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ハクシに至る④

 赤黒く髪が染まり、目が血の色を成す。 その現象には見覚えがある。 魔物化、俺や父親のように、あるいはレイやエルのように、身体の中に瘴気を取り込み魔物へと変質する現象。

 拮抗していた戦況が一瞬で破綻する。


 グラウの剣が非常に重く、力強くなり、魔力が爆発するようにグラウの全身を包み強化を施す。


「高みへと朽ちゆく刃ーー」


 だが、それなのに。 いや、それだからこそ、俺との高みへと朽ちゆく刃の押し合いに敗北する。 力の強さだけならば、技を必要としない。

 グラウの教えた剣はブレない刃であり、魔物の獣染みた激情は俺のように固まりきった思考で制御しなければ邪魔にしかならない。


 今のグラウのような、何を考えているのかも分からないような状態において、まともに扱えるはずもなかった。


「グラウァァアア!!」


 荒鋼を無理やりに振り回し、グラウの身体にぶち当てて吹き飛ばす。 森の奥へと飛んでいったグラウに向かって弓を構え、矢を番える。


「アキレアァァア!!」


 血を吐き散らしながら叫ぶグラウに向かい、矢をあるだけ撃ち尽くし、矢はグラウの身体を貫き森の木に縫い止める。

 それでもまだ動こうとするグラウの手にロトの短剣が突き刺さり動きを封じ、俺は荒鋼を構えてグラウに近寄った。


「何故だ。 グラウ! 何故……死にたがっている!」


 怒り任せに拳を振るい、グラウの頭を木ごと揺らす。


「死にたがる、訳がねえだろ! 俺はハクの分まで生きるって決めてんだ! ハクの願いを、願いを、叶えるために!!」


 もう一度、グラウに拳を振るおうとして、後ろからロトに腕を掴まれ、捻り上げられて地面に倒される。

 抵抗しようとするも、しっかりと関節が抑えられていて動かすことが出来ない。


「落ち着け、これ以上やったら、死ぬぞ」


 グラウを見れば、全身に矢と短剣が刺さっていて、血が垂れ流されている。 赤い目と赤黒い髪、それに今にも暴れ壊しまわりそうな表情からは手負いの獣を思わせる。


「死にたがっているんだ。 殺してやるよ」


 自分の言葉に、違和を感じる。 グラウに憎しみなどないはずなのに、グラウを殺したくて仕方がない。

 魔物だからか、の考えるが、魔王による命令は感じられない。

 人間味のない、高みへと朽ちゆく気概もないグラウを見て気がつく。


「ああ、これは…………失望、か」


 なんだこいつは。 俺が師事していた、あの化け物のような人間はどこに行ったんだ。 ガワこそ似ているが、中身は似ても似つかない。

 強くない、弱くもない、朽ちてもいなく、高みへもいない。 正しく、ただの凡夫にしか見えずに、それが醜い、見難い。


「……落ち着け、アキ。 お前は何をしにきたんだ」


「ああ……悪い」


 足元の土が蠢き、グラウの身体を縛る。 それと同時にグラウに光が浴びせられて流れ出ていた血が止まった。


「すみませ……いえ、まだ謝りません。

グラウさん。 アキさんのお母さんの願いって、何ですか」


 グラウはエルを睨み付けて、エルと睨み合い押し負けたように口を開いた。


「お前は、確か……アキレアの……なんだったか。 あれだ、恋人だったか」


「……今は、妻です」


 グラウの言葉に違和を覚える。 エルもその違和に気が付いているのか、分かりはしないが、エルは眉を顰めてグラウを見る。


「お前は、ハクに似てるな。 根が強そうだ。 何処と無く、顔立ちもハクに似てる気がする」


 まるで老人が昔を懐かしむかのように言い、その言葉が、仕草が不快だ。

 エルはゆっくりとグラウの元に歩き、グラウの顔のすぐ近くに顔を寄せた。


「僕が……アキさんのお母さんに似ているですか」


「ああ、そういう表情や目元が……」


 ぱちん、と、乾いた音がヤケに淋しげな森の中に響いた。 俺たちの目からすればエルの動きなんて、あまりに遅く、何が起こったのかは簡単に分かるはずなのに、状況を把握するまでに時間がかかる。


「似てませんよ。

グラウさんが、前に赤竜を一緒に倒した時に、僕がアキさんのお母さんに似てるって言っていて少しだけ気になっていたんです。

アキさんのお父さんの持っていた写真を見ました。 グラウさんとアキさんのお母さんが仲睦まじくいる写真を見ました。 似ていませんでしたよ」


 エルがグラウを叩いた。 そのことを理解したのはエルが悲しそうに目を伏せてからだ。


「グラウさん……グラウさん。 もう一度聞きます。 その人の願いって、なんですか?」


「ハクの願いは、世界の平和で……だから、あの本の力があれば、それを……」


 グラウは語る。


「ハクは優しい女だったんだ。 どんな人にでも優しくて、いい奴だったから、俺もヴァイスも好きになった」


 俺の母親を語る言葉は、少しだけ早く、どこか言い訳がましく聞こえた。 エルは目を伏せて、首を横に振った。


「アキさんのお母さんが……そんな優しい人が、グラウさんを縛って、一生を台無しにさせるようなことを言うわけがないですよ。 グラウさんの口から聞いた人物とも、アキさんのお父さんから聞いた人とも、違う人です。

誰ですか、それは」


 何を話しているんだ。 俺はロトとリアナに目を向けるが、同じく分かっていないらしい。

 何を言っているのか、グラウとエルしか分かっていない。


「違う。 ハクがそれを願ったから……だから」


「違います。 違うんです。

グラウさんは、前に僕とアキさんに、昔の話をしてくれました。

アキさんのお父さんとお母さんが結ばれるまでの綺麗なお話を。 でも、事実は違ったんですよね。

本当はグラウさんとアキさんのお母さんが好き合っていたのに。 結局、勝てずにグラウさんはアキさんのお父さんに譲って……それから会うことはなかった」


「あれは、アキレアのために、嘘を……」


 グラウの言葉が途切れる。 エルが、言いにくそうに、だけど確かに言う。


「…………本当は、覚えていない。

アキさんのお母さん、ハクさんのこと。 何があったか、どんな人だったか、何が好きで、何を感じていたか。

グラウさんは……忘れた」


 グラウが、吠えた。

 人間の声とは思えない叫び声、拘束していた土の鎖が千切られ、治癒魔法で皮膚と癒着していた矢と短剣を無理矢理に引き抜き、拘束を抜け出す。


 俺はエルとグラウの間に入り込み、右手に荒鋼を構え、左手でエルを下がらせる、


「違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!! 違う! 違う! 違う! 違う違う違う違う!!」


 グラウは引き抜いた短剣を握りしめて、エルに向かって襲いかかる。 俺はそれを右手に持った荒鋼で受け止め、左手で殴りつけるが、堪えた様子もなくグラウは叫んだ。


「忘れるか! 忘れる訳がない! 俺はハクが好きで、好きでーー。 だから、違う違う違う違う違う!!」


 ーー高みへと朽ちゆく刃。

 エルを殺す気か。 それを認識した瞬間に頭の中が弾けるように殺意が芽生え、激昂する。 殺す。

 高みへと朽ちゆく刃、高みへと朽ちゆく刃、ひたすらに同じ技を打ち合い、互いに殺すつもりで振り切る。


「グラウさんの想いは、否定しません! 出来ません! 絶対に、誰にも否定させません!」


煩い(うるさい)聞きたくない(うるさい)黙れ(うるさい)止めてくれ(うるさい)これ以上(うるさい)耐えることは(うるさい)出来ない(うるさい)!!

死にたい(うるさい)殺してくれ(うるさい)殺せよ(うるさい)消えたい(うるさい)助けて(うるさい)許して(うるさい)!!」


 グラウの剣は、高みへと朽ちゆく。


「だって貴方は、自分の名前も忘れたのに、想いだけは残っていたのだからーー」


 俺の刃が、グラウの腹を刺し貫いた。

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