異次元な旅人
親切で可愛らしい店員に教えられた酒場。 飲酒は何度もした、苦手であるとは一度も思わなかった。
だが、この平民向けの酒場は何処となく苦手と言える臭いをしていた。
時々飲んでいた酒に比べて品がなく強い臭いをしているらしく、扉を潜った瞬間から外の空気とは違う、酒の混じった空気が頬を撫でて鼻腔に入ってくる。
真っ黒な髪の男はカウンター席で飲んでいるらしい。
なんて話しかければいいのか分からないが、立ち止まっていては格好が付かないと、何も考えずにその男の隣に座る。
「だから、マスター。 仲間紹介してよ、仲間」
思っていたより年若い。 いや幼いところすら見受けられる。
この歳で旅人をしているとは思えないが、それでもその妙な雰囲気では何をしている人間なのか判別が付かない。
「いや、仲間紹介って何だよ。 坊主、ここは酒場だぞ」
「えっ、酒場だろ? 酒場ってそういうもんだよな」
流暢に喋りながら、男は訳の分からないことを言う。
酒場について造詣が深い訳ではないが、酒場は酒を飲む場所であることぐらいは俺にも分かる。
「いや、酒を飲む場所だけど。 時々飲まずに飯を食うだけの奴もいるけどよ……」
「ああ、成る程。 一見様お断りスタイルか」
小さくため息を吐き、ついに諦めたらしく、黒髪はミルクを煽った。 酒を飲む気はさらさらないらしい。
「おっと、すまないな。 なんか変なのに絡まれていて、何にする?」
酒場の主人は笑いながら注文を受けようとする。 真朝から酒を煽るのは気乗りがせず、それになんて酒があるのかも分からない。
ちらりと隣を見てから、そのまま隣の黒髪を指差す。
「じゃあこの黒髪のと同じので」
「だから、仲間の紹介ってのはやってないんだが」
「いや、ミルクな」
主人とのやり取りに興味を持ったとか、黒髪はこちらを見て少し表情を変える。
さっきまで着ていた服を着ていたら驚きもするか。 少し失敗したかもしれないな。
「お前、その服……」
「何か珍しいから買ってきたんだ。 似合うか?」
とりあえず興味を引かして話でもしようと、服を軽く見せる。
「いちいち似合うか聞いてくるとか彼女かよ。 いや、彼女いたことねえけど」
よく分からない言葉を言ったあと、黒髪は俺のことをジロジロと眺める。 少し不躾ではあるが、咎める気にもなれずに観察させておくと黒髪は口を開いた。
「器用と速度がかなり高いな……。 なぁ、魔王討伐に興味ない?」
独り言を呟いたあと、勧誘の言葉を吐いた。
魔王って確か……お伽話の悪い奴だったか。 それの討伐? と頭を捻っていると黒髪は言い直した。
「正確には、魔王討伐した後の英雄としてチヤホヤされたり女の子にモテるのにするのには興味ないか?」
下衆い笑顔を浮かべて黒髪は語る。
「ちょいと苦労はあるだろうが、悪い話ではないと思うぜ。
ほら、若い時は買ってでも苦労しろとか言うだろ? この場合は金と栄誉がもらえる上に苦労も出来る一石三鳥のお得プランだ」
意味が分からないが、黒髪は愉快そうに笑う。
「他の勇者共に先を越されるかもしれないが、その時でも充分な報酬は手に入る。
興味があるなら、話だけでも聞けよ」
酒場の主人に渡されたミルクを口に付けてから男の言葉に頷く。 徹夜で歩き通したせいで眠いが、面白い話を聞けそうだ。
「興味は津々って感じだな。
俺は勇者だ。 ……ロトとでも呼んでくれ、偽名だけどな」
自ら偽名とバラす偽名に何か意味があるのだろうか。
ロトと名乗った男は爽やかであるが何処か不愉快な笑みを浮かべる。
「それで……魔王って?」
「今から一カ月後、具体的には28日後の13時24分に復活する人類の敵のこと。
俺は……いや、俺達はそれの封印、可能ならば討伐のために異次元から女神により遣わされた存在。 まぁお前らからしたら未来の英雄ってところだ」
狂人にしてはしっかりと話せている。 程度の印象を受ける。 だが、女神やら異次元やら、信じるには値しないだろう。
ロトはポケットから小銭を一つ取り出して、俺に手渡した。
見慣れない硬貨には100と書いていて、細かい模様が施されている。
「証拠って言うには薄いが、俺のいた国のお金。 お菓子一個買えるぐらいの価値がある。
俺以外の勇者にもこれを見せたら、まぁ話ぐらいは出来ると思う。 この世界には元々ないものだからな。
興味があるなら勇者を訪ねて見たらいい。
勇者の特徴は俺と同じような黒髪黒眼、まぁちょくちょく茶髪とか金髪もいるがな。
俺は後一週間はこの街にいるから」
立ち上がって「マスター、つけといて」。
ロトはそれだけ言って酒場から出ていった。 えっ、それありなのか? 主人も少し唖然としているけど。
手元にある硬貨を見ながらミルクを飲み干す。 服屋で手に入れた小銭を置いてから外に出る。
適当に宿を探しながら歩いていると、手元に残った金銭では宿にも泊まれないことに気がつく。
「まず金稼がないとな……。 てか、稼ぎ方、ギルドぐらいしか知らねえ」
一つの魔法しか持っていない俺が戦闘や狩り、護衛などの魔法が必須の仕事が出来るのか。 頭を捻らざるを得ない。
どれほどならば向いていると言えるのかは定かではないが、少なくとも俺は避けた方がいい職種だろう。
身分の保証が出来ない俺には、他に選択肢がないから行くけれど。
酒場から歩いて1分程の場所にあったのは、服屋から酒場に行った時に確認している。
朝早いおかげか人は少なく、受け付けの眠そうな女性のところに行く。
「すまない、働きたいんだが、どうしたらいい?」
「はいはい、あんた文字書ける?」
頷くと紙とペンを渡される。
書けということだろう。
まず名の欄でペンが止まる。 次に魔法の属性で手が止まり、使用武器でも手が止まり、特技の欄でも手が止まる。
書ける欄が一切なく、受け付け嬢の方を見るが退屈そうに欠伸している。
「全部ないんだが……白紙でいいか?」
「代筆なら無料でするよ? 名前は?」
見栄を張ったと思われているようで何だか気恥ずかしいが、大ピンチである。
どんな底辺でも就くことが出来るはずのギルドに登録出来ないとか、笑い話にもなりはしない。
「えーっと、ないんだ。 名前」
「はい。 ナイン君ね。 どんな属性? ってか魔法が使える?」
「魔法は一応使えるけど、属性は……」
「無属性? まぁなしでいいか。武器とか持ったことないの? ないなら剣……というかほぼ鉄の棒のの貸し出しあるから剣にしとく?」
「じゃあそれで頼む」
「特技はなくてもいいけど、何かない? 話が面白いとか顔が面白いとか」
「……特には」
「はいオッケー。 じゃあ、ギルドカード発行するからちょいと待っててねー」
適当だな。 適当すぎて驚くが、平民だしこんなもんなのかもしれない。
ギルドカードが出来るまでの間に仕事の一覧を見ているが、今日中に出来そうなのは魔物の討伐ぐらいだ。
「ゴブリンの討伐……か」
ギルドカードとやらを作り終えた受け付け嬢に依頼を受けることを伝える。
討伐依頼はぶっ殺して中にある魔石を持って来ればいいらしい。
貸し出しの剣を借り、代わりに幾つかの金銭を置いて外に出る。 もうほぼ一文無しだが、剣を返したらお金も返してくれるらしいのでゴブリンが狩れなくても一食ぐらいは出来る。
ゴブリンが出る街の外へと足を進める。 多分、負けはしないだろう。