刃は高みへと朽ちゆく②
踏み込み、斬る。 相手よりも深く踏み込み、相手よりも速く切り裂く。
最強の剣とは如何にも簡単であり、言葉にすればそれだけで事足りる。 同じことを繰り返すようだが、剣とはそれ以外の摂理を持たない。
斬れば勝つ。 その理屈はあまりにも非常だ。 ただ真っ直ぐに振り下ろせるやつが勝つだけで、そこには達人も素人も上手いも下手もなく、効率的に体を動かすこと以外は求められない。
例えば、人を殺すのが趣味の悪人と大切な者を守るために戦う人がいたとしても、その背景には何の価値も意味もなく、上辺の人を斬る技術のみが意味を成す。
なんて、理不尽なことだろうか。
俺はそれを認めることが出来ず、師であるグラウも同じことを思っているはずだ。 似ているのだから。
グラウの剣先が欠ける。 元来魔石など、大した高度を持たない物体で、これほど打ち合えていたのはあり得ないことだったと言える。
高みへと朽ちゆく刃。 その最効率という技の理は、正に剣の摂理と同じものであり、最効率のそれを放ち続けるグラウ以上に強い存在はあり得ない。
グラウの腕を斬り飛ばし、脚を断ち切り、胸に剣を突き刺して薙ぎはらう。 もはや身体に痛みはなく、斬られることもない。
高みへと朽ちゆく刃を剣の切っ先で反らして、そのままいつか見た刺突で首を突き刺す。
シノの歩法で気が付かれないようにグラウとの距離を置き、高みへと朽ちゆく刃を躱してから腕を斬り落とす。
剣界剣術により、グラウに取っての最効率を見つけ、先回りするようにして剣を置いて、グラウの腕の振りにより勝手に斬り裂かれていく。
少しずつグラウの身体に赤みが戻ってきて、高みへと朽ちゆく刃が遅くなり、技の鋭さが増していく。 グラウの胸に剣を突き刺して、くるりとひねって心臓を奪い取る。
今までに覚えた凡ゆる技が、高みへと朽ちゆく刃の絶対の摂理を打ち崩していく。
「何故だ、アキレア」
俺の名を思い出すところまで、エルとロトに経験値を奪われたグラウは、剣を振り下ろして俺の身体を両断する。
「グラウ、お前が望んだことだろうが」
首を刺し、腕を引き、胸を刺して斬り払う。
能力は斬り裂く度に失われていく。 失われていく毎に高みへと朽ちていた記憶が取り戻されて、技が戻り高みへと朽ちゆく刃が鈍くなる。
「アキレア、一つ聞きたい。刃は高みへと朽ちゆくか」
俺はグラウを斬り裂いて吐き捨てる。
「お前は刃じゃないだろ。 ……人だ」
袈裟に斬り、グラウの剣を腕を握ることで受けて、その勢いのままに投げ飛ばす。
確か、剣壊剣術、高み返しだったか。 グラウの高みへと朽ちゆく刃は俺のものよりも速く鋭いので通じるはずもないが、不自然にも通じていく。
上へと吹き飛んでいるグラウに向かって剣を振るう。 リアナの地面をしっかりと踏み込む剣技が、対空への相手に対しては酷く効果的だ。 グラウの高みへと朽ちゆく刃に押し勝ち、石剣ごとグラウの身体を斬り裂いた。
最効率も、最適解も、この場では通用しない。
「……俺は刃になれないのか」
真直ぐに斬り裂く。 何度も振りまくり、細切れにし続ける。
「アキさん。 退いてください」
エルの言葉に身体を引かして、エルの放つそれを見る。 月城からもらっていた能力、神祈月の流転の時計型の光。 前見たときとは少し細部が違って見える。
グラウに当たり、グラウの時が巻き戻る……ではなく、色のみが元に戻っていく。
「グラウさんの経験を巻き戻しました」
勇者を倒せば、その能力の一部を手に入れることが出来る。 グラウは勇者ではないが、能力を持っているためそれが当てはまったのだろう。
月城の能力にグラウの能力の一部が反映されて、別の力を有した。
それが、限定的な経験の巻き戻し……言わば、能力の無効化。
「そういうことです」
エルは自慢気にそう言ったあと、俺の表情を伺う。 そのあと顔を赤らめて荷物から取り出した毛布を俺に投げつけた。
「お疲れ様です……」
「いや、もう少し」
剣も持っていないグラウは、それでも目から戦意を失くさずに俺を見る。 グラウの小さく吐いた息が、耳に響く。
「俺は、忘れなければならない」
「……もう戦いに意味はないだろう」
俺の眼前でグラウの拳は止まった。
「意味はないと、お前は言うのか。 意味がなければ、戦うべきではないのか」
「ああ」
「……そうだな」
グラウは身体を木に預けて、そのまま倒れ込んだ。
「俺は、お前に負けたのか」
「ああ」
「全てを捨てて、俺は強くなったんじゃないのか」
「ああ」
「俺の人生に意味はなかったのか」
それには肯定することが出来ない。 首を横に振る。 俺も限界がきたのか、エルに身体を支えられそうになるが、気力でそのまま立ち続けて、否定の言葉を吐く。
「人を好くことに意味を求めるのは、好かない」
「……アキレア。 お前の言う通りだよ。
俺はハクが好きで、だから……していたんだ。 そこには過程と理由しかなくて、結果も意味も入り込む余地はねえ」
グラウはそう言った後で、地面を掘って絵本を取り出し、俺に投げ渡した。
正直要らない。 渡されても困るような。 ……いや、ここからは親戚の家が近いんだったか? まぁ、それはどうでもいいか。
「それは、魔法だ」
「魔法?」
「ああ、世界を構成するもので……それがあるから、魔力や瘴気が発生する。
反対に、それがなければ魔力や瘴気は失われて、魔物や魔王もなくなる」
どこからそんなことを知ったのか。 グラウに目を向けると、へらりと笑った。
「俺の得ていた忘却の能力、高みへと朽ちゆく刃ではそれを白紙にすることが出来た。
まさにおあつらえ向きの能力でな、そのせいもあって、勘違いした。 世界を救うんだってな」
魔法ごと魔王や魔物を消すか。 だが、そんなことをしたら。
「文明の崩壊……って、感じだな。まぁ、それが果たせていたら、魔王どころの騒ぎじゃなかっただろうな」
未来を見れば、世界は救えていたかもしれない。 エルやロトがいた世界は魔法がなくとも、この世界よりも文明が発展しているようだ。 幾度も来る魔王の恐怖からも解き放たれる。
今の時代の犠牲は、認めることは出来ないが。
「俺はさ、本当にハクが好きだったんだろうか」
「ああ、それは間違いない」
「そうか。 なら……俺の人生にも意味はあったのかもな」
まるで今から死ぬかのような言葉に、顔を顰める。
「……別に、意味があってもなくても、今からでもどうにでもなるだろう。
良ければ、魔王でも倒して世界を救ってきてくれ」
グラウが戦うのならば、俺は安心してエルと仲良くしながら暮らすことが出来る。
「それも悪くねえな。 可愛い息子と息子の嫁と……」
「いや、一人で行けよ」
「……アキレアは、反抗期なのか」
そういう問題ではない。
二人で小さく笑みを浮かべていると、エルがまとめるように言った。
「……帰りましょう。 とりあえず、近くの街に行って、ゆっくり寝ましょう。
仲直り出来たんですから」
まるで喧嘩をしていたかのように言われるが、それは少し違うんじゃないだろうか。
ロトを背負って、リアナをグラウに渡そうとすると、顔を赤くしたエルに止められて、リアナとロトに布が巻き付けられる。 ああ、服は治癒魔法では治らないからか。
エルの浄化で身を清めてから、ゆっくりと下山した。




