変わらぬ日々などないと知りつつ②
エルの無事が分かり、落ち着きを取り戻す。 椅子に座って月城の方に向くと、頬を掻いて苦笑していた。
「それで、引き止める方法は分かったのか?」
「今から聞くところです。
アキさんぐらい好きなものが分かりやすかったら……」
エルはそう言ってから顔を赤く染めあげる。
「ん、どうしたの? ……ああ、惚気か」
呆れたように月城は苦笑して、エルは恥ずかしそうに俯いた。 その姿は可愛いが、何故恥ずかしそうにしているのだろうか。
「いや、そんな僕、自意識過剰じゃないですよ……はい」
「そんな風には思ってないよ。 ただ、仲良くていいなってだけ」
「……父親、は無理だろう」
俺の言葉に月城が顔をうつむかせた。 エルが咎めるように俺の名前を呼んだが、月城は気にした様子もなく笑った。
「あれ、なんでバレたんだろ? 誰にも言ってないのに……」
「すみません。 どうにか成就出来ないかと……。 僕のために月城さんを引き止めることは出来ないかと、探ってしました」
写真を持っていて、よく見ている人物は一人しかいない。 そんな簡単な方法だが、月城は分からなかったらしい。
笑ってはいるが、余程、余裕がないのだろうか。 いや、反対か。 それを気にするほどに余裕がないわけではないらしい。
「そっか、エルたん賢いもんね。
……うん。 そうだよ。 ヴァイスさんのこと、好きなんだ」
月城の笑い方は少しだけ物悲しい。 無理して笑っているのではなく、本当に気にしていないように聞こえる。
「でも、まぁ仕方ないかなって思ってるよ。
歳離れてるし、住んでる世界違うし、身分も違うし、子供……アキくんとレイくんいるし、奥さんいたし……。
それに何より、奥さんの写真をジッと見てる姿にキュンキュンってきたからね」
月城の言葉はやけに嬉しそうで、腑に落ちない。 普通、好きな者と一緒になれなかったら嫌なものなんじゃないのだろうか。
エルの手を握ってみると、月城は笑う。
「アキくんは分かりやすいよね。 ヴァイスさんも分かりやすいんだよ。
ずっとずーっと、好きな気持ちが変わらないのが分かってさ、ああ、いいなってね」
月城は嬉しそうに笑う。 好きな人の話をすることが出来て、本当に嬉しそうに。
「辛くはないんですか?」
「辛いから逃げるんだけどね」
それでも月城は嬉しそうだ。
「死んでもずーっと好きでい続けるって、素敵じゃないかな?」
「何事も変わらないのが一番だよ」。 以前月城が言っていた言葉を思い出した。
だから、というわけではないだろうが、不変の愛情を持っている父親に心惹かれるものがあるのだろう。
それは俺やレイに向けられることはなかったが。
「素敵だとは思いますけど……」
言葉は悪いが、横恋慕する月城からしたらたまったものじゃないのだろうか。
「よかったね、アキくん。 素敵だってさ」
「……おう」
言われて、自分のことが言われていることに気が付いた。 素敵、エルの口からその言葉を思い出せば、思わず頬を緩めてしまう。
「それで……どうにかして、留まってもらえませんか?
その、ただの……ワガママなんですけど、いないと寂しくて」
「いや、かな。 ロマンチックで大好きで見ていて嬉しいんだけど、それでも悲しいものは悲しいし、辛いものは辛いから、逃げたいの。
……エルたんが止めるなら、ここに残るけどね」
エルの頼みが止まる。
「ズルい、言い方です」
「分かってて言ってるよ、ごめんね」
「あの、その、ごめんなさい」
二人が沈黙しあって、月城が俺の表情を伺いながらエルの手に手を付けた。 少し不快だが、怒りを飲み込む。
「エルたんはさ、偉いと思うよ。
見知らぬ世界に一人で投げ出されて、アキくんと一緒に旅をして、頑張って世界を救おうとしたんだよね」
「僕はただ、アキさんの荷物になってただけです。 ずっとおんぶにだっこで……本当に」
確かにずっとおんぶしながら移動していたし、寝るときは抱きながら寝ていたな。
「なんでエルたんは、そんなに頑張れたの?」
「僕は、何も出来ないのに偉そうに言ってただけですよ。 頑張ったのはアキさんだけです」
「もっと楽な道もあったと思うんだ」
「楽な道は、選びました。 もう戦うのは諦めました」
「でも、それでも抗ってる」
エルは言い負かされたように言葉に詰まって、月城の目を見ないようにして言った。
「抗っているのは、世界を平和とかじゃないんです。
確かに今でこそみんな幸せになってほしいとか、アキさんの暮らしている世界だからとか、勇者の使命とか、ありますけど、始めは……ただ、今日は帰りたくなかっただけなんです」
夕が暮れてきて、室内も薄赤くなってくる。 エルは申し訳なさそうに俺を見たあと、俺の手を強く握った。
「大好きなお母さんに、樹って呼ばれるのが辛かったんです。
僕はお母さんが大好きなのに、お母さんが好きなのは、僕ではなくて、樹って人なんですよ。 お母さんの笑顔が僕に向けられる度に、お母さんが僕に優しくする度に。
お母さんを騙していて、樹って人からお母さんの愛をかすめ取るようで……卑怯で、ズルくて」
エルは時々、こんな言葉を言っていた。
「だから、今日は帰りたくないんです」
いつか何かの本で読んだか、誰かから聞いたのかは分からないが、年頃の少女が甘えるような色気付いた言葉。
それはエルの口から出されたことで違った意味を持つように感じる。 言葉通りの逃避。
「お母さんの愛情は僕じゃない誰かに注がれているのに。
アキさんの愛情はひたすら僕だけに向けられているんですよ。 嬉しいです。
それでアキさんは、なんでも僕の言葉を全部ぜーんぶ、聞いてくれるんです。 その上、僕のことを褒めてくれますし、何もしてなくても好感度が上がっていくんです。
調子に乗っていたら、いつの間にか……本当に世界を救うために動いていたんです」
エルは怯えるように俺を見ながら、手に黒い靄を纏わせて、繋いでいる手から、腕を伝わせるように俺の頭に向かって黒い靄がやってくる。
俺の魔力を放出すると、エルの魔力と勝手に混ざり合い、エルの魔法を飲み込むようにシールドが発生する。
「エルたんは、偽悪なだけだよ。
そりゃあ、こんな美形に好き好き言われてたら嬉しくなるだろうけど。 でも、頑張ってたのは事実だよ」
「僕は、アキさんや月城さんが思っているような人じゃないです。
頑張ってなんかいないです。
今日は帰りたくないだけで、ただ逃げていたんです。
偉くもなければ、良くもないです」
「偉いよ。 それでも人を幸せにしてる。 この国で、魔物がこれ以上発生しないようにしたんだよね。
どれだけの人が救われるんだろ」
「その分、魔物退治の仕事がなくなって、飢える人が出ます」
「いや、魔物の被害が減ったら、流通が盛んになるから、仕事も増えるし食いっぱぐれる人も減るよ」
エルはそれでも否定する。
「人は算数じゃないですから、僕のせいで不幸になる人がいることには変わりはないですよ」
エルの手からまた闇の靄が俺の頭に向かう。
「無茶苦茶だな。 エルはいいことをしていて、いい子だ。
その上に、優しい」
魔力を混ぜ合わせて、エルの魔法をシールドに変化させる。
「そうそう。 それで、エルたんが頑張っている理由は分かったんだけどさ。
帰るついでに、エルたんの手助けをしたいんだ。
エルたんが本当にいい子だって分かったから」
エルの手から洗脳の黒い靄が溢れ出し、俺の頭に向かって腕を這う。 俺はその魔法をシールドに変換させることで発動を止める。
「いい子なんかじゃ」
「いい子だよ。 それでね、そんないい子なエルたんにプレゼント」
月城の手から光が溢れ出して、エルの身体に流れ込む。
「月城! 何を!」
「悪いことじゃないよ、多分、エルたんが欲しくて欲しくてたまらないものだと思う」
呆然としているエルは、月城の方を向く。
月城は光が終わったらすぐに手を離して、笑みを浮かべた。
「本当に、帰っちゃうんですね」
「うん。 返品は受け付けないからね。 それ、捨ててもいいけど」
月城は俺を見て、笑いかける。
「感謝してよ?」
何にだろうか。 そもそも、あの光の正体が分からず、一人だけ置いていかれている。




