不殺の剣で、人を斬る方法を身に付けた②
投げた短剣は、グラウに当たるもののみが剣で斬られる。
木剣では斬ることが出来ないほど硬質なはずである俺の短剣がまるで発泡スチロールか何かのように容易に斬り裂かれていく姿を見て、意識が遠のくような感覚がする。
レベルが上がった俺の能力は鉄より硬く、それだけでなく弾性も十分にある。
正しく武器としては最高峰にあるそれが、子供のおもちゃの木刀よりも貧弱な腐りかけの木剣で斬り裂かれていくのだ。
アキと相対した時もそうだったが、あまりにも理不尽。
剣の極み、限りなく高みにいる最強の剣技……だが、それでも、その剣技は朽ちている。
「リアナ、合わせろ! レイは足元から崩せ!」
指示を行いながら剣を引き抜く。 リアナに使いやすい程度の長さにした剣を虚空から引き抜いた物を、後ろに投げる。 駆けると同時に虚空から大剣を引き抜き、両手に握った大剣を横に振り切る。
急に大剣が軽くなったことから斬られたことを知り、大きく震えた地面から逃れるように飛び上がる。 レイの魔法が発動される。
グラウの足元が割れて、地割れが地の底に男を飲み込もうとするが、既にグラウはそこにはいなかった。
首筋に鉄を押し付けられるような不快な感覚。 大きく横に跳ね飛びながら、短剣をバラ撒く。
リアナがグラウに向かって飛びかかり、それを援護するようにレイの土の矢がグラウの足元へと襲う。
嫌な直感を信じて、追い打ちをかけるように短剣を投げながらグラウへと疾走する。 俺の刃がグラウに届くよりも前に、土煙のみを残してグラウが消える。
速い、早い、疾すぎる。 分かってはいたが、戦闘員三人が束になったところで、容易に勝てるような相手ではない。
眼を細めて、グラウの姿を注視する。
能力が発動し、グラウの長所を盗み見るが……。
「……長所が、見えない?」
仲間として一緒にいた、以前のときには長所は見えていた。 単純な運動神経に、他を圧倒的に引き離した異常なまでの技量と精神力。
その全てが、グラウから失われていた。
ーー高みへと朽ちゆく刃。 高みへと朽ちゆく刃。 高みへと朽ちゆく刃。 高みへと朽ちゆく刃。高みへと朽ちゆく刃。
グラウの振るう剣は、全てが高みへと朽ちゆく刃であり、普通の斬撃は行われない。
移動も同じように瞬間移動じみた高みへと朽ちゆく刃での移動以外には、モタつくような素人のような足運び。
高みへと朽ちゆく刃。 その一つの技のみが先行していて、それ以外の全てが疎かになっているようだ。
おかしい、おかしい。 グラウはこんなにも弱くはないはずで、高みへと朽ちゆく刃はこれほどまでに強くないはずだ。
知っている男とは違う者と戦っているかのような違和感。 ある種、武人としての畏敬の念を抱いていたからこそ、強い不快感が全身に走る。
「何でそんなに……弱くなっている!」
攻撃が斬られるのならば、斬られるよりも多く攻撃を行う。 それこそが俺の得意であり、多人数いる俺たちの優位な部分である。
「レイ、連射! リアナは下がって機を伺え! ケトはリアナの治癒を任せる!」
指示をしながら前へと駆ける。 大量の短剣を手に持ち、投げる。 走る、投げる。 投げる走る。
俺が編み出した神技は、レイの土の矢の連射と合わさり、どうやっても防ぐことが出来ないほどの弾幕と化していく。
唯一の逃げ場は……。 長剣を引き抜き、何もない前に突き出す。
その後に手に痺れが走る。 目の前に白髪交じりの赤髪の男が現れて、血を吐き出した。
先に置いていた剣に、高みへと朽ちゆく刃による移動で突っ込んできたせいで、突き刺さったのだ。
完全に狙い通り。 狙い通りに、なってしまった。
「……何でだ、グラウ! 何でこんなにも弱くなった!!」
グラウは木剣を上に振り上げて、虚ろな瞳で俺を見据えた。
「俺は、高みへと朽ちゆく。 高みへと高みへと高みへと朽ちゆくのみだ」
死ぬーー! 高みへと朽ちゆく刃を放たれれば、その瞬間に俺は絶命するだろう。 死ねば、死ぬ。
「ーーッッ! ルフト!」
恐怖に駆られた俺は全ての魔力を放出して、そこら一帯を丸ごと吹き飛ばす。 鍛えられた目は全員が空にいるのを視認する。
「リアナ!」
「言われなくても!」
リアナが空中に幾つものシールドを張り巡らせ、吹き飛ばされて、無防備な姿のグラウの元に駆ける。
俺は短剣を引き抜き、投げつけた。
リアナの持った剣が根元から斬り裂かれーー狙い通りに、俺の投げた短剣が振り切られた後の木剣に命中し、その木剣を柄から破壊する。
「なかなか、やる」
グラウの呟きは、背後から発せられた魔法により潰される。
「堕ちろ! 神の鉄槌! 『レプリ=ハマ=ゴウツキ』!」
魔力が収束されたことにより、硬化された魔法がグラウに襲いいく。
素手による破壊は不可能、空中で動くことは困難な上に、レイの魔法は巨大にして強大。 仕留めた。
四人の全てがそう思った。
唯一、グラウ一人は特に焦る様子もなく、それでも悔しそうに見据えた。
「…………」
激しい戦闘中であるはずなのに、やけに静かな一瞬。
『刃は高みへと朽ちゆく』
男の声のみが、戦場に広がる。
グラウの身体から、魔力が発せられるような感覚はなく、瘴気が動かされているようにも見えない。 魔法を発生させているのではないことは分かり、だからこそ、男の言葉が不気味に感じる。
『頂きを目指せば空虚が広がり』
グラウへと一撃必殺の魔法が迫っているはずなのに、焦りも諦めも見せずにグラウの言葉は続いていく。
『背後を向くことすら許せずに
高みは何かと自問も出来ず』
瘴気魔法の詠唱ではない。 グラウのこれは何かに語りかけるような唄ではない。
『魂削れ、血肉は弱り、技を失い、意識は途絶え』
まるで呪詛、あるいは愛の告白。 反対の性質を持つ言葉が紡がれていく。
その姿はあまりに弱々しく、届かぬほどに高みにいるように見える。
『ただ空虚に朽ちゆくそれは』
空気の震えが力を持つように、ゆっくりと時間が流れていくよう。
『例えば天、人の生死、名誉や富のように
登り行けば行くほどに、届かぬことを知る』
『だからこそに高みを目指して
朽ちゆく全てを手放して
残った刃を握りしめ
振るう棒切れ、空虚だけれど』
グラウの頭髪から色素が抜け落ちるように白髪が増えていく。 グラウの燃えるような紅い目、左の瞳が白く色褪せていく。
『ああ、その一振りの名は』
グラウという人物が、人格が失せて、いなくなるのを感じる。 グラウの目には力がなく、身体から放たれているような覇気は最早見る影もない。
それでも、それだからこそ、恐ろしく。 最後の言葉を吐いてほしくはなかった。
止めてくれ。 などとグラウを想った言葉は届くことはなく、グラウの詠唱は終わる。
『高みへと朽ちゆく刃』
一応、グラウの詠唱全文
刃は高みへと朽ちゆく
頂きを目指せば空虚が広がり
背後を向くことすら許せずに
高みは何かと自問も出来ず
魂削れ、血肉は弱り、技を失い、意識は途絶え
ただ空虚に朽ちゆくそれは
例えば天、人の生死、名誉や富のように
登り行けば行くほどに、届かぬことを知る
だからこそに高みを目指して
朽ちゆく全てを手放して
残った刃を握りしめ
振るう棒切れ、空虚だけれど
ああ、その一振りの名は
高みへと朽ちゆく刃




