強ければ強いほどに強くて強いのが強さ④
グラウは、能力に至った。
そんな想像が頭の中に浮かび上がる。 振るった刃が完全や、至高、究極すらも越えて、理外の極致にまで至ったのではないだろうか。
仮定や仮説とするにも想像が過ぎるだけのそれも、背筋に走る痺れと悪寒のせいでヤケに生々しく感じてしまう。
「おそらくだが、グラウはお前と話したがっている。
だから、何かことを起こすとしても……お前と会ってからだ。 だからと言って放置してたら分からないけど」
「俺と話したがっている? グラウが言っていたのか?」
ロトは首を横に振るった。
「……グラウは、目的が欠如しているんだよ」
「目的? いや、何かしらあるだろうから、絵本を強奪したんじゃないのか?」
違う。 と、ロトは否定する。
水を口に含み、すぐに嚥下する。 不味そうに表情を歪め、俺を見た。
「お前が何かをするときの目的はなんだ?」
少し横を見てから答える。
「エルだな」
「そういうことだ。
人は何かを成そうとするときには、明確な目的がある。
アキみたいに恋人……もう家族だったか。 友人、子供、親兄弟、あるいは自分だったり、他人だったり。
グラウはなんだ。 何をしようとしているのかは分からないが、何をしたいのかは分かるだろ」
ロトに言われて、グラウの俺にとってのエルと同じものを考える。
初めに思い浮かべたのは、俺の母親だ。 次に俺、父親。 グラウ自身は違うだろう。 それ以上は思い浮かばせることは出来なかった。 グラウのことを知らないから、答えられないのか。
酒を飲み倒れていたグラウを思い出す。 母親の死を知り「高みへと」という言葉を吐き続けたグラウを思い出す。
本当に、そうなのだろうか。 本当に俺がグラウのことを知らないから、グラウの大切な者のことを言うことが出来ないのか。
あるいは、それ以上に存在しないのか。
だとすると、あまりに空虚だ。 薄ら寒く、酷く朽ちている。
たった一年だけともにいた奴のために、自身と共にならなかった奴のために戦い続ける。 それで、その者はとっくの昔、知らない間に死んでいて……。
ーーそんな人生に価値はあるのだろうか。
「アキ、アキレア、大丈夫か?」
ロトの声に引き戻され、いつの間にか前に置かれていた料理の匂いが鼻腔に入った。 あまり空腹感はないが、グラウの人生を全て否定するような思考から抜け出したく、行儀悪くガッツいた。
グラウの目的。
以前グラウが言っていた、俺とグラウは似ているらしい。 ならば、俺がエルを失った時のことを考えてみれば……。
食った料理を吐き出しそうになりながら、俺は考える。
「供養……」
「ああ、そうなのか」
ロトに導かれて出した答えなのに、ロトが分かっていなかったように言った。
「分かってたんじゃないのか?」
「分からないから、お前に考え方を教えたんだ。
分かってたら、そんな勿体ぶった言い方はしない」
息を吐き出して、エルの手を握ろうとしたが、食べている最中だったので服の裾を摘んだ。 嫌な想像をして、少しだけ不安に思ってしまった。
「どうしたんですか?」
「大したことじゃない。 エルはそこにいるよな」
「いますよ。 アキさんの隣に、ずっと」
エルの笑みに救われる。
落ち着きを取り戻し、思考に余裕が出る。 グラウの目的が死んだ母親のためだとすると、最も成したいのはグラウが今の今まで目指していたものの成就か。 最も欲しいのは、死に場所か。
退けたロトたちをワザワザ癒したのは俺を呼ぶためだとすると……。 その絵本により願いが叶い……俺と共に母親を供養したいのか、あるいは俺に殺して欲しいのだろうか。
どちらにせよ、行かなくてはならない。 思い込みの考えすぎだったとしても、その可能性があるのならば、行かなくてはならない。
「おそらく、グラウのことだから放っておいても悪くなることはないと思うが。
エル。 グラウの元に行くぞ」
「はい、行きましょう」
グラウが俺を息子のようだと言うように、俺はグラウのことを父親だとは到底思うことは出来はしないけれど、無視出来る他人でもない。
軽く戦いになる可能性も含め、恩人を、恩師を、グラウを殺す覚悟を決める。
殺せるか。 殺せる。 悪事をしていたら、殺せる。 善事をしていれば、殺せる。 殺してやることが出来る。
食事を再開し、遅れを取り戻すように食べ進める。
「月城。 またすぐに出るから、帰るのは少し待ってやってくれないか?」
「えー。 エルたん達が戻ってくるの、一ヶ月後とかになるんじゃないの?
レイくんもいて、暇じゃなくなるから別にいいけど……」
「あ、ありがとうございます。 ……申し訳ないですけど、嬉しいです」
ああ、エルはいい子だな。 かわいい。
どうしても血なまぐささの混じる思考が、エルのおかげで薄まるのを感じる。
「アキ、早い内に行った方がいいと思う。 多少金を余計に使うことになるが、馬を乗り潰していくのが手っ取り早い」
「そうだな。 出発もいつにするんだ。 明日か?」
グラウが何をしたがっているのかが分からないので、早く行動を起こす必要がある。 もしかしたら世界平和とか、そんなことかもしれないけれど。 そんな夢見がちなことを考えて食事を食べ終える。
「リアナの調子が良ければ明日だな。 悪いようなら、今日か」
置いていくということか。 薄情……とは少し違うか。
「まぁ、戦いにはならないと思うから、人数はそれほど必要もないか」
それは予想ではなく、希望ではないだろうか。
「あ、ロトさん。 道中でもいいんですけど、瘴気魔法のことなどを教えていただけませんか?
僕の方も、能力についてや、能力と魔力の組み合わせについて伝えたいです」
「ああ、そういえば概要しか伝えてなかったな。 ……少し独占欲が働いたってのもあるけど」
こんな時に何を言っているのか。 いや、いつもの冗談だろう。 ロトが優越感のために秘匿するとは思いにくい。
それに、あの時は色々バタバタしていたから忘れていただけだな。
「そういえばロト。 その瘴気魔法って、俺でも使えるのか?」
未だにほんの少しだけ魔法に未練はある。 シールド以外の魔法を使ってみたいと思うのも、悪いことではないはずだ。
「……無理じゃね? アキレアは性格的にキツそう。
エルちゃんはどうかな……いける気もするけど、無理っぽい気もする。
まぁ、怠いし眠いから、また後でな。 リアナを叩き起こして起きなかったら、直ぐに出よう」
食べ終えた食器を運び、全員でレイとリアナの寝ている部屋に向かう。 というか、レイは自室があるのだからそちらで寝ればいいのに。
扉を開けると、うとうとと今にも眠りそうなレイが見える。
「あ、ロトさん達。 僕は部屋で寝ます。 リアナさんは普通に寝てましたよ」
「兄さん達」ではなく「ロトさん達」か、随分と仲良くなったものである。
レイが出て行くのを見てから、ロトがリアナの頬を突く。
「りーあーなーちゃーんー、おーきーろー。 起きないと乳揉むぞー」
「なるほど、この手があったか」
「……アキさん。 アキさんは絶対、止めてくださいよ」
エルにしようと企んでいると、エルが半目で俺を見る。
ロトが有言を実行しようと、ワキワキと手を動かしながらリアナの胸に近づけーー殴られた。
「……なんだ、ロト」
「超痛い。 いや、起きれるならいいや。 痛いとことかない?」
「ないが。 何もないなら寝るぞ」
単純に疲れか、リアナは機嫌が悪そうにいい退けた。




