刃は高みへと朽ちゆく③
グラウの名前は、グラウ=アマツキというらしい。 グラウ自身も忘れていた名前で、改めて聞くと妙な感覚だ。
服を買って、宿に到着してから、名前だけではなく多くのことをグラウから聞いた。
以前エルが「素敵」と評した嘘の父母との話ではなく、本当に俺の父母とグラウの物語だ。
感動出来るところはない。 それどころか、父親とグラウの二人の間で揺れ動いている母親に嫌悪感が湧きそうなぐらいである。
「アキさんは浮気とか駄目ですよ」
「……いや、ハクは浮気していた訳ではないんだが。 どちらかと恋人になっていたら訳でもないからな」
こういうところで、エルは潔癖なところがある。 グラウの話を半分寝ながら聞いていると、その節々から俺の父母への好意が伺えて妙な気分だ。
エルが俺の頭を撫でる。 せめてロトかリアナが起きる頃までは起きていようかと思ったが、疲れのせいで目が自然と閉じられてしまいそうだ。
「ああ、久しぶりだな。 こんなに話をしたのは」
それもそうだろう。 今まで、嘘ばかりだったのだから。
「ハクは……いい女でな。 何を思ってこんなちんちくりんと似てると思ってたんだろうか」
「……ちんちく……いや、その通りですけど、ですけど」
エルの頭を撫でると、エルが甘えるように俺の身体に体重を預けて俺の服を掴んだ。
「っと、話しすぎたか。 二人の様子は俺が見とくから、寝てていいぞ」
もう寝てしまっているエルの身体を抱きあげて、もう一つ取っていた部屋に戻ってベッドに寝かせる。 ベッドの縁に座り、窓の外を見る。
隣の部屋から漏れ出ている灯りのおかげかそれとも月明かりか、外の街並みのなんとなく分かる。 明日はエルと観光するのも悪くないか。
おそらく、ロトとリアナも着いてくるだろうし、グラウも一緒にくるだろう。 ……それも悪くないな。
小汚いおっさんで、酒と煙草ばかりで、もう俺より弱いし、母親との昔話は妙な気分にさせてくるが、それでも嫌いではない。
エルと家を買って、幸せに住んでる近所にグラウがいるのも愉快そうだ。
まだあまり現実的な話ではないが、落ち着くことが出来たらエルとの子供が出来たら、息子だったらグラウに剣を教えてもらうのも面白そうだ。 教育には悪そうだが。
娘だったら……近くに寄せたくないな。 小汚いし。 そう想像して少し笑う。
来て良かった。 グラウは生きている。
いつの間にか寝ていて、朝日とエルの寝返り、それに外で木剣が打ち合う音が鳴り響いており、気分がよく目が覚めた。
まだ眠そうにしているエルを置いて外に出ようとすると、エルが目を擦りながらも立ち上がって着いてくる。
「おお、アキレア、起きたか」
なんかすごく爽やかなおっさんになっているグラウを見て、吹き出す。
「なんだよ。 突然気持ち悪いな」
「気持ち悪いのはグラウだろう。 ヒゲ剃ったのか」
「ん?ああ、どうだ? かっこいいか?」
「いや、変だな」
そう会話をしてから、横を見るとリアナが息を切らして膝に手を付けていた。 稽古でも付けてもらっていたのか。
俺も混ざろうかと思ったが、エルがほったらかしになってしまうので、横で見ていることにする。
「グラウ、ロトは?」
木剣が打ち合う音を聞きながら、グラウに尋ねる。
「ん、もう起きて、街を散策しに出ていったな。 服でも買うんじゃないか?」
そう言えば、ロトは服装とかに気を使っていたな。 エルも気にしているし、異世界の文化だろうか。
「随分、余裕……だな!」
「そりゃ、実際余裕だからな」
リアナを煽りながら、グラウは楽しそうに笑う。
そんなグラウの様子を見て、エルは嬉しそうに小さな声で俺に言う。
「良かったですね。
ずっと人のために、も素敵ですけど。 少し自分のために生きるのも良いことですよね」
「ああ、そう……」
そうだな。 と返そうとして何故か言葉が詰まる。
俺はグラウを好意的に思っていて、せっかくならば幸せな方がいいと思っている。 だが、何故かエルの言葉に同意することが出来ない。
「アキさん? どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
エルに微笑むと、エルは嬉しそうに微笑み返してくれる。
柔らかい風に吹かれて、エルの伸びてきた髪の毛が俺の頬を擽った。
しばらくすると、ロトがいつもの冒険家のような服装になって戻ってきて、リアナとグラウの稽古も終わり、朝食を食べることになる。
普段よりも余裕があるので、ロトが見つけてきた、この街の名物である蒸し料理を食べることにして、適当な店に入った。
「冬なのに、中はあったかいですね」
暖かいというよりかは、ジメッとしていると言うべきか。 少し気持ち悪い感覚だが、俺とリアナ以外は平気そうな表情だ。
蒸した鳥やら、朝から重いものを食しながら、ロトは楽しそうに語り始める。
「やっぱり、異世界の冒険ってこうだよな。
街の名物の美味いもんを仲間と食って、愉快に話して。 ……レイとケトもいたら、もっと良かったのにな……」
リアナはその言葉を聞いて、似合わない寂しそうな表情を浮かべる。 俺は知らないが、長い間共に旅をした相手ということもあって、仲良くしていたのだろう。
「いや、ケトがいたら小言が煩いし、レイがいたら飯を奪われるからこうはいかないな」
ロトはそう言ってヘラヘラ笑う、ロトの笑顔とエルの自虐、それにグラウの昔話ほど信用出来ないものはなかなかないな。
大半が嘘ばかりだ。
「また来たらいいだろう。 急いている用事もないんだしな」
「まぁ、それもそうだな。 過酷な旅なら駄目だろうが、旅行ぐらいなら悪くないかもな。
あっ、そうだ、ここ温泉あるらしいし、あとで入りに行かないか?」
エルの方を見て、首を横に振る。
「エルと一緒にいれなくなるだろ」
「ブレないな、お前」
ロトが異臭を発しているものを美味そうに食っている近くで、エルはすでに食べ終わっていた。 相変わらず、朝は少ないな。
「ほら、あれだ。 混浴とか……」
「いやです」
「あっ、はい。 ……まぁ、ファンタジーで風呂に入る必要とかないよな」
エルの能力がある以上、あるいは浄化の魔法があるのならば、風呂に入ったり水浴びをするのは、娯楽か、身体を暖めたり冷やす以上の意味はなく、決して必要なものではない。
嫌いではないが、エルと一緒にいる方が遥かにいい気持ちになる。
「んじゃ、普通に街を回るか。 なんだかんだ言って、最初のアキん家の近くの街しか長居してないんだよな」
「僕も、です。 後はソウラレイぐらいですね」
「俺は普通に色々なところで酒飲んでるぞ」
誰もグラウには聞いていない。 というか、分かっていた。 観光よりも先に絵本を処理したいが、俺が迎えにくるまで、グラウが絵本を持って暴れていたので周辺の魔物は全滅しているだろう。 再発生も、エルの能力があるので考え難い。
少しゆっくりしても問題はないだろう。
そう決めると、今日は一日遊び呆けることか出来るな。
「アキさん。 一応言っておきますけど……お金、そんなに使えませんからね。 今回の旅の代金もありますけど、壊れた武器各種を……まぁ嫌ですけど、買い直す必要があります。 それに戻ってからも、翻訳でお金を作るのにも時間がかかりますからね」
「……ああ、分かっている」
「お土産を買って帰るぐらいなら、大丈夫ですけど」
とりあえず、家を買って二人暮らしというのは酷く遠そうである。




