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VSエル①

 いつものように、翻訳作業の息抜きに荒鋼と木剣、それに幾つかの武器を抱えて外に出ようとする。

 扉が開く音は発せられることはない。 エルが扉を背に、体重を預けるようにして抑えている。


「何をしているんだ?」


「通せんぼ、です」


 申し訳なさ、それに怒りか。 エルは俺を睨むように見るが、目が合うと瞳が震えて、逸れていく。

 口を開けて、閉じて、俺の服を掴んで睨む。


「戦う練習なんて、必要ないじゃないですか」


 毎日毎日、棒切れを振るっていれば、俺の焦燥にも気がつくのだろう。

 エルと俺が分かり合っていることの証明であり、それは嬉しく思うが、分かり合っていたとしても、感情や考え方には大きく差異があり、意見が一致するわけではない。


「必要はある。 いつか、戦う必要がある時が来るだろう。 自分から戦場に赴きたとは到底思えないが、エルに襲い来る災厄は払い除けたい」


 エルと出会ってからこれまで、運命と呼ぶには自主性が過ぎているが、多くの奇運によって多く戦うことになった。 それが途切れるとは思えない。 獣じみた勘が俺に敵対者の恐怖を伝えてくる。


「アキさんが戦うぐらいなら、僕は傷ついてもいいです」


「良くない。 エルは俺が守る」


「いらないです。 僕よりアキさんが大切なんです」


「俺よりエルが大事だ。 だから守る」


 幼い子供のように「守る」「いらない」「守る」「いらない」「守る」「いらない」と言葉が繰り返される。

 俺がエルに「守る」という度に、エルは嬉しそうに顔を赤らめて熱っぽい甘えた瞳を俺に向ける。 そんな表情はすぐに取り繕われて「いらない」と返す。

 その様子がチグハグに見えてエルに言う。


「エルは、俺に守られるのが嬉しいんだろ」


 エルは悔しそうに俺を睨んで答える。


「……嬉しいに決まってます。

好きな男性に、守るなんて言われるんですよ。 嬉しくないわけないです」


「だったら!」


「そうですけど! 確かに、この後一人になったら、枕に顔を埋めて脚をバタバタさせながら、今言われた言葉を思い出して、ニマニマ笑いたいですけど!

枕を抱きしめてニヤつきながらゴロゴロとベッドの上で転がりまわりたいぐらい嬉しいですけど!

でも、そんなの最低じゃないですか……。 僕は最低なんです、アキさんが「傷つきに行く」のと同じ意味の「エルを守る」って言う度に喜ぶなんて。 アキさんが傷つくのを喜ぶなんて、最低です」


 エルは潤ませた目で俺を見た。


「俺はそれが駄目なこととは思えない。

俺も、エルが嫌がるようなことをしてしまうのだし……」


 無理矢理抱きしめたり、キスをしたり、である。 流石に襲ったりはしないが、それ以外は強引にしてしまう。


「あの……いや、それは……その、ポーズだけですから…………。 別です。

それに、こんな自分の悪いところをアキさんに言ってるのだって、誠実だからじゃないんです」


「エルが誠実だから、いい所も悪いところも見せようとしてるだけだろ?」


 エルは首を横に振る。


「アキさんが、僕のことを全部肯定してくれるのが分かってるから、悪いところを言ってるんです。

悪いところ、汚いところを肯定されたくて。 こういうのだって、僕の全てをを肯定して、僕の汚いところも好いて、僕のズルいところも愛して……なんて、身勝手な欲からです」


 エルはそう言ってから決意したように、紅く染まった瞳で俺を睨む。


「……だから、僕が戦います。 アキさんを守るために、僕が」


 以前、それは止めてくれと否定した事。 エルは確かな覚悟と意思を持って再びそれを言う。


「ダメだ。 いい訳がないだろう。

俺もエルには怪我をしてほしくない、戦ってほしくない」


「それは、僕も一緒です」


「違う。 エルは俺よりも弱いだろう」


 エルは手から魔力を放出して、手に纏う。

 闇属性の洗脳の魔法を自身の頭に押し当てて、小さく息を吐き出す。


「これで、攻撃魔法も使えます。 人を傷付けるのも戸惑いません。

僕の魔法はレイさんの物より強靭で、ロトさんの物より変幻して、アキさんの物より早いです。

それに加えて、二つの能力があります」


「だからなんだ。 その程度で俺に勝てるとでも?」


「はい。 僕の方が強ければ、僕に守られてくれるんですよね」


 エルが俺に、敵意を抱いている。 自身に仕掛けた洗脳魔法のせいだろうが、俺に向かって戦意と敵意を出しているエルを見ると嫌な気分になる。


「……試しようがないだろう」


「僕とアキさんが戦えば解決です」


 無茶苦茶な、と思うが、エルは本気なのか、俺から目を逸らすこともなく、模擬戦のルールを説明していく。


「僕は非殺傷性の魔法をアキさんに当てたら勝ちです。 アキさんは僕に……どうしましょうか」


「俺はやるとは言っていない。 エルと戦うなんて出来るわけがないだろう」


「なら、これからは僕が戦います」


 会話になっていない。 エルの意見を押し通されているだけだ。

 普段のエルならば、こんな無茶苦茶はやらないが、今はエルの洗脳魔法によって攻撃性と積極性が非常に強くなっている状態だ。

 洗脳魔法は魔力が尽きれば解けるだろうが、エルの魔力量からすると消費量よりも自然回復量の方が遥かに高いだろう。


 つまり、受けるしかない状態になっている。 間違いなく勝てるだろうが、問題はエルと戦うことは出来ないことだ。


「エルと戦うことなんて、出来るわけがーー」


「なら、アキさんが僕の唇にちゅーをしたら、アキさんの勝ちです」


「やるからには全力を尽くす」


 まんまと口車に乗せられた気がするが、エルに負けるわけがないので、言わばエルにキスをする権利を得ただけである。


 エルと共に屋敷を出て、近くの森の中に入る。 広く開いた場所を軽く探すが、手入れもされていない森の中に、そんなに都合のいい場所はあるわけがない。


 しばらく歩いてから、エルが口を開いた。


「ここでいいですか?」


「ああ」


 エルとの戦い。 いや、正確にはエルにキスを出来る状況。

 エルの言葉に頷いて、エルを見据える。 少し離れ、20mほどの距離を取る。


 戦いの合図を知らせるように、エルは魔法を発動させた。


「ーーいきます!!」


 目の前に現れた、土の壁。 それを荒鋼で穿ち、高みへと朽ちゆく刃の四式でエルとの距離を詰める。

 エルの身体を抱き寄せて、右手でエルの顎を少し上げさせ、ゆっくりと口を近づけた。


「んぅ、あぅ……」


 勝負は決した。 ゆっくりと唇を離すと、エルは悔しそうに、嬉しそうに俺を見て、大きな声で言った。


「んぅ、もう一回です!」


「あ、いいのか?」


 もう一度、エルの顎を少し上げさせて、顔を近づける。 歩きにくい森の中を歩いたからか、ほんの少し薄く汗の匂いがしていて、それがやけに扇情的に感じる。

 急いでした先ほどとは違い、エルの唇の柔らかさ、暖かさ、形もよく分かって、すごく気持ちがいい。


「あぅ……あ、あの、もう一回……」


 エルがとろんと、惚けさせた目で俺に甘えるように言う。 洗脳魔法で積極性が増しているのだろうが……普段もこのように喜んでいるのかと思うと、余計に多幸感が押し寄せる。


「ーーって、違います! もう一回は、決闘をです!

危ないです。 アキさんに騙されるところでした」


「あ、そっちか」


 どちらにせよ、やることはほとんど変わらないと思うが、エルは戦意と期待を秘めた目を俺に向ける。

 何度やっても、負けることはないだろう。

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