VSエル④
「高みへと朽ちゆくーー二の腕!」
「高みへと朽ちゆくーー生脚!」
「高みへと朽ちゆくーーうなじ!」
「高みへと朽ちゆくーー髪の毛!」
「高みへと朽ちゆくーーかわいい顔! 手! 優しさ! 声!」
集中が乱されすぎていて、普段目にしているものなのに、というかエルが棒立ちしているのに上手く使うことが出来ない。
「いひひ、アキさんが疲れたところで泥をぶつけたら僕の勝ちです!」
「くそぅ……あれ? 狭くなってないか?」
「それは、狭くしていってるんだから、狭くなりますよ」
狭くしていっているのか。 まあ、狭いほうが当てやすいものな。初めは5mはあった一辺が今は3mほどにまで減っている。
こんな状態なのに、エルの妨害により破壊することも出来ずに、薄く表面を傷つけるばかりだ。
「エルが俺にいやらしいことをするから……」
「言わないでください。 テンションが上がってノリノリでしていましたけど、今になって羞恥で泣きたくなってるんです。 というか、途中から棒立ちですよ」
高みへと朽ちゆく刃にもならない一振りで鋼の壁を叩く。
「あ、エル。 ふとももお願いします」
「リクエストとか止めてください。 その、ちょっとだけなら……」
エルは上気させ、興奮と羞恥の混じった顔で、半ズボンの裾をほんの少しだけ捲り上げる。
そのかわいらしさと、露出されたシミひとつもない白いふとももを見て、顔が緩む。
「……その、変な趣味に目覚めそうなんですけど」
「その時はとことん付き合う」
「……遠慮します」
エルはそう言ってから、壁に寄りかかる。
「もう好きにしていいですよ。 邪魔もしません。 脱出は不可能なので、頑張って出ようとして、疲れてください」
エルは闇属性の魔法による魔力の隠蔽を解いて、俺を見て笑う。
「もはやアキさんに逃げ場はないです」
その言葉が事実か、壁の厚さを確かめようと思うが、叩いてもその厚さが分かるほど薄くはないので正確に測るのは難しい。
邪魔しないらしいので、一式ではなく三式で壊せば……。 荒鋼で三式は腕が痛みそうだな。
まぁ、簡単に破壊する方法はあるが、エルが可哀想なので止めておこう。
「エル……」
「な、なんですか! 頼んでもダメですからね! 解きませんよ!」
エルのいる壁に手を付いて、逃げられないようにする。 エルは上気させた顔で俺を見た。
顔を近づけると、エルは俺を受け入れるように目を閉じた。 そのまま唇に唇を触れさせて、離れる。
「……一緒に壁の中に入ってたら、キス、出来るだろ」
「……あっ」
気が付いていなかったのか、エルは呆気に取られた表情で俺を見て、崩れ落ちる。
「ルール、忘れてました。 アキさんを閉じ込めることでいっぱいいっぱいで……。
アキさん、もう一回です」
「いや、もうエルも万策尽きただろ。 それに、そろそろ腹も減ってきただろ?」
「そんなことないです! アキさんが諦めるまで、僕は」
エルは立ち上がって、俺の服を掴んだ。 そのまま赤くなった目で俺を睨み付けて、額を俺の胸に押し付ける。
「諦められません。 僕はアキさんが大切なんです。 戦わせたくないんです」
「俺は……諦めることは無理だ。 エルを守りたい。 だから、必要なとき、俺に戦わせてくれ」
真っ直ぐにエルを見て、正面から頼み込む。
エルは守らないとならない。 それが俺がやるべきことである。
「でも、でも、アキさんは僕とえっちなことがしたいんですよね……?」
「だから、俺に守らせた上でそういうこともさせてくれ」
「アキさん、ドン引きです。 それに嫌ですからね」
それは残念だ。 本当に。
落ち込みついでに、エルに尋ねる。
「これ、エルの魔力なくなってるけど、どうやって出るんだ?」
暗い箱の中、エルは俺から目を逸らす。
「考えてなかったのか」
頭がいいのに……。 それほど勝つことに必死だったのか。 俺は愛されているな。
鋼の箱に手を当てる。
「あ、どうしましょう。 このままだと酸欠に……」
急に焦り出したエルを横目に、俺は魔力を放出して、エルの魔法の壁と混ぜ合わせる。 エルの魔力と俺の魔力が混ざり合い、異常にシールドになりやすい性質により鋼と土の箱はひとりでにシールドに変質する。
鋼の箱は薄いガラスの箱に成り下がり、軽く蹴ると、容易く壊れる。
「帰るぞ。 エル」
「……はい。 でも、少し待ってください」
エルは割れたシールドを寂しそうに見てから、顔を赤らめながら、手に泥の玉を作り出した。
「もう勝負は終わりだ」
「分かってますよ。 はい」
思わず顔が緩み、ニヤニヤとした笑みでエルを待つ。
エルは「すーはー」と息を繰り返しながら、俺に向かって泥玉を投げつけーー。
「エルたん、アキくん! ってうわっ何!?」
突如として間に入り込んできた月城に泥玉が当たる。
「何をするのエルたん……って、アキくんどうしたの? なんで泣いてるの?」
「何でもない、何でもないんですよ。 月城さんは気にしないでください」
「アキくんを虐めたらダメだと思うよ?」
「いえ、どちらかと言うと月城さんが泣かせた……。
ん、神聖浄化」
エルは月城の服から泥玉の汚れを取り除き、自分はそのままだとおかしいことに気がついたのか、無情にもエルに付いている泥汚れを消滅される。
「月城のあほ……」
「アキくんが酷い。 ……せっかくクッキー焼いたから紅茶と一緒に食べようって呼びに来たのに」
紅茶もクッキーもいらないから、泥を俺にくれ。 エルと俺に塗りたくるから。
そう言うわけにもいかず、泣きながら立ち上がる。
月城が呼びに来たとだけあって、いつの間にか屋敷のすぐそこにまで帰ってきていたらしい。 先程まで戦っていた最愛の少女は悲しそうに目を伏せて、顔を上げると同時に笑顔を見せた。
無理をしているのだろう。 俺がさせたのだ。
「いいですね。 少し肌寒いので、ありがたいです」
「だよね! アキくんのあほ」
エルは俺の顔を見ないようにして、さっさと月城に付いて屋敷に戻ってしまう。 怒らせてしまったのかもしれないと思いながら、涙を拭いて二人を追いかけた。
いつか、また肌を見させてくれるときはあるだろう。
そう信じる他ない。
屋敷に戻ると、軽く温められているそこは身体を激しく動かしていたせいか、冬にしても少し暑いぐらいだ。
魔法を使っていたばかりであまり動いていないエルは少し寒がっているが。
「んじゃ、用意するから少し待っててね」
「はい。 月城さんはお料理が上手なので、楽しみです」
月城の部屋の中は、もう物が少ない。
手慰みにする程度の裁縫道具や生活に必要なものはあるが、それ以上にはなく、どこか殺風景な印象を受ける。
「寂しくなってしまいましたね」
エルは月城が自作した服の飾られていた場所を見て、寂しそうに言う。
寂しい、か。 そうだな、寂しい部屋になったのかもしれない。 月城とはそれほど仲が良かったわけではなく、少ししか会っていなく、いつもエルといいところで邪魔をしてくる奴だったが、こうも分かりやすく、この場所からいなくなる姿を見せられると少しだけ寂しくも思う。
「仕方ないだろ。 月城の決めたことだ」
自分に言い聞かせるように、俺はそう言う。
ほどなくして、月城がクッキーと紅茶を運んできたので、早速紅茶に口を付ける。
エルも遠慮がちに紅茶のカップに手を伸ばす。
「ふぅ……美味しいです。 落ち着く味です」
月城は嬉しそうに笑い。 クッキーを手に取る。
「さっき、森で何してたの? 音とか凄かったけど」
エルは少し考えてからカップを置いて答えた。
「説得、です。 失敗しちゃいましたけど」
エルは吹っ切れたように笑い、机の下で俺の手を取った。 大切に握り込むようにして、強く強く俺の手を持つ。
「それでも、離しません」
決意の言葉が、エルの口から小さく漏れ出した。 外で冷えたエルの手は冷たく、温めるように手を握り返す。
「ああ」
ふわりとゆらりと紅茶から湯気が登る。
一緒にいたい。 喧嘩もしたが、結局は俺もエルも同じ望みでしかなく、仲直りの必要すらなかったようだ。




