お家に帰ろう①
金がなくなった。
エルと二人で、出会った当初と同じような生活をしていたのだが……。 ギルドはあの勇者のせいで危険かもしれないので利用出来ず、それ以外の職は時間の拘束があるので、エリクシルの石をばら撒くことが出来なくなってしまうために就くことが出来なかった。
もうばら撒く必要もなくなったので、普通に働こうと思ったのだが。
「僕は世界のために頑張ってるのに……! 世界は僕に意地悪ばかりです!」
とりあえずエルと一緒に職を探してはいるものの、エルと離れることなく働けるような仕事はどの街に行っても見つかることはなかった。
子供にしか見えないエルが働ける場所が少ないのも大きいが。
一人で「ーー力が、欲しいか?」と呟いているエルを横目に見ながら、硬いベッドに寝転がる。
宿屋は以外に金が掛かる。 最安の宿とは言えど、金の減ってきた今、泊まることが出来るのは今日が最後だろう。
安いパンの欠片を齧って、エルの方を向く。
「どうしよう」
「……お金が……でも、アキさんと少しの間でも離れるのは嫌です。
二人で働けるような場所もないです。 アキさんが戦うのも嫌です」
だよなあ、と溜息を吐き出す。 エルと片時でも離れると不安すぎてまともに動けなくなるので離れるのは論外として、働く場所がない。
「この国に魔物が発生しないようにしたのに、この国は僕達に冷たいです。
……そりゃ、知らないからでしょうけど」
ああ、エルを撫でながら出来る職はないものか、と考えていると思い出した。
「あ、ある。 エルと引っ付きながらでも出来る仕事」
「あるんですか! やったです!
どんなのですか?」
俺の数少ない特技を活かした職。 というか仕事。
「本の翻訳なら、出来ると思う」
「翻訳……あ、そう言えばアキさんは28言語を扱えるんでしたね……。 あれ、アキさんってすごく頭がいいんですか?」
「話したり聞いたりは出来ない。 読み書きなら出来るだけで。 それに、エルも同じことが出来るんだろう」
「出来ますけど、アキさんのをコピー? してるだけですから、褒められたものではないですよ」
エルは「それにしても」と続ける。
軽くエルの身体を抱き寄せる。 いつものように柔らかいようないい匂いが鼻腔に広がり、エルに見えないように頬を緩ませてしまう。
「どうやって勉強したんですか?
辞書とかないですよね」
「魔法の本を買うだろ。 その本の中で最も多く使われている言葉は「魔力」だ。
そんな感じに魔法書に出てくる頻度の高い単語を集めていって、当てはめる。 それから魔力のような高頻度で出てくる単語の前後に繋がりのある言葉の法則性を見つけて文法を理解して、あとは少しずつ単語を解読していけば、知らない言語でも読むことが出来る」
エルが俺の顔を見て、小さな手を俺の額に押し付ける。
「熱はないぞ」
「……アキさんって実はものすごく頭がいいんですか?」
「そんなことはないが」
「ですよね……。 でも、頑張り屋さんだから出来るんでしょうね」
エルに習っている途中の掛け算は未だに出来ないが、そういうことにしておこう。
いい子いい子、とエルは俺の頭を撫でる。 普通ならば屈辱的なはずなのに、思わず頰が緩みきり、その心地の良さに浸ってしまう。
「……あ、もう止めるのか」
「甘えん坊ですね。
いひひ、今日ぐらいは甘えてもいいですけど」
エルの優しさに浸り、背中きら抱きしめて、エルの細く柔らかい髪に顔をうずめる。
「家に戻るか。 翻訳をするにも、本や場所は必要だしな」
「あっ、この体勢で話されるとものすごくこそばったいです。
アキさんのご実家ですか、そろそろ月城さんにも会いたいですし、一度戻ってもいいかもしれませんね」
エルの白く細い首筋を撫でると、エルは「ん……」と声を出して身を捩る。
「意地悪は止めてくださいよ」
「悪い。 かわいくて、我慢出来なくなった」
安宿で居心地は悪いが、正直なところ、あまり嫌いではない。 エルを拾って連れ込んだのもここのような安い宿で、思い出もあるが、一番はエルと遠慮なく身体を寄せ合えることだろう。
ベットが一つしかないのもあるが、もう冬になったこの季節では隙間風が寒く、寝てる間は抱き合いながらではないとひどく冷えるのだ。 普段は恥ずかしがっているエルも、こういった理由があると、それを言い訳にするように身体を寄せてきてくれる。
今も俺に身体を預けて朗らかに笑っている。
「アキさんのご実家に行ったら、今度こそ夫婦っぽいことしたいですね。
いひひ、夫婦になったのに、ずっと旅でしたもんね」
「そうだな。 エルとゆっくりと過ごせるのはいいな」
エリクシルの石をばら撒くというやれる事も終わり、あとはゆっくりとエルと過ごすだけだ。
魔王の脅威も、魔物が発生することが減り、瘴気によって魔物を操ることも難しくなったこの国では大したことはないだろう。
他の国のことは、他の勇者がなんとかしてくれることを期待しておけばいいか。 魔力が勿体無いのでエリクシルの石を溜め込むぐらいはしていてもいいかもしれないが。
「ここからなら、来週には帰れますね」
「寒いから、野宿用に厚い布がいるな」
「それは僕の魔法でどうにかなりますよ。 ……買うお金もないですし」
魔法でどうにかなるなら、今日引っ付く理由がなくなる。 敢えて言う必要もない。 エルも俺と同じ意見なのか、気まずそうにしてから俺の手を握る。
「突っ込んだら、負けですからね」
もはや何も言うまい。 俺も嬉しいし。
◆◆◆◆◆
雪の降る中、その雪を蹴り飛ばすように走り抜けて、久しぶりの実家に戻ってきた。
当然のように父親は在宅なのか、屋敷の中に魔力があるのを感じる。 他の人の魔力は父親の魔力に紛れて感じ辛いが、月城も変わらずにいるようだ。
「懐かしいですね。 ん、と……とりあえず入ってもいいですか?」
「ああ、行くか」
エルを背から降ろして、門をくぐって中に入る。
まだ屋敷の中に入ってもいないのに、ほんの少しだけ暖かい。 随分と屋敷の中を暖かくしているらしい。
扉を開けると、驚いたような顔をした使用人が俺に挨拶をするが、面倒なので父親に帰ってきたことを伝えてくれと頼んだ後に自室に戻る。
「アキさん、お義父さんと、月城さんにも挨拶しにいきましょうよ」
正直なところ、エルを抱きしめて寝たいんだが、それを許してくれそうにないので諦めて部屋から出て、父親と月城のいる部屋に向かう。
「……あれ? 月城さんとお義父さんが一緒にいますね」
「そうだな」
俺の頼みで帰宅を報告した使用人が部屋から出てきたので、それと入れ替わりに中に入る。
「ルトか」
「ああ」
それだけ言うと、エルが緊張したような声で挨拶と泊まりたい旨を伝え、父親は興味なさそうに頷いた。
月城は驚きながらエルの瞳を見つめる。
「カラコン……じゃないよね」
「あ、これは……後で説明します。 多分想像はついていると思いますけど」
「まぁ、分かるけど、後で説明してね。
とりあえず、おかえりなさい」
「えと、ただいま? です」
月城がエルの頬を触ろうとしたので、触れないようにエルを下がらせる。
「アキくんもおひさしぶりだね。
こんなに時間かかって、何をしてたの?」
「この国を救っていた」
「あっ、そうなの、ならしかたないか。 お疲れ様。
色々話したいこともあるから、ちょっとこっちにきてー」
旅が終わったばかりで疲れているのに、月城は扉を開けて廊下に出て行った。
なんか、俺やレイより父親と仲良くやってそうである。




