酷い奴
エルのぼくがかんがえたさいきょうのなかまの話を聞きながら、都市に着いた時のことを考える。
「やっぱり、僕も子供扱いされるのが嫌なので僕より小さい人がいいですね」
いい思い出は全くないその都市には、今の俺……アキレアではなくルト=エンブルクだった時の知り合いが少なくなくいる。
最後にあの都市の土を踏んだのは二年前。 ついこの前のことだ。
「世界でも有数の魔法使いみたいなのだと頼りになりますよね」
特に忍んでいた訳ではなく、悪い意味で有名だったこともある。
神童だと言われていたのに、人並みにさえ魔法を使えない落ちこぼれ。 俺の、ルトの顔はそんな悪評と共にあの都市の中心部にある魔法学校にいる研究員や指導員には知れ渡っている。
ただの落ちこぼれで退学になった奴が街で歩いているだけなら問題ないが、ルト=エンブルクはもう死んでいることになっている。 万が一でも気づかれると問題だ。 まぁ元父親が揉み消すぐらいするのだろうが。
「せっかくなら近接戦闘も出来る方がいいですよね。 魔法と剣技を一体化させた必殺技みたいなの持ってたりすると尚よしです」
あの都市では、俺はシールド以外の魔法が使えるようになりたいがために学術的なところには粗方顔を出していた。
学校に私塾、図書館に研究室や高名な魔法使いの屋敷に始まり……様々な病気を診てきた医者、路地裏の情報屋、危険思想の持ち主達のアジト、世界を旅する旅人、邪神信仰の協会、敵国の魔法使いの隠れ家、昔は凄かったとか自慢している浮浪者、魔剣を集めている収集者、魔物の死骸を集めるのが好きな狂人、などなど。
「ついでにアキさんみたいに面倒みが良い人の方がいいです」
とりあえずはフードでこの赤黒い髪を隠していればどうにかなるか。
俺は口を閉じてエル任せでしたらいいか。
そう思って横を向くとまだ一人で理想の仲間について話していた。
「こんなところですかね」
「……不安だ」
エルの高すぎる理想は叶わないだろうし、知り合いに会ってしまうかもしれないので気が落ちる。
エルが魔法を覚えるにも、魔法使いの仲間を手に入れるにも都合のいい場所ではあるので諦めていくしかないが。
「大丈夫ですよ。 きっと、良い人いますよ」
良い人がいたところで仲間になる保証は全くない。
まず、旅の仲間という時点で難しい。
だいたいの人間は何処かに定住するか、定住はしていないにしても職に就いていているか家族がいる。 そんな奴はそう簡単には見つからないだろう。
見つかったとしてもこんな女の子がリーダーで、特に報酬があるわけでもなく、得体のしれない存在を倒しに行く旅になんて誰が着いて行くというのか。
ああ、そのために勇者には最初から付き人を用意されているのか。
隣にちょこんと座っている少女を見ると、少しだけ不思議に思う。
こんな女の子を無一文で知らない土地に放り出せば、大概が誘拐されるか、そのままのたれ死ぬだけだろう。 特別にエルが弱いとしても、無駄に移動させる労力を費やしてエルを送り込む必要はないだろう。
何で、エルの言う女神はエルを勇者にしたんだ。
「なぁ、魔王って。 どんな奴なんだ? 知性はあるのか?」
「えっ、魔王ですか? よく聞いてないんですが、多分あると思いますよ。 四天王とか幹部を任命して、魔物を率いているらしいので」
魔王にも知性があるのか。 知性があれば、自身を倒そうとする勇者を倒そうとするだろう。
本命の勇者、エルの話からすると神付きの勇者には神が助けてくれるだけで最初には付き人はいないらしい。
高名な人物を付き人にするのは無理だとしても、そこらの人間を付き人にしてもいいだろう。 それだけで死亡率は下がるはずだ。
つまり、勇者の死亡率よりも、優先するものがあった。
見込みのない付きなしの勇者と、最も見込みのある神付きの勇者は、見た目では判別が付かない。
最悪な結論に至る。 神付きの勇者を魔王に狙わせないための、囮として、捨て駒としてここに来たのが、エルなのではないか。
頭の先から深く身体に染み込むような寒気がして、嫌な想像から逃げ出すようにエルの肩を掴み小柄な身体を引き寄せる。
柔らかく暖かい感触と甘い匂いに少し安心する。
「んぅ、どうしたんですか?」
エルは俺の腕から抜け出して、不思議そうに俺を見る。
言うべきか、言わない方がいいのかを迷う。
「エルはなんで魔王を倒そうとするんだ?」
「約束、ですから。 それに、何もしないとアキさんや、この世界の人たちが酷い目にあっちゃうらしいので。 助けてあげないと」
そうか。 と返事をすることも頷くことも出来ずに真っ直ぐに俺を見るエルから目を背ける。
舌打ちを一つして、馬鹿らしいとため息を吐き出す。
エルはいい子なんだろうと、何処か他人事のように考えている俺がいる。
分かった、この子は俺が守らないといけない。
「なら、俺はお前を守るよ」
それだけ言ってから。 目を閉じて再び眠ることにする。
何にせよ、今はどうにかして戦力を蓄える必要があるらしい。
目が覚めた時はもう夜中だった。 エルも同じように眠っていて、俺の膝を枕にしていたので少し起こして退いてもらい、エルの下に柔らかい物を置いてまくら代わりにする。
真っ暗なまま火を起こす魔道具を取り出して外に出て、魔道具に魔力を込めて周りを見渡せばテントのようなものが幾つかと、焚き火をして明るくしている護衛の姿が見えた。
散々朝からずっと馬車の中で眠っていたせいで眠気もないので、暇潰しにそこに向かう。
「ん? ああ、昼間の奴か。 あん時は助かった。 ホブゴブリン相手だと、もうちょい手こずってたかもしれねえや」
昼と夜で入れ替わりで護衛をやっているのか、ホブゴブリンを退治するときには見なかった顔ばかりだ。
その中で一人、昼間にも見た顔の男が俺にこちらへ来いとジェスチャーをしながら声をかけてきた。
もう光源はいらないかと思って魔道具の光を消して向かう。
「おっと、嬢ちゃん。 そこらに物を置いてるから足元気をつけな」
護衛の一人が俺の方向に言う。 後ろを振り返るとエルが着いてきていた。
暗いところではエルには見えにくいかと魔道具をもう一度使って少し明るくする。
「あ、ありがとうございます」
エルが俺の服の裾を持って顔を見上げてくる。
「どうしたんだ? 腹でも減ったか?」
一応荷物には適当に干し肉やら乾パンやらの保存の効く食べ物は詰め込んでおいたが、冷たいから食べる気が失せたのかもしれない。
「いえ、いや、お腹も減ったんですけど。 ……どこに行くのかと思って」
少し口ごもりながらエルが言う。
「……ああ、すまん。 お前は怖がりだったな」
軽く頭を撫でてみると、エルは半目で俺を睨みながら「アキさんにだけは言われたくないです」と言い返してくる。
護衛達から少し離れたところに座り、その後ろにエルが座り込む。
「こいつが、昼間言ってた速い奴。 中々すごい動きだったぞ、パッしゅんっバッ! みたいな」
護衛のおっさんが俺のことを身振り手振りを合わせて紹介するが、抽象的すぎて伝わっていないように見える。
「剣を二本持っていたけど、どっかの流派の剣士なのか?」
「いや、適当にやってるだけだ。 どっかの流派って訳ではないと思う」
剣を握り始めて数日なのに褒められて不思議な気分になる。
魔法を幾ら練習したところでほとんど褒められることなんかなかったのに。
遠い昔の始めて魔法を使った時のことを少し思い出す。 首を軽く振ってそんな思い出を掻き消す。




