止めた方がいいよ、パーティでご飯とかお菓子も出すから、一つで我慢しなさい」
「おなか減ってるのに……じゃあ、一口」
レイくんがクッキーを齧り、微妙な表情をする。
「これ、その……ロトさんなら喜びそうな味ですね」
味が微妙すぎて悪戯と気がつかれない……。
ロトさんというのは、アキさんの一個したのアキさんのお友達である。 ちなみに普通の日本人で、僕がアキさんとやっているネトゲーでのアカウント名がロトさんなのでロトさんと呼んでいる。 本名は小林さんだったと思う。 間違ってたら失礼なのでロトさんで通しているけど。
ちなみにアキさんもネトゲーでの名前で、本名はルトさんだ。 日本贔屓のオタクで、アキレアが本名と言い張っているので、みんなで合わせている。
「いえ、ちょっとした悪戯ですよ。 それは南瓜味に見せかけた胡瓜味ですね。
ケトさんに渡したのは、カボス味です。 名前が似てたので。 意外といけましたけど」
「エルたんの悪戯のレベル、アキくんだけ高すぎない?」
「……僕はちゃんと説明していますから、アキさんはきっと用意してくれているので、これでいいんです」
「そうかなぁ? 今日パーティすることも忘れてそう」
「昨日、夜に電話した時にすごく喜んでいたのでそれはないです」
「さらっと惚気るね。 じゃあ、ちゃんとコスプレしてくれるのかな?」
アキさんのコスプレか……アキさんのことだから、市販の物で済ませると思われるので、そう奇抜な物はないだろう。
格好いいのだったらどうしよう。 あっ、カメラ携帯のしかない。 どうしよう……写真撮ることを忘れてた……壁に飾る写真を増やそうと思っていたのに。
そう思っていると、レイさんが月城さんの肩を叩く。
「月城さん、月城さん、トリートオアトリート!」
すごくいい笑顔である。 とりあえず月城さんの代わりに南瓜のクッキーを渡しておいた。
「あ、これは美味しいですね!」
ありがとうございます。
アキさん宅から出て、次こそアキさん……と行きたいところだけれど、道順的にはロトさんのところが次である。
奇抜な格好をしていることは容易に想像できるので、少し楽しみだ。
やはり、ロトさんのことだし、ジェイソンとかだろうか? チェンソーを持ってマスクをしている姿を想像して、話しかけるのに心の用意が必要になりそうだ。
「それにしても、樹たんや」
「どうかしたんですか? 月城さん」
「いや、大したことないんだけどね。 敬語キャラが三人揃っていると。誰が誰の言葉か分かりにくいと思ってね」
「ペンギン」
「あっ、ごめん。四人だね」
ペンギンは敬語だった。
「普通に声で分かりませんか? 訛りにも差がありますし」
「まぁ、そうだね。 それにしても、なんか友達から敬語って少し距離感を感じる……。 いや、みんな癖なのは分かってるんだけど」
「友達……」
月城さんから友達と認められて、少し、いやかなり嬉しい。 ロトさんの家に着くまでの間、終始ニヤニヤと笑ってしまった。
呼び鈴を鳴らすとぱたぱた、と軽い足音が聞こえて、鈴が鳴るような綺麗な高い声が聞こえる。
「エルちゃん! アキくん! 久しぶりだね!」
「お久しぶりです。 りーちゃん」
りーちゃん、なんとなく会えた喜びで泣きそうになるが、実際は一週間ほど前に一緒に遊んだのだった。 アキさんとのデートを断って、りーちゃんと色々なところを回って遊んでいたせいでアキさんが拗ねたのは記憶に新しい。
小学生4年生の女の子ということもあり、僕と同じくらいの背丈(決して僕より高いとは認めない)であり、僕とは違ってリアルロリのため、ロリコンのアキさんを奪われないように警戒をする。
確かに友達ではあるけど、それはそれで、これはこれである。
りーちゃんもアキさんのことを好きだと言っているので、どうしても警戒してしまうのは仕方ないだろう。 僕も好きだと言われているので、おそらくはお友達的な好きとかだと思われるけど……アキさんはロリコンだし。
りーちゃんと姿を見て、頬を緩めているアキさんを少し睨む。
「えへへー、エルちゃんも仮装してきたんだね、かわいい。 アキくんはしないの?」
アキさんは首を横に振る。
「いや、するが。 月城に頼まれているからな」
「そういえば、服はあるんですか? ……今から森に行って、熊を飼って毛皮を剥ぐとか言わないですよね?」
「日が暮れるだろ。 月城が持ってきてくれている」
ツッコミがおかしい。
「んぅ、とりあえず行こうよ」
よく考えたら、どうやって月城さんと連絡を取っているのだろうか……もしかして、アキさんと月城さん、携帯の番号を交換している……?
こう、二人が悪いという訳ではないけれど、なんとなくもやもやする。 独占したがるのは悪い癖であることは分かっていても、こう、携帯の中身を確認したくなるのだ。
そんな後ろめたい思いを持ちながら、りーちゃんに連れられてひとつの扉の前に辿り着く。 ロトさんとグラウさんの騒ぎ声が聞こえてくる。
「……盛り上がってますね」
「盛り上がっているな」
「盛り上がってるね!」
幾ら仲の良い知り合いばかりと言えども、こちとら少し前までは三輪さん以外に話しかけられることが殆んどないほぼぼっちだった存在である。 なんとなく入りにくさを感じていると、何の戸惑いもなく二人が中に入っていく。
同じく元ぼっち癖に、メンタルが強い……。
「あっ、迷子のアキくん。 大丈夫だったんだね。 目が赤くなってるけど」
「目が赤いのは昔からだ。 それより、仮装の衣装はあるのか?」
知り合いのみんなの仮装をキョロキョロと見ていると、月城さんのロボットのお腹が……開いた。
ガコン、ガコンと変形を繰り返し、中から箱が取り出される。
「はい、これ着てね」
「ああ」
「えっ、今のスルーなんですか?」
仕組みがものすごく気になる。 月城さんはまたガコンガコンと変形させて元の姿に戻った。 ……そんな仕掛けを作らずに鞄を背負えばいいのに。
アキさんがりーちゃんに連れられて着替えに行く。 それに着いて行こうとすると、月城さんに止められる。
「覗きは駄目だよ」
「覗きませんから。 んぅ、それで月城さん。 ハロウィンパーリィって、何をするんですか?」
ハロウィンについての知識はトリックオアトリートと、仮装することぐらいしか知らない。 変な格好をしてお喋りするだけでも楽しいかもしれないけど、こう、なんというか盛り上がりに欠ける。
「そりゃ、あれだよあれ。プレゼント交換?」
「クリスマスです」
「お年玉」
「お正月です。 グラウさんの負担が大きすぎます」
「文句多いなあ。
まあ、そういうパーリィの進行とか、そこらへんはロトくんがなんとかするでしょ」
月城さんが、馬鹿騒ぎしている方を向いて言った。
僕も同じようにそちらを向くと、ロボットと吸血鬼がいた。
「まさか、ネタが被るとは思わなかったよ。収納機能がある分こっちの勝利だけどね」
「あ、はい。 そうですね」
月城さんと話していると、りーちゃんとアキさんの二人が戻ってきた。 ……りーちゃんがミイラで、アキさんが……狼の被り物である。
着替に行く必要なかったね。
あと、りーちゃんのかわいいご尊顔を見ることが出来なくなって残念だ。
ロ(ボッ)トさんが、僕たちの方に手招きをしたんで近寄る。
「うぇーい」
「うぇーい、です」
挨拶を交わし、ロトくんの隣にアキさんが座る。
「……呼ばれたから来たが、何をしたらいいのか分からない」
「ハロウィンと言ったらあれだよ、早速始めるから、みんな集まれ」
フランケンシュタインの格好をしたリアナさんがみんなを呼びかけて部屋の中心に集める。 鞄は邪魔になりそうだったので、机の上に置いておく。
「では、これより……ハロウィンということで、料理バトルを開催いたします!」
何故だ。
「いえーい! よっ、日本一!」
なんで月城さんは着いていけるんだ。
「正解!
んじゃ、早速チームを分けよう。 一人一人の料理の腕をイメージでパワーバランスを考えて……よし、決めた」
「ロトさんが決めるんですか」
「第一チーム、アキ、三輪パイセン、月城のチームロリコン! おそらく月城のワンマンチームになるが、勝負は一人の力だけでは分からないぞ!」
アキさんと三輪さんの二人がチーム名に不満を言うが、受け入れられることはない。
「第二チーム、レイ、リアナ、ケトのチーム噛ませ犬! 日本の食材や調理器具が分かっていないぞ! やったね!」
無駄に張り切っているレイさんとリアナさんを見ると、大惨事しか目に浮かぶことはない。 なんか大変なことになりそうである。
「第三チーム、エルちゃん、リクシちゃん、グラウ、よく分からんペンギン! チームマスコット! 可愛いキャラを集めてみました!」
一人タバコを吸っているおじさんが混じっている。
「そして、司会進行、そして評価役はこの俺! ロトがする!
そして優勝商品は……俺が小学校の時にもらった、プロ野球選手直筆サインボールだ! そしてついでに俺からの高評価だ!そして! ……もう何もないな」
……要らない。
けれど、ここで手際よく美味しい料理を作ったらアキさんに……。
「エルは料理も上手いのか。 ……毎日、飲みたいぐらいだ。 エルの作った味噌汁」
などとプロポーズをしてくれるかもしれない。 いや、してくれるだろう。
という訳で、気合を入れて帽子をかぶり直す。
「調理器具とかは、リクシちゃんのご両親にお借りさせてもらいました! お題はハロウィンっぽい物で! では、バトルスタート!」
バトルのゴングが鳴らされて、みんなでりーちゃんに連れられて大きなキッチンに向かう。 流石お屋敷である。 すごく大きい。
チーム毎に分かれて、僕たちチームマスコットもキッチンの一角を前に集まって話す。
「どうします? ……りーちゃんは……体調、大丈夫ですか?」
「うん、料理ぐらいなら大丈夫だよ。 最近は小学校って調理実習とかもしたしね」
そうなのか。 顔色も良いことだし、とりあえずりーちゃんの体調は問題として、何を作るかだ。
グラウさんは椅子に座ってお酒を飲んでいるし、ペン太さんは通訳の月城さんがいないので意思疎通が不可能である。
「ペンギン」
ペンギンなのは知っている。
「エルちゃん、何をすればいいかな!」
動物とやる気のないおじさんと子供……僕がなんとかするしかないか。 腕捲りをして、気合いを入れた。
何を作ろうか。 少し前に作ったばかりのクッキーならば簡単に作れるが、それでいいのか。 味噌汁でなくていいのか。
少し迷いながら横目で他の二チームを見る。
「やるからには勝つぞ。 ……エルにいいところを見せるぞ」
「俺、米なら炊けるけど。 あ、後でリクシちゃん紹介してくれ」
「……とりあえず、二人はあっちの方に偵察しに行ってきて」
あ、面倒くさくなってきて押し付けてきた。 アキさんに見られてるということは、料理をしてる手際まで気にしなくてはならないのか……。
もう一つのチームも見てみる。
「どうします? ロトさんの好みを考えたら、出来る限り奇抜な物を作ったら……。 なんか色々あるので、適当にブッコミましょうか?」
「そうですね。 料理は分かってなくても、ロトさんの好みなら分かりますね」
「……私は物を斬るのなら得意だから、任せてくれ」
意外にも強敵そうだ。やはり審査員と仲良く、好みを知っているのは大きいだろう。 まさかフジツボを使用するとは……。
「エルちゃんエルちゃん、どうするの?」
「あ、はい。 普通にクッキー作りましょうか。 りーちゃんはクッキー好きですか?」
「うん!」
ああ、普通に可愛い。
もうこの可愛さに免じて優勝にしてくれないかな。
「ペンギン」
「あっはい。 生地を混ぜたいんですね。 じゃあお言葉に甘えて……」
あれ、何故ペンギンの言葉が分かったんだろうか。 それはともかく、ペンギンにクッキーをこねさせて大丈夫なのだろうか。
……一応、差し替え用に隠れて作っておこう。
これでも週に何度かはお母さんが料理をしているところを見ているのだ。 混ぜるのと捏ねるのは2人に任せてしまおう。
パパッと材料の分量を量って、必要分を小皿に入れて、りーちゃんにボウルを渡す。
「えと、卵割れますか?」
「うん。 ペン太がいるもんね」
不安しかない言葉を吐き出したりーちゃんに必要量の卵を渡すと、ペン太さんの翼が叩き割る。
「ペンギン」
殻が、弾けて、僕の頬を斬り裂いた。 辺りが大惨事になるが、二人は嬉しそうである。 なんでペン太さんはそんなに自慢気なのか。
僕がちまちまと殻を取り除いている横で、りーちゃんが薄力粉をドバーッと……。
「あ……あぁ…………殻が」
「大丈夫だよ。 ロトくん、変なの好きだって言ってたしね」
いや、変なのが好きでも卵の殻入りクッキーは別なのではないだろうか。 そんな僕の思いを踏み躙るように、ペン太さんの手がボウルの中に突っ込まれる。
「ペン毛が……殻とペン毛入りクッキーに……」
「じゃあ、ここは私とペン太に任せて! エルちゃんは休んでて!」
「はい……ありがとうございます」
とりあえず、オーブンを温めてから散らばった卵を掃除しておく。 そのあと、差し替え用のクッキーを混ぜ合わせるための機械を使って作っておく。 これであとは隠れて焼けば、という時にまた問題が発生する。
「ゴフッ……エルちゃん…………私、もう……ちょっと休んでるね」
りーちゃんが吐血した。 黄色と黒が混ざっている生地に赤いのが付着する。 というか付着どころではない。
「私、頑張ったよね……」
「りーちゃん……うん。 りーちゃんは頑張った、頑張ったよ。 ちょっと休んでて、僕が、残りを仕上げておきますから」
「ペンギン……」
とは言え、これはやばい。 卵の殻とペンギンの毛が大量に混入してる上にりーちゃんの血液まで混ざっている。 幾らりーちゃんとは言えど、普通のクッキーと差し替えたら流石にこれは誤魔化しきれないだろう。
そんなピンチの時に、気だるそうにお酒を飲んでいたグラウさんが立ち上がった。
「仕方ねえな……。 任せておきな」
流石はアキさんのお師匠様! 頼もしい背中を見ていると……大量のお酒をクッキー生地の中に混入させた。
「ああ、ああああぁぁぁ…………」
「だいたいこういうのは酒を入れたら美味しくなるんだよ」
「ペンギン」
酔っ払いに任せるなどと、血迷ったことを行った僕が悪かったんだ。 りーちゃんもペン太さんも、グラウさんも悪くない。 僕が悪いんだ。 うん。
どうしようかと思っていたら、ロトさんが顔を青くしてこっちを見ていた。 うん、そりゃ、卵の殻とりーちゃんの血液とペン太さんの毛とグラウさんの飲みかけのお酒が入ったクッキーの生地を見たらそんな顔にもなるだろう。
どうしようもなく、アキさんに助けを求めようと目を向けるが、顔を傷だらけにしながら料理をしていた。 こういう時に真面目さは必要ないと思います。
……とりあえず、焼こう。
すごい異臭を発するオーブンの横で、頭を抱える。 ロトさんへの罪悪感がすごい。
少し考えて、とりあえず差し替えようのクッキー生地を手に取った。
多分、ロトさんなら手の中で手品のように取り替えてということも出来るだろう。 幾つか紛れ込ませておけば、あとはなんとかなるだろう。
隠れてクッキーを焼いて、取り出す。
二種のクッキーを取り出して、ロトさんにだけ見えるように中に数個普通のクッキーを混ぜさせておく。
けれど、ロトさんの顔色は一切良くならない。 ロトさんの視線を追うと……あれは、なんだろうか? なんなのだろうか。
2チームの料理、料理? がよく分からないことになっている。 何もよく分かっていない人達が、何か分からないことへの解決を図る訳でもなく、ひたすら適当にやることによって生まれた食物。 時々レイさんがつまみ食いをしているので食べられないことはないようだけど、火を使ってないはずなのに煙が立っている。
何故か三人とも泣いていて……うわっ、この煙すごく目にくる!
煙がボコボコしている中、何を思ったのかレイさんがこっちにやってくる。
「そのクッキー、何枚か頂けませんか? ロトさんは変なのが好きですから」
「えっ、いや、その……どうぞ」
なんで僕はこんなに気が弱いんだ! というか、りーちゃんの努力 (血液)の結晶を変なもの呼ばわりである。 非常に不服である。
レイさんに卵殻血液酒ペン毛入りクッキーを全て奪われ、ロトさんに頭を下げる。 ロトさんは苦笑いをしてから、天井を見上げた。
レイさんは嬉しそうにドロドロの煙を吹き出すそれに僕たちのクッキーを突っ込む。 まるで揚げ物をするような音が響き、レイさんは慌てて引き上げる。
「……マ○クポテトになった」
「なんでですか!」
思わず突っ込むが、レイさんは気にした様子もなくクッキーだったはずのマ○クポテトを手に取り、食べる。
「マ○クポテトですね」
それはおかしい。 どこからジャガイモが降って湧いてきたんだ。
「まぁいっか、美味しいですよね、マ○クポテト」
そのままマ○クポテトを皿に盛り付けて、残ったドロドロした液体を洗おうと蛇口をひねり、水を中に入れると……。
白く固まった。 いや、固まっているわけではない、半液状だ。
レイさんはそれに指を突っ込み、指に付着した軽く舐める。
「マ○クシェイクになった……」
「だからなんでですか!」
「ペンギン」
「あっ、はい。 そうですね。 そろそろクッキーも冷めた頃でしょうか?」
アキさんの方を見てみると、月城さんが何かを盛り付けているところだった。片付けを後にして、他のチームと同じように、机に突っ伏している。
「ロトー、出来たぞ」
アキさんが料理を持っていき、ロトの前に置く。
「なにこれ?」
「月見ライスバーガーだよ」
次にたまたまあったマ○クの空の容器に入れられたマ○クポテトとマ○クシェイク。
「えっ、買ってきたの?」
「作りました」
最後に、僕がクッキーを渡す。 いつの間にかりーちゃんが復活していて、気が付かれるかと思ったが、クッキーが差し代わったことに気がついていない。
「いただきます」
ロトさんがマ○クシェイクで口を潤わせて、マ○クポテトを食べて、ライスバーガーを口に含む。
「……俺さ、なんで皆に見られながら、マ○ク食ってんの?」
何故だろうか。 少し泣きたくなってきた。
勝負はみんなでハ○ピーセットを作ったということで、みんな優勝というゆとりある終わりを告げた。 オマケにグラウさんがお酒の空き缶を渡していた。
◆◆◆◆◆
秋空は美しく、二人で眺めると時を忘れることが出来る。 少しの肌寒さも、手を握る口実には都合のいいものだ。
秋空は変わりやすいと聞く。 みんな待っているかもしれないが、この美しい日が保たれている間ぐらい、ほんの少し無為に時を過ぎさせてもらってもバチは当たらないだろう。
「綺麗ですね、アキさん」
「ペンギン」
僕がそう言って横を向くと、赤色の夕陽に照らされて、その色に髪を光らせている人が、めっちゃこっちを見ていた。 ガン見である。 二人で眺めていなかった。 一人はこっちをガン見である。 あと、一匹は眠そうにしている。
風情も何もない人ではあり、少し呆れてため息が漏れ出るけれど、少しずつではあるけれどアキさんも花やら星やらの美しさに気付くようにもなっていっているのだ。 それに、そういうダメなところも嫌いではない。
少し僕がアキさんを見て笑うと、アキさんは僕と入れ替わるように空を見上げる。
「ああ、綺麗だな」
そんな心の篭っていない言葉に少し笑って、アキさんと手を繋ぐ。
「ペンギン」
「エル、確かこうだったか? トリックオアトリート。
悪戯か、甘いものか……どっちにする」
「……先ほど、全部レイさんに食べられてしまったんですけど」
言い返すように、僕も言う。
「トリックオアトリート……アキさんが持ってないのも、知ってるんですからね」
アキさんは知っている。 そう言って笑い、僕に顔を近づけて、僕の顔を上げさせた。
「んぅ……」
まだ何もされていないのに、顔が熱くなる。 僕を真っ直ぐに見る紅い目に魅せられる。 目を閉じる。 唇にゆっくりと吐息がかかり、肌寒い秋風から身を守ってくれる温かさを感じる。
抱き締められた。 内と外から身体が火照ってくる。 そして、唇に唇が重なった。
「……んぅ、今のは……悪戯ですか?
……それとも……甘いもの、ですか?」
顔を赤らめながら尋ねると、アキさんは悪戯そうに笑い僕の身体を抱きしめる。
「どっちがいい?」
アキさんは意地悪である。
「……悪戯だった、ということで」
「ペンギン」
「じゃあ、甘いもの……」
「ペンギン」
「あの、ペン太さん。 少し静かに……」
というか、ずっと動物だから大丈夫かと放置していたけれど、よく考えたら、ペン太さんの言葉は月城さんには通じるんだった。
これは、早急に口止めしないと。
「その……ペン太さん?」
「ペンギン」
「月城さんに言ったりしないでもらいたいのですが……」
「ペンギン」
「後でイワシ買ってあげるので、その、秘密で」
「サンマ」
「えっ?」
「ペンギン」
空耳だったのか。 一瞬、ペン太さんがサンマと言ったような……。 気のせいだろう、ペンギンがペンギンと以外に鳴くわけがない。
「……アジでいいですか?」
「サンマ」
「エル、サンマが良いって」
「あ、はい。 分かりました。 後でサンマを買うので、秘密にしてくださいね」
「ペンギン」
やはり空耳だったのだろう。
ペン太さんとの取り引きが終わった頃には、日も暮れて薄暗くなっている。 なんだかんだで楽しかったハロウィンパーティももうおしまいだ。
ちょっと寂しさを感じるが、また集まろうと思えば集まれるはずだ。 そのはずなのに、今この時は、今しかないような気がしてしまう。
「……帰りましょうか、アキさん」
「ああ、送るよ」
「お願いします」
部屋の中に入ると、もう皆すぐにでも帰れるような格好をしていた。 そういえば、グラウさんはコスプレしていなかったな。 ……年齢か。
「あ、樹たん! 一緒に帰ろう!」
「はい。 えと、その前に、騒いでご迷惑をおかけしたりーちゃんの父母さんに……」
「ううん、今日はいないから、いいよ!」
「そうですか? その、父母の方がいないのにお邪魔してしまって……」
そういえば、ロトさんが許可を取ったって言っていたけど、いつ取ったのだろう? まぁ、どうでもいいか。
片付けをするところがもうないことを確認してから、ゾロゾロと家の外に出て行く。
「エルちゃん、みんな、今日、すっごく楽しかった。 ありがとうね!」
りーちゃんはそう言ってから、僕を抱きしめる。 やっぱり、僕より少しだけ背が高いのが不服だ。
「僕も楽しかったです。 遊ぶのはいつでも出来ますけど、こうやって集まるのは難しいですもんね。
またみんなで集まって、遊びましょうね。
次は……クリスマスパーティーなんて、いいかもしれませんね」
「クリスマス! いいね! プレゼント!」
即物的です。 と笑ってから、りーちゃんの頭を撫でる。 暗くなった空は、少し暗いが、街明かりで十分に周りは見渡せる。
アキさんに上着を被せられて、りーちゃんに手を振りながら離れる。
「ところで、エル、クリスマスってなんだ?」
「アキさん、クリスマスって言うのはーー」




