お家に帰ろう⑥
幾つかのことをエルと月城は伝えあい、意見を交換していく。 粗方エルの知っている事が尽きた頃に、月城は冷めた紅茶を口に含んで喉を動かした。
「私ね、お家に帰ろうかと考えているんだ」
「……え、あの、お家ってここじゃないですよね」
月城は頷いて、やけに静かになった部屋に、カップを置く音がよく聞こえた。
一息、二息。 不思議なぐらい静かになったら部屋の中で、俺は尋ねる。
「どうしてだ?」
「学校の勉強を忘れちゃいそう」
エルが分かりやすくガクッと頭を下げる。
「えと、僕が教えましょうか? 授業で出た範囲なら全部覚えていますけど……」
「いや、冗談冗談。 流石にそんな理由じゃないよ」
エルと俺の二人を交互に見て、ため息を吐いた。
「もし、好きな人に……振られちゃったらどうする?
エルたんならアキくんに、アキくんならエルたんに」
月城の言葉を聞き、エルに嫌われることを想像する。
「監禁するな」
「洗脳します。 アキさんといないと、耐えられないので」
月城は俺たちの答えを聞いて笑う。 嘲笑うのではなく、その反対に羨ましそうに見ている。
「私ね、告白も出来ずに諦めたんだ。
その人が、女の人の写真をずーっと見てて、悔しそうに手を握りしめててさ」
月城は俺の顔を見つめる。
「私はここにいても役には立てないから、しばらくしたらお家に帰るよ。 その前に、エルたんに色んな服を作って置くけどさ」
「そんなこと……」
「ごめん。 でもエルたんは、私のために人の心を弄ったり出来ないでしょ?」
エルはその言葉に俯く。 エルは優しい人だが、変に平等にしようとしている。
俺を除いて、出来る限りどの人間にも同じように優しく、仲良くはしても特別扱いの贔屓をしないように。
「でも……いえ、その…………はい」
「エルたんのそういうところ、いいことだと思うよ。 アキくんを洗脳しようとするのはちょっと引くけど」
月城が残った紅茶を飲み終わり、お盆の上に片付けていく。 話すことはなく、説得は無駄だと言うかのように。
「……月城さん」
「一応、三輪くんとエルたん達のことも心配だし、一ヶ月ぐらいは残るつもりだよ。
エルたんとは今生の別れになるわけでもないし。 ーーいや、アキくんともまた会うことになるのかな? 惜しむほどのことでもないよ」
「晩御飯何処で食べる?」といつもの様子に戻った月城に、エルは困惑した様子で「月城さんに合わせます」と返した。
他人が決めたことに口出しをするつもりはないが、エルの悲しむ顔は見たくない。
使用人の姿をしている少女を引き止めることに決めた。
期間は一ヶ月、容易にどうにかなるだろう。
「アキさん」
「任しておけ、なんとかしてみせる」
軽く身体をほぐして、速く動けるようにする。
「……いえ、監禁しろって意味じゃないですよ」
「えっ」
「……するのは、僕だけにしてください。
正攻法で引き止めようと思います」
エルの言葉に少し心を惹かれながら、正攻法というのを考える。 実力行使以上の正攻法というものは思い浮かばないが、何をするのだろうか。
「普通に、月城さんの好きな人を見つけて、月城さんとくっ付けちゃえばいいんですよ。 それならこの世界にいるのが辛いとかはなくなりますし、この世界にいたい理由も増えます。 それに加えて月城さんも幸せになれる、最高の結果なわけです」
なるほど、エルは賢いな。 エルの頭を撫でて褒めると、エルは目を細めて気持ちよさそうに俺に身体を押し付ける。
柔らかい良い匂いに脳を焼かれるかのような感覚を覚えながら、月城と関わりのある人物を考える。
「月城と関わりのある奴だよな」
「ん、一目惚れとかではなさそうですからね。
行動範囲が狭いので、関わりある人物を探っていけば分かるかもです」
月城の行動範囲は、かなり狭い。 それは月城の変化を嫌うという性格から来ることで、それが離れていた数ヶ月で変容しているとは思い難い。
つまり、俺たちが考えられる範囲に想い人がいる可能性が高いということである。
月城が好きな人物……。
「まさか、エルか!?」
「……いや、ないでしょう」
月城の交友関係の中で最も魅力的な人物を考えたらエルになったが、エルが違うというのならば違うだろう。
「ここに住んでいる人か……月城さんがよく行くお店の人か、ぐらいですね。
お店の人も少しですし、男の使用人の方は少なめなので、一人一人当たっていってみますか」
「分かった。 早速調査に移行しよう」
体調の不調も、エルと引っ付いていると良くなってきたので、早速といった具合に部屋から出て、一人一人聞いていくことにした。
「……ところで、男の使用人って何人いるんだろうか」
「……そこからですか。 いや、まぁ……そうですね」
近くの女性の使用人に聞いてみると、どうやら三人いるらしい。 今いるのは二人らしいので、その二人から聞くことにする。
「お仕事のお邪魔をして、申し訳ないです」
「いえ、掃除怠かったんで、むしろありがたいっすね」
そのまま使用人に連れられて、男の使用人、調理を担当しているらしい人のところにきた。
後ろにいるエルを背中にピタリとくっ付けて、料理人に話を聞くことにする。 エルはまだよく知らない男に対する苦手意識があるのか、今回はあまり頼ることが出来なさそうだ。
「ちょっといいか?」
「あっ、はい。 何でしょう?」
調理器具の片付けをしている年配の料理人をキッチンの外から呼びかける。 急いでやってくる料理人に早速本題を尋ねる。
「月城って、使用人擬きの黒髪の奴がいるだろ?
あいつのことどう思う?」
直接的に聞くと、後ろのエルに突かれる。 どうやら聞き方を間違えたらしい。
「月城さんですか……。
よく分からない方だと……。 ヴァイス様のお客人であるのに、あのような格好で、私達にも気兼ねなく接してこられていて、正直なところ妙な方だと。
あっ、悪い意味じゃないですよ」
「嫁にするにはどうだ?」
エルに後ろから叩かれる。 痛い。
「えっ……?」
「いや、間違えだ。
余命はどうだ?」
「さあ、余命は……私は所詮、料理人でしかないので……。
まだお若いようですから、長生きされるのではないでしょうか」
……これ、なんて聞けば月城の好いている人かどうかが分かるのだろうか。
迷っていると、エルが俺の後ろからひょこりと顔を出して、少しおどおどとしながらではあるが、勇気を出して言った。
「普段から、写真を持ち歩いたり、写真を見ることはありますか?」
ああ、そう言えば写真がどうこうで諦めたとか言っていたな。 流石エルである、賢い。 あとかわいい。
「いえ、写真といった高級なものは、持っておりませんが、どうかしましたか?」
「いや、大したことじゃない気にするな」
どうやらこの男ではないらしい。 まぁ、父親の少し上ぐらいの結構な年配の方のようだし、年齢的にこの人物ではないと思っていたが。
いや、多少年齢差があってもおかしくはないか。
軽く礼を言ったあと、まだ残っていた女の使用人にもう一人の男の使用人の元に連れていってもらう。
「ルト様と、お嬢さんは何をしているんです?」
「……ちょっと気になることがありまして。
えと、掃除ですけど、僕がしましょうか? 能力……いえ、魔法みたいなのですぐに出来るので」
「気になることですか。
あっ、掃除はいいっすよ。 そんなのしてたら、職を失ってしまうかもしれませんからね。 面倒っすけど」
具体的に月城の思いを言いふらすのは、非常に性格の悪いことであり、月城に嫌がられそうなので黙ってごまかす。
二人目の男の使用人は、年配の料理人とは違い、まだ年若いように見える。
それでも20を超えていて、結構な歳上には見えるが。 まぁ、見た目的には俺とエルよりかは、普通のように見えそうではあるか。




