強けれは強いほどに強くて強いのが強さ③
エルからの無茶振りを気にしないようにして、月城の元に向かう。 ロトは連れて行くことが出来るだろうか? 傷や肉体的な疲れならばエルの魔法でどうにでもなるだろうが、レイがあれほどに敗北感を感じる負け方をしたのであれば、ロトも同じく赴くのを嫌がるかもしれない。
「俺は行くぞ。 レイ」
扉を叩く前に、ロトの声が聞こえた。 もう目を覚ましたのか。 レイは自室で寝るのではないかと思ったが、そんなことはどうでもよかった。
ロトは優秀だ。 エルと二人旅でいられないのならば、何人増えたところでさほど差はなく、優秀なものが味方にあればそれだけ安心が出来る。
今回は、敵対する可能性のあるものの存在を考えればエルと二人旅は不可能だろう。
扉を開けば、リアナ以外は皆起きていて、月城は居心地が悪そうに、レイは気だるそうに、ロトは力強く、ケトは申し訳なさそうな表情をしている。
「私は、力不足です」
ケトはロトに向かって言う。 ロトは目を閉じて、頷く。
「今まで無理をさせて悪かったな」
「……いえ、助けていただいた、恩がありますから」
ロトは軽く顔を伏せて、頭を大きく下げる。
「いや、恩につけ込み、働かせていたということだ。
悪かった。 言い訳にもならないが、辛く思っていることを分かっていなかった。 申し訳ない」
ケトは大きく首を振って否定する。
「そういう意味では。 ……その、今でも感謝しています。 出来ることならこれからも共に生きて行きたいと思っているのですが……。
ご迷惑、お掛け、したく、なく」
好かれている。 いや、尊敬されている。
ケトはロトよりと大きくへりくだるように頭を下げた。
微妙なタイミングで入ってきてしまって、居心地が悪い。
「迷惑とは……。 いや、俺がどう思っているかではない、か。
もう少し、一緒にいてくれ。 何もなしに別れたら、生活に困るだろう。 ケトのおかげもあって少なくない金銭もある、それと、あと安心をして住める場所を……と思うが」
「……ありがとうございます」
ケトは静かに涙を流す。 引き止めてもらいたかったのだろうか。 だとしたら、ロトも分かっていることのはずなのに、何故引き止めなかったのか。
ロトは俺の方を見て、へらりと不快な笑みを浮かべる。
何故、ロトの笑みが不快なのか、やっと理解した。
「おお、アキ。 久しぶりだな」
「ああ」
「お久しぶりです。 ロトさん」
エルは小さく頭を下げて、へらへらと笑みを浮かべているロトに挨拶をする。
笑うな、などと偉そうに言う気にもなれず、黙って立つ。
少しの間、誰も口を開けることなく時間が流れて、エルが気まずそうに口を開いた。
「その、少し早いですけど、ご飯、食べに行きませんか?」
「あー、そういや、腹減ったな。 結構急いで戻ってきたから、美味いもんとか食ってねえし」
ロトが立ち上がり、それに続くようにケトも立つ。 月城はリアナの寝顔を見て首を横に振るが、レイが月城に言った。
「リアナさんは僕が見ておきますよ。ただの疲れでしょうから、滅多なことはないでしょうし」
疲れさせた奴が言うな。 とも思ったが、レイも疲労が溜まっているのが見て取れるので、あまり大それたことは言えない。
月城も立ち上がり、少しレイに頭を下げる。
「お願いね」
「うん。 あ、ケトさん。 ここのご飯、結構美味しいですよ」
総勢五人で食堂に向かう。 レイが手をつけなかった料理だけだと少ないかもしれないが、それはまた頼めばいいだけか。
エルを除いた三人の背を見ていると、横からエルが俺に笑いかけた。
「レイさんも、アキさんと一緒で優しいですね」
「何がだ? リアナを見るってところか?」
「違いますよ」
エルは呆れたように笑い、俺の手を握る。 ケトが振り向きこちらを向いて、エルと目を合わせて笑う。
「優しいですね。 旅の途中も、いつも気遣ってもらい」
あのレイが人のことを気遣って何かをする、か。 知らないうちに色々変わっているものだ。
俺もエルと旅をしているうちに変わっていることは多いだろう。 そう考えると、多少感慨深いが当然でもあるのか。
「レイはいい奴だな。 少し身勝手なのと、食い過ぎなのと、うざいのを除けば」
ロトはそう言って笑う。
「まぁ、あいつなら安心か」
だから、何の話をしているのか着いていけない。 月城も分かっているのか、少し笑っている。 分かっていないのは俺だけらしい。
「アキさんは可愛いですね」
「……褒められている気がしないな」
というか、少し馬鹿にしているだろう。
俺の着いていけない話も終わったのか、ロトが俺に向かって言う。
「アキ、グラウのところまでは俺が案内する。 ケトとレイは着いてこないみたいだけど、リアナは来るだろうから、四人かな。
他に腕に覚えのある奴とかいるか?」
ロトの問いに一人の糞野郎の顔が思い出されるが、首を振って掻き消す。 しかし、エルは気にした様子もなくその糞野郎の名前を出す。
「強そうな知り合い……。 三輪くん?」
「あの糞野郎の名前は出すな」
「三輪、糞野郎なのか」
「ああ、とんでもない糞野郎だ。 死に晒せばいい」
「なるほど、糞野郎か」
「……アキさんはなんで三輪くんに対してそんなに辛辣なんですか……」
それは、奴が俺の、俺だけのエルを狙っていやがるから仕方ない。 あの小児性愛の異常な性癖を持っている糞野郎。 俺のエルを変な目で見てくる糞野郎。
俺が三輪の説明をしようとすると、月城が代わりに説明しようとロトに話しかける。
「三輪くんは、私とかエルたんのクラスメートだった男の子で、もうなくなっちゃった国の国付きの勇者だよ。
能力とか戦い方は本人が話したがらないからよく知らないけど、結構強いっぽい。
アキくんとは……ほら、まぁ仲が悪いの。 理由は察して」
ロトは俺とエルを見比べて、頷いた。
「なるほど。 あれか、アキの同類か」
「誰が同類だ。 あの糞野郎と一緒にするな」
会うたびに、俺のエルに変な目で見てきやがって。 早く死ねばいいのに。
「私は一緒に旅をするわけじゃないから偉そうに言ったりは出来ないけど、戦力が欲しいなら誘ってみたらいいと思うよ。 レベル上げしたがってるから、勇者が纏まってるところでは嫌がるかもしれないけど……エルたんが頼めば一発だろうし」
「……エルちゃんに頼まさせたら俺がアキに殺されそう」
そりゃ、殺すかもしれないが。
食堂に付き、ロトが偉そうに座る。 エルとケトが水を持って来ようとしているので、座って待つのも微妙かと思い、それを手伝う。
「実際。 グラウと戦うことになればどうやっても勝てないだろうから、戦力を増やす意味は感じられないな。
絵本がなく、魔物に襲われる危険が少ない今になっては、俺とかアキだけでも戦力的には過剰だしな」
「……レイも言っていたが、そんなに強かったのか?
正直なところ、グラウを過大評価しているんじゃないか?」
ロトは首を横に振る。 ケトの運んだ水を口に付けて、喉を潤わせてから言う。
「いや、あれは無理だな。 防御不能、回避不能、反応不能……みたいな感じだった。
アキが強いのも知っているが、あれは無理。
強いとか、弱いとかじゃない。 強いか弱いかなら、弱いようにすら見える」
ロトの言葉の意味が分からない。
「高みへと朽ちゆく刃。 アキも使っていたが、あれを極めたらあそこまでえげつないことになるのかって感じだ。
何よりおかしいのは、魔力もなしに、異質な力を使っていた」
魔力もない、異質な力。 俺はそれを知っていて、以前エルと月城が話していた仮説を思い出す。
何十年と同じことを繰り返し、その上、学び続けたら至ることが可能なのではないだろうか。 そんな存在、いるわけないと切り捨てていたが。
白髪混じりの赤髪を思い出す。 戦い続けている男を思い出す。




