お家に帰ろう③
三輪はコップに口を付けて、それを傾かせて水を口に含んだ。
俺も同じようにコップに手をつけると、結露した水が手に付着して少し冷たい。
「俺がこの世界に来てから、だいたい半年ぐらいか。
こうして考えてみると、たった半年で二人と再会出来たのは奇跡に近いな。世界は広いというのに」
エルの顔を見たあと、三輪はため息を吐き出して語る。
「俺達5人と1匹が、黒い手に引き込まれて、この世界にやってきた。
目が覚めた場所は、戦場だった」
「戦場、ですか」
「ああ、戦場。 戦をしている真っ最中に現れて、神に与えられた能力と……情けない話だが、運で生き残った。
国の奴らは俺のことを予言やらなんやらで知っていたらしく、どちらにも汲み出来ずにやられるという最悪の事態はなかったが、初陣は敗走だった。
始めから勝ち目のない戦いだった。 いや、俺がちゃんと敵を殺せていたら敗走とは行かずに済んだかもしれないな」
エルは表情を歪め、同情するように三輪を見た。
「それからも否応なしに巻き込まれたが、俺は戦うことは出来なかった。 こちらの世界での初めての友達が死んで、俺が敵を殺さなかった分、自軍の方が死んでいったことに気が付いてからは戦うことが出来るようになった。
敗戦が続き、時々勝って、それでも戦況は変わらずに、敵も味方もポンポンと死んでいった。
そんな時に、奴が現れた」
「……奴ですか?」
「刃人の王。 周りの奴らはそう呼んでいたが、正式な名前は分からない。 どうも、伽話の化け物らしい。
一振りの刃を携えた人型の魔物で、とにかく速く、強い。 その上、攻撃を当てても喰らいはしないような異常な魔物だ」
戦争、人死に。 おそらく戦争のせいで瘴気が異常に発生して、それによって生まれた、あるいは強化された魔物だろう。
「強い魔物か……私は魔物自体見たことないんだけど、大変だったらしいね」
「倒せたのか?」
俺が尋ねると顔を歪ませてから答えた。
「無理だった。 いや、そもそも刃人の王と相対すること自体が不可能だな。 ……その伽話を知らないのか?」
「アキさんは、この世界の人ですけど、ちょっと常識がないので……」
呆れたように溜息を吐いてから説明を始める。
「伽話によっては魔王と同じ存在とされていることもある、強い魔物だ。
単純に剣の腕が凄まじいもので、大群で弓矢で撃ち続けても当たったのは数発だったな。 そしてそれも食らったようには見えなかった。
何より厄介なのは……斬られた人間が魔物になる」
「……魔王?」
「いや、大昔の話だと同一視されてるだけで、多分別物。 復活の時期もあってないしな」
魔王が見つかったのならば、なんとか倒してエルも役目を終えて、平和な世界でゆっくりと過ごせるかと思ったが、それは不可能らしい。
「それ自体は都合が良かった」
三輪は目を細めて、過去を睨むように呟く。
「おかげで、あの国から逃げることが出来た」
そう言ったあと、三輪はコップに手を伸ばし、軽く掴む。 怒りを隠すではなく飲み込むような表情に嫌な感覚が湧き出る。
「その後は、隣国のここにきて、うろちょろ魔物を借りながら生きてたら、他の勇者の情報を聞いて、やってきてみたら月城と再会出来たって感じだよ」
エルが「大変でしたね」と同情するように言い、息をゆっくりと吐き出した。
「まぁ、なんだかんだで能力が強力だったから、それほど大変でもなかったよ」
三輪はそう言ってから笑う。 次は、と月城の方を向いたので、月城が今までのことを話し始める。
「まぁ、もう知ってると思うけど、人付きの勇者ってことでヴァイスさんのところに召喚されて、そのままあのお屋敷でお世話になって今に至る、って感じかな。
二人と違って、旅をしたりはしてないの」
月城は少しだけ言い難そうに言ってから、エルの方を向く。
エルは話す前にコップに口を付けて、口の中を潤わせる。
「んぅ、僕も月城さんとあまり変わりはないですかね。
付きなしの勇者としてここにきて、始めは草原でこの街にまでなんとか歩いてたどり着いた後、行き倒れているところをアキさんに拾われて、仲良くしていただき、旅をしたり、こっちでゆっくりしたりしました。
最近は、草原の物を拾って売ったり、僕の能力で作れる……魔物の発生を抑える石を国中にばら撒いていました」
「くそ、俺が拾っていれば……!」
三輪の言葉に苛ついていると、料理が運ばれてきたのでそれを受け取り、月城が食べ始めたのをきっかけに食べ始める。
「いただきます」
エルの言葉が聞こえ、三輪が顔を綻ばせる。
「その能力で作った石ってどんな物なんだ?」
「えと、僕の能力は神聖浄化といって、汚れを消すことが出来る能力なんですけど。 その能力で、魔物の材料になる瘴気って物を消すことが出来るんです。 あまりに濃いと難しいですが。
それを魔法の一種であるまじない術と組み合わせて、石に込めることで、壊れない限りおそらく半永久的に僕の能力が稼働させ続けることが出来ます。
石である必要はないんですけど、以前も街全体とか、大きな壁全体とかに掛けましたから」
「魔物の材料?」
「はい、瘴気は紅い気体っぽいもので……人によって見えたり見えなかったりするんですけど」
三輪は思い当たることがあったのか、顔を歪ませながら言った。
「人が死んだら出るあれか?」
「はい。 ……人が亡くなると、発生します」
三輪は料理を食べていた手を止めて、息を吐き出した。
「見たことはあるよ、何千回とな。 そのせいであんな化け物が生まれたらしい」
後悔するように言ったが、それでも納得がいかないのか頭を掻き毟っている。
「……人を殺せば化け物が生まれるか。 そんな中で、人は争ってんのかよ。 馬鹿らしい」
「そうだな。 魔物や人の争いがなければいいのに」
俺は三輪の言葉に同意する。 そんなものがなければ、俺はエルとひたすら一緒に過ごしたり、小さな家でエルとキスをしたりしながら過ごすことが出来たというのに。
非常に人間の愚かさに苛々としながら、料理を頬張る。
「なので、この国では他の国からやってきた、あるいは元々いる魔物だけになって、新しく発生することはないと思われます」
「えっ、じゃあこの国で魔物狩りで生計立てるのは難しくなってくんの?」
「……はい、申し訳ないですけど」
「いや、雨夜はいいことをしてるんだから謝る必要はないけどさ。
どうしよ、せっかく二人と再会出来たのに金を稼ぐ方法が……。 レベル上げもしたいのに」
「他国に行けよ」
「アキさん、意地悪言うのは……」
「いや、そうした方がいいかもしれないな」
三輪はエルを一目見てから溜息を吐き出した。
「一応、勇者の中でもかなり戦える方だろうしな……そういうのをサボるわけにも」
「ん、レベル上げでしたら……魔物が狙っているアイテムがあるので、それのあるところにいけば、効率良くなると思います。
今はアキさんの親戚のお家にあるんですが」
「そんな便利なものがあるのか?」
「便利……竜とか、巨人とかも寄ってきますよ?」
「戦ったことはないけど、多分いけるよ。 俺はそこそこ強いしな」
以前襲われた国付きの勇者を思い出す。 あれほど強力な能力を持っていたとすると、それも可能かもしれない。
「早く行けよ」
「……お前に言われると腹が立つな」
三輪が俺を睨み、俺も三輪を睨み返す。 エルがオロオロとしながら俺の手を握り、月城は少し面白そうに俺たちを見た。
こいつは、嫌いだ。




