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強ければ強いほど強くて強いのが強さ⑥

 エルの体調は良くならない。よく分からないが、大変な症状らしく苦しそうに俺から目を背ける。

 ツハクバウュジアリ病……なんて恐ろしい病なんだ。


 しばらくエルの看病……とは言っても何も出来ることはない。


「エル、水でも飲むか?」


「……はい、お願いします」


 咳をしているのだから、少し水を飲めばマシになるかと思い声をかけると、エルは頷いた。

 昨晩、用意していた荷物の中から、エルが休んでいるときのための水を出す魔道具を取り出し、最近エルが手作りしたカップに注ぐ。


 水を注いでいるとカラ、とコップから音が鳴り、水面が凍るように水が変質する。


「……なんだこれ」


 触ってみると、水面が水ではなく別の物になっている。 これは……シールドか。

 幾らシールドになりやすい魔力とは言えど、魔道具は普通に使えていたはずだが。 試しに他の魔道具を手に取って、魔力を流し込む。


 火の魔道具から火が起こり、少し安心するが、何かおかしい。 目を凝らすと火の中にシールドの破片らしきものが生まれていて、火の光がキラキラと反射されている。


「綺麗です……」


 いや、確かに綺麗に光っているけれど。 こうなってしまった原因は分からないが、エルに水を注いでやるという使命が果たせない。


「すまない……エル。 俺は水を注ぐことすら出来ないようだ……」


「水はいいんですけど……魔道具、使えないんですか?」


 エルがベッドから降りて、俺の横にちょこんと座る。 少し容体は落ち着いているのか、いつも通りに見える。

 俺はシールドの張ってあるコップをどうするか迷っている、エルは新しいコップを作り、魔道具で水を注ぐ。


「魔道具はいつも通りですね」


 エルはもう一つコップを作り、俺に手渡した。


「俺の魔力のせいか?」


 他の魔道具に触れて、魔道具を発動させていくが、どうしてもシールドの破片が混入してしまう。

 魔法どころか、魔道具すら使えなくなった。 その事実に頭が痛み、身体を壁に預けて座る。


「大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ。 ……いや、駄目かもしれない。 頭撫でて」


 エルがおずおずと、恥ずかしそうに俺の頭を触り、髪を溶くように撫でる。 心地よさに目を細めていると、なんとなくどうでも良くなってくる。


 そのままエルの身体に頭を寄せると、エルが俺の頭を抱いて、膝に乗せる。

 いわゆる、膝枕という状態で、エルの匂いや柔らかさがよく分かって心地よい。


「エルの方が体調悪いのに……」


「こうしていたら治る気がするんです。 ……アキさん、いい子いい子、です」


「いや、そこまで落ち込んでいない。 甘えさせてはもらうけど」


 エルの身体を抱き締める。 先程とは違って熱が下がっていて、いつも通りのエルである。


「なんで、魔道具が使えなくなったんだろうか。

このままだと、水を飲むことも一人では出来なくなる」


 生活のほとんどが魔法ないし魔道具によっているこの国において、魔力がないに等しい程少ないものは、一種の障害として取られることが多いほどに魔力に頼り切っている。

 俺の場合、魔力こそあるが、魔道具すら使えないのだから、同じようなものだろう。


「僕がずっと隣にいるので、それは大丈夫ですよ。

魔力の性質が変わった……ですか。 ……僕の場合は自分を洗脳して変質させたりしたら起こりましたけど、洗脳とかされてないですよね」


「エルの魅力に洗脳された」


「……そういうのは、いいですから」


 エルは恥ずかしそうに顔を赤らめてから、俺の頭を撫でる。


「性格、によって魔力の性質が変わるのですから、アキさんの性格が変わった……というよりかは極まったってことかもですね。

アキさんの性格……えっち?」


 エルは俺をなんだと思っているのだろうか。 毎日我慢しているのに、酷い言われようである。

 やはり隠れて一人でするしかないが、エルと離れるのが嫌なので困る。 それに今は離れるとエルが爆裂するらしいので、我慢するしかないだろう。


「いひひ、冗談ですよ。 落ち込まないでください。

……優しい、ですよね、アキさんは。

普段どんなことを考えているんですか?」


「それは、当然エルを守る方法とか、だが」


「いひひ、だからじゃないですか? とかって、他には?」


 主に、どうすればエルと行為に至れるか、などだがエルに言うわけにはいかないので、少し黙り、誤魔化すように話す。


「流石に、エルと出会う前からエルを守るとは思っていなかったような気がする。 多分」


 なんとなく断言は出来ないが、エルと出会ってからのはずだ。 守る守るとずっと考えているのは。


「そういう優しい性格だったのは元々だったんですよ」


 そういうことだろうか。

 エルの瞳は俺を見て笑い、また俺の頭を撫でる。 安心の出来る居心地の良さに眠りそうになるが、エルが病気であることを思い出して倒れていた身体を起こす。


「ごめん、エル。 病気なのに無理をさせた」


「えっ? 病気です?……あっ、こほこほ」


 エルの細く軽い身体を抱き上げてベッドにまで運ぶ。 なんとなく、結婚を決めた日のことを思い出した。


「んぅ、なんとなく恥ずかしいです。 変なことしないでくださいね」


「病気のエルには出来ない。 治ったら、キスをさせてくれ」


 そう言うと、エルは未だに慣れないのか、少し恥ずかしそうに頷く。


「こうしていると、少し不思議なんです」


「何がだ?」


「全然違うところにきて、そこで生活をして、その場所で好きな人といて、好きな人と笑い合って。

すごく幸せで、嫌なことも全部忘れられるような、そんな気がして。

アキさん、好きです」


 エルはベッドの縁に座っている俺の手を握り、笑いかけた。 その手を握り返して、エルの頭を撫でる。


「俺も好きだ。 エルが、何より大切で、守りたい。 守りたいんだ」


「僕もですよ。 だからこうして……。

あの、アキさん。 もし、僕が……グラウさんのところに向かうのを止めてって、言ったら、止めてくれますか?

アキさんの好きなだけ、僕に好きなことをしていいですって言ったとして」


 エルが不安そうに俺を見ない。 エルには言いたくないことを言うときには、俺を見ないで言う癖がある。

 だからこの言葉は、エルが勇気を出して言った言葉なのだろう。


「行かない。 行くべきだと思うが、エルが止めろというなら、俺は絶対に行かない。

……行かない方が、いいのか? いや、今は行けばエルが死んでしまうから、いけないが」


 エルの病気ですっかり忘れていたが、今日はグラウのところに行かなければならないのだった。 どうしよう。 いっそロトに頼んで連れてきてもらうか。


 そんなことを考えていると、エルがゆっくりと身体を起こして、俺の身体に体重を預けるようにもたれかかる。


「アキさん。 目を閉じてください」


 エルの言葉に従うと、唇に柔らかく湿った何かが押し当てられる。 エルの手が頭の後ろにまわされて、逃げる気もないが逃げられないようにされる。


「病気、アキさんとちゅーしたら、治ってしまいました」


 病気が治れば、キスをする。 そんな約束を思い出した。 エルの身体を逃さないように抱いて、その唇を奪う。


「……強引です。

アキさん、僕はアキさんに戦ってほしくないです。 痛い思いも、辛い思いもしてほしくないです。

……グラウさんのところに行ったら、どうせ戦ってしまうんですよね」


「……ああ」


 勘でしかないが、なんとなく、身が震える感覚は強大な敵を前にした時と同じだ。 誤魔化す気にはなれなかった。


「だから、最低限の約束です。

僕を守ってください。

僕の心は、アキさんが辛い思いをするたびに傷つきます。 だから、アキさんは僕を守ってください。 そのためなら、僕はなんでもしますから」


 エルは俺の服を掴んで離さない。


「好きです。 アキさんが好きなんです。 傷付いてるところなんて見たくないんです。

なのに、なんでアキさんは……行っても行かなくても傷付きそうなんですか」


 世界への呪詛を、エルは優しい気持ちで吐き出した。

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