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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第七章:君に弱いと認められた幸福
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お家に帰ろう④


 ベッドに倒れ込むと、久々の柔らかさに驚きながらも、力が抜けてそのまま身体が沈み込む。

 非常に心地良いのだが、半身が足りないような感覚が生まれたので、エルの手を引いてベッドに引きずり込んだ。


「疲れた……」


 無駄に気張った。 いや、無駄にではないか、命に直結するような事態である。

 今まで、なんだかんだと言っても女性的な姿をしていない……子供にしか見えないエルを狙うような人物は俺だけで、他の人は可愛がろうとすることはあっても口説いたり、自分の物にしようとすることはなかった。

 だが、あの三輪という男は違った。

 あからさまにエルに好意を抱いていて、隙あらば俺から奪おうとするようにすら見える。


 エルはその好意に気がつく様子も、三輪に好意的に接することもなく、本当に「顔見知り」と接する程度の状態だったので、奪われる心配はなさそうだが、それでも一抹の不安から殺害したくなるのも仕方のないことだろう。


 だが、相手は異常な「能力」の使い手である勇者の中でも上位にいる「国付きの勇者」だ。

 魔力も凡、運動能力も高そうには思えなかったが、不明だが強力であることは分かっている能力を相手に、武器もなしに挑んで勝てるとは思えない。

 ロトのような少し役に立つ程度の能力だったら、俺のエルの首筋をジロジロと見ているときに殺していたのに。


 三輪は実力行使をしてくるようには見えなかった、俺に甘えるエルを見て諦めたように見えたが、それでも不安なものは不安で、不快なものは不快である。


 強くエルの身体を抱き締めると、エルは苦しそうに息を吐いて、力を緩めると俺の頭を撫でた。


「さっきから、どうしたんですか? 怖い顔をしていますが……」


 エルに怖いと言われた。 出会った当初から感じていた恐怖に、血の気が引いていくのを感じる。

 怖がられたらどうしよう。 それであの男に奪われたら……そう考えると頭の中が真白になる。


「アキさん、アキさん、アキさん。 ……大丈夫ですか? 顔が真っ青ですけど……何かの病気では……」


 まだエルは俺の胸の中にいてくれた。 その事実が最悪の想像から引き戻してくれる。 今の想像のようになるぐらいだったら、世界が滅びた方が遥かにマシだ。


「大丈夫ーー」


「じゃないですよね?

……月城さんとお話しをする約束だったんですが、ちょっと断ってきますね。 病気だった場合、お医者さんに診てもらわないと……。 治癒魔法とまじない術も掛けて」


 そう言って出て行こうとするエルの手を掴む。


「すぐに戻ってきますよ。 断る戻ってくるまで2分もかからないぐらいです」


 エルがそう言うが、今はそれすら恐ろしくて堪らない。


「……嫌だ」


 思わず発してしまった子供のような言葉にエルは困ったように笑った。 立ちかけていた身体を再び座らせて、俺の頭を撫でた。


「仕方のない人ですね、アキさんは」


 それも自覚しているため、言い返すことも出来ずに俯いた。

 エルは俺の頭を優しく撫でて微笑んだ。


「大丈夫ですよ。 僕がアキさんから離れるなんてありませんから」


 言い聞かせるような言葉に頷いて、倒れていた体制を起こして、ベッドから降りる。


「俺も行く。 離れたくない」


 少し前なら着替えやトイレの時ぐらいはなんとか我慢出来たが、今はたった一瞬でも離れるのが恐ろしくて堪らない。 どうしようもなく身体が震える。

 三輪を殺せばこの恐怖から逃れられるだろうか。 エルに怖がられるかもしれない、怒られるかもしれない、負けてエルを取られるかもしれない。


「仕方のない人です」


 手を繋ぎながら廊下に出て、月城の泊まっているーー暮らしている部屋に向かう。

 もはや客人とすら言い難いほど、この屋敷に馴染んででいる。


 戸をノックすると、先程も見ていた使用人の服を着ている月城が出てきた。


「相変わらず仲良しだね」


「はい。 その、アキさんが少し体調が悪いみたいなので、ちょっとお部屋で一緒にいたいので」


「ん、分かった。 お話しならいつでも出来るしね。

何か後で持っていこうか?

というか、調子が悪いなら寝ていたらいいのに」


「僕とどうしても離れたくないらしくて……。

大丈夫です。 ありがとうございます」


 月城に俺も礼を言った後に、すぐに部屋に戻る。 少しだけ強引にエルをベッドの上に寝かして、その横に寝転がる。


「頻繁に浄化してるのでウイルスとか、微生物とかじゃないですよね。 お酒も飲んでいませんし、疲れも治癒魔法と体力回復魔法で……。 アレルギーとかでしょうか?」


 色々と考察しているエルの身体を抱き締める。


「ごめん。 すごく不安になっただけで、体は全然大丈夫だ」


「こんなに青ざめているのを大丈夫という人はいませんよ。

何が不安なんですか? 刃人の王の魔物ですか?」


 首を横に振る。


「エルが奪われるかもしれないと、怖くなった」


 そう言うと、エルはキョトンとした表情になって、俺の顔を見て首を傾げる。


「僕が? えと、確かに月城さんとは仲良くしていますけど、そういった関係ではないですよ? お友達ではありますが」


 エルはあれだけジロジロと見られても気が付いていないらしい。 エルは自分のことを魅力のないちんちくりんと評していて、自分の圧倒的な魅力に気が付いていないせいで、よく分かっていないようだ。


「違う。 あの三輪って奴だ。

エルのことをジロジロと……!」


「そんなことないと思いますよ? 僕は見ての通り、こんな小さくて女性らしくないですし、顔も子供っぽいですから」


「いや、見てた。 下から上までエルを」


「……んぅ、目が紅くなってますし、魔物化が気になったんじゃないですか?」


 俺は首を横に振ってからエルを抱き締める。


「いひひ、心配しすぎですよ。

僕はアキさんがどーんなものよりも大好きなんです」


「……おう」


 ほんの少し落ち着きを取り戻す。冷静になって考えてみれば、エルが俺を捨てることなんてあり得ないよな。

 よかった。 と溢して、手を回していたエルの身体をベタベタと触る。


「んぅ、そんな風に触るのは止めてください。 そういうのは好きじゃないです」


 くすぐったそうに身を捩り、俺の身体をベタベタと触り返してくる。 少しだけくすぐったいが、それも心地がいい。


「いひひ、アキさんの匂いがします」


 俺なのだから、俺の匂いがするのは当然だろう。 俺の鼻腔にもエルの匂いが入り込み、深く落ち着く。


「アキさんの匂いのする芳香剤とか香水とか発売されたらいいのに……。 それを付けてるだけで落ち着くような気がしますよ」


 エルから俺の匂いがするのを想像して、少し顔を歪めていると、扉がノックされ、開かれた。


「エルたん、アキくん、紅茶淹れて来たけど飲む? 身体を冷やし……あっ、ごめんお取り込み中だった」


「ち、違いますよ! ちょっと熱がないかとか、見てただけです」


「抱き合いながら?」


「う…………見なかったことにしてください」


 そう言ってから、エルは俺の手を引きながらベッドから降りた。 俺も同じように降りて、月城が紅茶を並べている机に向かう。


「だいぶ、顔色も良くなってるね。 雪も降ってて寒かったから、身体を冷やしちゃったの?

それで暖めてたとか?」


「え、あ、はい。 そういうことですね」


「違うのか。 ……お邪魔してごめんね」


「いえ、そんなことないですよ。 わざわざ、ありがとうございます」


 月城は俺とエルの繋いでいる手を見て少し笑ってから、エルの瞳を見た。

 エルはその視線に気が付いて、まぶたの上から軽く触れる。


「おそらく、でしかないんですが」


 だいぶ前に出来た仮説を月城に話していく。

 月城はそれを聞くと、少し不安そうだった顔を戻していく。

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