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強ければ強いほど強くて強いのが強さ⑤

 朝、いや朝日も出ておらず、まだ朝と呼ぶには早すぎる。

 朝焼けを見ながら目が覚めれば、どれほど心地よかっただろうか。 寝たはずなのに疲れの取れない気分の悪い睡眠だった。



「んぅ、アキさん。 起きていらしたんですか?」


 エルの幼いかんばせが薄く汗に濡れていて、疲れを見せる表情を含めて、嫌に艶やかに見える。 幼い少女のその様子は、やけに背徳的に感じてしまい、触れることも憚られる。


「今、目が覚めた。 エルは……寝ていないのか?」


 布団の中で見えはしないが、エルの細い脚が俺の腰や脚に触れていてそれも軽く感じられた。

 布団から出ている顔は涼しいどころか寒いぐらいだが、布団の中は酷く暑い。


「……病気になってしまったみたいです」


 こほこほ、とわざとらしく咳を吐き出して、俺の腰に腕を回す。 エルの生温い呼気が首筋を撫でて、痺れるような快感に声を漏らす。


「エル、大丈夫なのか?」


「……正確に温度を計る方法がないので、分からないです。 アキさん、計ってもらえませんか?」


 エルは布団の中で俺の手を握り込み、自分の額に押し当てる。 熱い、確かにいつもよりもエルの身体は熱く、熱があることは間違いないようだ。

 エルが病気になってしまった。 エルが病気、病気、病気。 どうしよう。


 俺はどうして良いのか分からずに布団から飛び上がる。


「魔法、魔法! 治癒魔法使えるか!? 使えないようなら、ケトを直ぐに!」


 扉に向かって走ろうとしたが、エルに止められる。


「魔法、使えますけど……。 何故か治らないんです。 クリーンも、こほこほ、使っているんです」


「ままま、まじ、まじない術は? ちょっと、病魔を払う伝説の道具を探してくるか!?」


「まじない術も、使ってます。 治らないです。

ですから、多分治療方法ない感じですね。 こほこほ、こほこほ」


 どうしよう。 どうしたらいいんだ。 月城、月城を呼んでこよう! 月城なら病気とか詳しいだろうか。


 焦燥で頭が焼かれるような不安が生まれるが、エルは俺が行動するより前に俺を引き止める。


「あ、アキさん、ちょっと待ってください。

僕、アキさんがこの部屋から出た瞬間に死んじゃう気がします……こほこほ」


「死ぬのか!? 分かった絶対に出ない!」


 エルがほんの少し笑みを浮かべ、俺を手招きする。


「はい、アキさんが部屋を出た瞬間に四肢がもげて爆裂して死んじゃう気がします。 いや、死にます。 なので、絶対に出ないでくださいね」


 大きく頷き、エルの元に寄る。


「俺は、どうしたらいい。 どうしたらエルが救える」


「……えと、そうですね……。 一緒にいていただければ体調も良くなってくる気がします。 あ、こほこほ」


 とりあえずエルの手を握り、信じてもいない神に祈りを捧げる。 こんなことになるなら、しっかりと信仰しておけば……。

 どうしよう。 不安で仕方なく、涙が流れ出る。


「アキさん、大丈夫ですよ……。 頭ナデナデしてあげます」


 エルの方が辛いはずなのに、エルは気丈に振る舞っている。 俺はなんて情けないんだろう。 大切な人が病気で爆裂しかけているのに、何もすることが出来ず、無為に祈るだけだ。


「爆裂するとか、よく知っているみたいだが……。 日本? という国ではある病気なのか? こちらの方では聞いたことがないが……」


「……えと、はい。 そうですね、この病はツハクバウュジアリ病と言って……その、まぁウイルスとかそういうの関係なしに爆裂してしまう病気なんです。 こほこほ」


 日本ではないこの国でも発症しているということは、日本人ならば突然に発症してしまう病気なのだろうか。 恐ろしい。


「エル……死なないでくれ、死なないでくれ。 頼む……」


 涙を流して、エルの身体を抱く。 何故こんな優しい素晴らしい女の子に、不幸が。 誰よりも幸せになるべき存在なのに、全身が爆裂するなんて恐ろしい病に罹ってしまうんだ。


「アキさん。 大丈夫です。 僕は死にません。 熱が出るのと、アキさんが離れたら爆裂する以外に症状はないので、なので、安心して隣で寝ていただけたら……です」


 眠れるわけがない。 出来ることなら今すぐにエルを助けるために動きたいが、そうするとエルが爆裂してしまう。 朝になり、他の人が様子を見に来てくれた時にエルの病気を伝えて、治すための手がかりを見つけてもらうしかないか。

 エル曰く、引っ付いていたら引っ付いているだけ良くなるらしいので、全身でエルを抱きしめて、エルと寝転がる。


「はふぁ……天国です……。 あ、こほこほ」


 エルも俺に手を回し、身体を出来る限り密着させる。 こんな時にも反応を示す下半身を不快に思いながら、時を過ごす。


 カーテンを閉めた窓の端から光が漏れで始めてから暫く経ち、エルの寝息が安定してきた頃になり、扉がノックされる音を聞いた。


「エルたーん、アキくん、朝だよー。旅に出るんでしょ? 遅れるよー!」


 月城がやっと来てくれたらしい。 扉の鍵を開けるために少しだけ歩き、鍵を開けた瞬間にエルの元に戻り、抱き締める。


「入ってくれ」


 月城が布団の中でエルを全身で抱き締めている俺を見て、少し表情を歪める。


「えっ、なんでこの状態で入れって言われたの? 入れっていうか、入ってない? それ」


「? よく分からないが、月城は今入ってきたところだと思うが。

……エルはまだ寝ているから、静かに話すぞ。

エルは、とある病気に罹ってしまったようなんだ」


「えっ、何? えっちなことをしないと死んじゃうみたいな素敵ファンタジーな病気?」


「いや、俺が離れると身体が爆裂して、そして死に至る。 ツハクバウュジアリ病という恐ろしい病だ」


「そりゃ爆裂したら死ぬよ。 むしろ爆裂して死なない人間の方が珍しいよ。 ファンタジー怖い」


 治療に協力してもらうために、月城に状態を伝える。

 エルから聞かされた症状を説明していると、耳元で会話していたせいでエルが目を覚ました。


「あ、エルたん!? 身体大丈夫なの!? 熱は!?」


「熱……月城さん? あ、その、出てます、熱」


 月城がゆっくりとエルの額に手を伸ばすと、エルが急いだように何か身じろぎをする。


「アッツ! エルたんの額熱っ! 何度!?200度超えてそうなんだけど!」


「すみません、火加減が……あっ、いえ、なんでもないです。

ちょっと熱が出ているだけなんで気にしないでください……」


「気になるよ! 気にしないとか無理でしょ! ……ちょっと、病気に詳しい人に話を聞いてくる!」


 月城は俺が頼む前に部屋から出て行く。 いい奴である。 エルとの距離が近すぎるので少しだけではあるが不快に思っていたが、これほどまでしてくれるのならば、触れさえしなければ多少近くに寄るのも仕方ない事と見逃そう。


「ああ、行ってしまいました……」


「いい友人を持ったな。 エル、大丈夫だ。 俺が付いてるから。 絶対に離さないから」


 エルは何故か俺から目を逸らして、こほこほ、と咳をした。


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