変わらぬ日々などないと知りつつ①
年若い男の使用人は俺の姿を見て、少しだけ表情を和らげる。
「あ、ルト坊ちゃん。 どうかしましたか?」
やけに馴れ馴れしいな。 と考えていると、そう言えばだいぶ前からこんな奴がいたような気がする。
「月城という、使用人擬きの黒髪の奴がを知っているよな」
「あっ、はい、知ってますよ。 月城ちゃん、あの綺麗な長い黒髪の美人さんですよね。 仲良くさせていただいていますよ」
美人さん。 という言葉に後ろを向くが、肩にも届いていないぐらいに切られていて、あまり長くはない。
俺の知らない第三人物のようだ。
「いや、そいつじゃないな」
「あってますよ……。 アキさん」
美人さん……美人さん? 美人って何だったっけ。 容姿の整っている人のことだったはずだが……。 そう言えば、整っているのか。
「月城ちゃんがどうかしたんですか?」
「……大したことじゃないんだが、おかしな様子をしていたりしなかったか?」
「おかしな様子ですか?」
使用人の男は俺の言葉を聞いて、考えるような素振りをするが、何も思い浮かばなかったのか首を横に振る。
「いや、特に変わった様子はなかったですね。
それにしても、奥さんの前で他の女性の話とは、やりますね坊ちゃん。 いつの間にかあんな小さかった坊ちゃんが……」
「俺はエル以外には興味はないぞ。 今は必要があるから聞いただけだ。
あと、この問いや話を月城に言うなよ」
「分かりました。 内密にしておきます」
使用人の男はそう言って、俺の方を見て少し笑う。 俺にはこの男は見覚えぐらいしかないが、この男からしたら違うらしい。
「ああ、最後に……写真を撮ろうかと思っているんだが、いい写真屋を知らないか?
俺はそういった写真を見たことがない、写真を持っていたら少し見せてくれないか?」
「申し訳ないですけど、知らないな。 所詮使用人ですからね、お金がかかるようなものは」
「いや、いい。 ありがとう」
「坊ちゃんがお礼!? あっ、すみません」
「別にいいが」
まるで俺が礼の一つもしないような奴かのように言われたが、事実だったので否定もせずに、エルの手を引いてその場を去る。
二人目の若い男も違うらしく、少し面倒になってきた。
「んー、最後の一人か……エルではないようだしな」
「女の子同士ですからね……。
アキさんでもなさそうですよね、写真を見ているところを見たことないですし。
というか、写真って高いんですね」
「それはそうだろ。 手間も暇もかかる。 それは異世界でも変わらないと思うが」
「いえ、日本だと一秒に20連写ぐらい余裕でしたよ」
「……日本の人間は化け物なのか?」
少し恐れを抱き始める。 そういえば、ロトが普通の学生だとか言っていたような……。 背中に嫌な汗が流れる。
そんな修羅の国でエルは生きてきたのか。 共に向かう時は、覚悟をしなければならないか。
「写真らお金持ちしか撮れなくて、ずっと写真を見ているような人で、月城さんと関わりがある人ですか」
エルが俺の顔をジッと見る。
「……分かりましたけど。 無理っぽいです」
エルに付いて歩いて着いたのは、父親の部屋の前である。 中では暇を持て余しているだろう父親がいることだろう。
それで父親以外は誰もいないはずだ。
無言でノックをしてから、扉を潜った。
味気ない、生活感のない、置かれたものがほとんどない殺風景な部屋の中で、父親は写真を眺めていた。
「ルト……アキレアか」
写真立てごと持ち上げていた腕を机の上に置く、カタンと、軽い音が聞こえる。
あまり感情を感じさせない紅い目が俺を見て、エルを見た。
「何か用か?」
「……いや、何の用もない。 邪魔したな」
また扉を潜って部屋の外に出た。
死んだ母親の映っている写真を見ている父親は、顔を顰めさせている。 あれのことを好きになるやつなどいるのだろうか。
結局、母親もグラウのことを好いていたらしいので、月城ぐらいのものになるのか。 物好きなやつである。
「まぁ、アキさんに少し似てますからね」
「どんな理屈だ」
月城の想い人が分かり、一歩前進したかと思うと落とし穴に嵌められたような気分だ。
父親の性格を考えると、再婚してなどということは考えられない。
「仕方ないですね」
「そうだな」
「違う方法を探しましょうか」
諦める気はさらさらないらしい。 作戦会議と、結局まだ取れていない疲れを取るために部屋に戻る。
エルとベッドに寝転がると、疲れがドッと溢れてくるようだ。 父親と話すと秒単位でも酷く疲労してしまう。
「恋の成就、は難しそうですね。 洗脳はダメですし」
「いや、いいんじゃないか? 父親だぞ」
「いいわけないですよ。
んぅ、別のアプローチ…….。 月城さんが好きなもので、あっちの世界にないものって、何かないでしょうか」
エルはそう言いながらも眠たそうに目を擦る。 エルも長い旅で疲れてきているのだろう。
軽く手をエルの髪に絡ませて、引くようにして撫でると、ゆっくりとエルの目が閉じられていく。
「あ、き……さん」
「こんだけ眠たい中で考えても、何も思いつかないだろう。 とりあえず、少し寝て、また後で考えよう。
おやすみ、エル」
エルからの返事はなく、小さな寝息だけが部屋に残った。 いつもエルの寝息を聞きながら寝ているからか、その息の音を聞くと、釣られるように眠気が増していく。
子守唄に近いそれに抗うことが出来ず、抗う必要もないので、目を閉じる。
すぐに意識が途切れて、睡眠につく。
◆◆◆◆◆◆
寒い。 ベッドの中で布団を掛けて寝ていたはずなのに、酷く寒くて目が醒める。
温まろうとエルの身体を探すが見つからない。 飛び起きて、部屋を見回すがエルは見つからない。
「エル! エル、どこにいる!?」
部屋から飛び出て、首をひたすらに動かしながら走る。
「エルー! エルー!!どこだ! 大丈夫か!?」
「奥様なら先程月城様の方に」
「分かった、ありがとう!」
そのまま廊下を突っ走って月城の部屋の前ににたどり着く。 ノックをするのも時間がかかるので、扉を開けて、中に飛び込む。
エルの姿が見えて、抱きしめて安心する。
「良かった、いてくれて……」
「どうしたんですか? 怖い夢でも見てしまいましたか?」
エルが背伸びをして、俺の頭を撫でる。
「起きたら、エルがいなかった」
「いひひ、甘えんぼさんですね。
でも、ノックもなしに勝手に入っちゃダメですからね! 月城さんも、僕も着替えてるかもしれないのに。 その時は鍵を閉めてますけど、一応、気をつけてください」
めっ、と、エルが俺の額をペチリと叩く。 子供のようなエルに子供扱いされるのは少し不思議な感覚だけど、まぁ仕方ないぢろう。
「本当に驚くから、部屋から出て行くなら起こしてからにしてくれ」
「……心配しすぎですよ。 旅とは違って、ここは安全ですよ?」
「いや、三輪がいるだろ」
あのエルを狙ってるクソ下衆野郎がいる限り、エルが一人で屋敷の中を歩き回るのは不安が残る。
「いや、三輪くんなら、街の宿に泊まってるよ。 今も多分街中を散策しているかな」
「あ、そうなのか」
それならそれほど危険はないか。 無駄に焦りすぎたらしい。
最近はずっと寝ても醒めてもエルがいたから、視界にエルがいないのは驚きであった。
「それで、月城のところで何をしていたんだ?」
その質問にエルは誇らしげに答えた。
「僕はですね、アキさんより早く起きて、寝顔をツンツンしながら思いついたんですよ」
月城は苦笑しながらエルを見た。
「僕が考えてもら分からないんだったら、直接月城さんに引き止める方法を聞けばいいんだって!」
……エルは頭がいいけど、ちょっと天然なのかもしれない。




