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刃は高みへと朽ちゆく①

 俺の知っているグラウは、先程までの全盛期の技量を思い出したグラウと、ほとんどを失い、何が要因かは分からないが魔物化をして力が強まったグラウ。

 技と力、剣と獣。今、俺を斬り裂こうとしているグラウはどちらも持っていない。

 最強の剣士の技もなければ、魔物の理外の力も持っていない。 持っているのは、高みへと朽ちゆく刃、一つだけ。

 なのに、それだから、たった一つの高みへと朽ちゆく刃がひたすらに鋭い。


 技量(強さ)膂力(強さ)も掻き捨てて、そこに残る高みはひたすらに強い。


「……どうしたらいい」


 エルに尋ねる。 もはや俺の事も、自分のことすら覚えていないらしい。 朧げで虚ろなだけで、本質がない。

 先程のように思い出させることも、今となっては不可能だろう。


「……殺したらいいのか」


 エルに尋ねる。 おそらく俺は今、酷い顔をしていることだろう。

 グラウの剣が俺に迫る。 高みへと朽ちゆく刃を合わせるが、完全に朽ちきったグラウの刃は限りなく高みにある。 競り合うことなど出来るはずもなく、剣ごと切り裂かれる。


 痛みはある、それでも歯をくいしばって痛みを耐えて、剣を振るう。


「グラウさんは、殺されたがっています」


 先程までは俺に任せていた二人が俺の前に躍り出る。 俺より弱い二人で、高みへと朽ちゆく刃に対応出来ない二人は容易に斬られるが、一歩も下がらない。


「戦う気がないなら、戦うな」


 リアナが俺を見ずに言う。 ロトは軽く俺を見てへらりと笑う。

 グラウは俺に殺されたがっているのか、エルの言葉だからではなく、グラウを知っているから分かる。 そう思っているんだろう。


「ああ、そうだな」


 半ばから断ち切れた剣を捨てて前に出る。 戦わなければならない。

 そんな俺の手をエルが掴んだ。


「でも、それはグラウさんが思っているだけです。

僕はそれでも……アキさんには戦ってほしくありません。 何よりも、アキさんに嫌な思いを、させたくありませんから」


 戦う必要は、ない。 グラウは何も覚えていないのならば、放っておけば森の中で死ぬと思われる。 絵本も回収は容易だし、逃げることも大変なことではないだろう。

 だが、それでも俺は逃げることも出来ずに立っている。


 グラウはそんなに殺されたがっているのならば、素直に剣を置いて座り込んでくれたらいいのに。 これほどまでに圧倒的な剣士を相手に、殺せるはずがないだろう。


 ……グラウも自分が強いことは分かっているはずで、誰にも勝てないことは分かっているだろう。

 だったら何故殺されたがっているんだろうか。


「エル。 俺は、勝ちたい」


 きっと、グラウも同じ思いを抱いている。

 持たない方が強いなど、あまりに虚しく意味がない。

 グラウは俺の母親がいたら弱くなり、俺はエルがいなくなれば強くなる。 それで、強くなければ守ることも敵わない。


 だから、俺に勝って欲しいのだろう。 俺も勝ちたい。


「……はい」


 エルは手を強く握って、俺を見ないようにして頷いた。

 エルにはいつも辛い思いをさせてしまっている。


 わざとらしくグラウに弾かれて飛んできたロトの剣を受け取り、握り締める。


「ごめん」


 勝とう、勝つしかない。 身を伏せるようにグラウへと駆けて、剣を振り上げる。 即座に斬られて、斬り飛ばされた刃を握って振るう。 また斬られて、蹴ろうとするも脚が断たれる。

 ロトの魔法がグラウに向かうが、風は振られた剣によって掻き消され、リアナの剣は根元から断たれる。 ひたすらにロトが剣を能力によって引き出し、俺とリアナはそれを掴んで振っていくが、速度の差はあまりに大きい。


 斬られて、斬られて、斬られて、斬られ斬られ斬られ斬られ斬られ斬られ斬られ斬られ斬られ斬られ。

 初めに倒れたのはリアナだった。 痛みに耐えきれなかったのか、あるいは気力が保たなかったのか、そのまま倒れ、ロトが斬られながらもリアナの身体を持ち、後方に投げ飛ばした。


 一人がいなくなったことで、斬られる回数が増していく。 即死のはずの怪我であってもエルの回復が間に合わないということもないが。


 シールド。 苦し紛れにシールドを張るが、瞬時に破壊されて、俺はその破壊されたシールドに魔力を込め続ける。 急激に大きく変質していく破片は俺とロトごと、グラウを貫いた。


「一撃……」


 ロトが軽く呟く。 一切傷付けることも出来ないような敵ではない。


「アキさん! こっちに来てください!」


 エルの言葉で、ロトと同時に後方に下がり、グラウから距離をとる。


「……アキさん、勝てますか?」


 今ので魔力も尽きた。 剣だけでは太刀打ちが出来ない。 他の武器も斬り裂かれてしまっている。 もはや万策は尽きてしまった。


「勝つ。 もう怪我は与えた」


「……そのことなんですけど。 ……アキさん。 治り続けるグラウさんを斬り続けることは、出来ますか?」


 エルの質問の意味が分からずに、首を傾げる。


「勇者は、死んだ相手から経験値を奪うことが出来ます。

グラウさんの能力は、経験値です。 ……さっき、アキさんがグラウさんを串刺しにしたときに、レベルが上がりました。

死んではいなくても、殆んど死んだような状態なら……少しではありますが、経験値が入ってくるみたいです」


 つまり、エルとロトは、俺がグラウを半殺しにするたびにグラウから能力を奪っていくことが出来るということか。

 ……グラウを、元に戻すことが出来る?


「分かった。 勝とう」


 ロトから剣を受け取る。 律儀に待ってくれているグラウを見て、小さく息を吐き出す。

 勝たなければならない理由が増えて、俺はより弱くなったのだろう。 想いが重なれば重なるほどに、高みへと朽ちゆく刃は鈍っていく。


 だが、それで勝ちたい。 大切な物を沢山持ったままで勝ちたい。

 持たなければ持たないほどに強いという理を持つ、俺とグラウにとって、それは夢を見るようなことでしかなく勝利とは対極に位置するものだ。 でも、それでも勝たなねればならない。

 そうでなければ、あまりにグラウが不憫だ。


 ロトに剣を渡される。 それと同時に、ロトが倒れる。

 リアナの横に並べて寝かせて、俺は正面からグラウを見た。


 可哀想だ。 愛する者を人に譲り、その者の言葉は残酷で、ひたすらに斬り続けることしか出来なかったのだ。

 それでも想いだけが残り続ける。 身体の中心が開くような空虚さは消えはしない。


 同情心、ではないだろう。 俺は、ただ……グラウの人生を認めてやりたい。 『刃は高みへと朽ちゆくワタシのジンセイにはカチがなく』なんて詠唱は認められない。


 グラウの詠唱とは違って、意味は持たない。 ただの言い返しの、口喧嘩みたいなものだ。 そんな自己満足を口から吐き出す。


刃は高みへと朽ちゆくヒトがオモいはソラへとカエりて


 グラウの剣と、俺の剣がぶつかり合う。 高みへと朽ちゆく刃の理は最効率の運動、それで俺が勝てる訳もなく、けれども最効率ではなくとも最善を尽くす。


頂き目指せば(オモいはソラに)空虚が広がり(ヤイバはココに)


 振れば振るうほどに勝てない思いが強まるが、それでも勝つ。 腕を斬られながらもグラウの喉を突いて、切り下げる。


背後を向くこと(オモいはカわらず)すら許せずに(ソラをミて)


 何故自分の剣がグラウに届いているのかも分からない。 だが。それでも、少しずつ、ほんの少しずつグラウの剣を受け止めることが出来るようになり、グラウを斬り裂くことが可能になっていく。


高みは何かと(ネガいはひとつ)自問も出来ず(ウタガうことなく)

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