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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第七章:君に弱いと認められた幸福
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幼い罪を忘れぬように②

 強い不快感。

 人を殺したのだから当然である。 だが、殺したのは一瞬であって日本に戻るはずだ。

 攻撃してきたこいつが悪い。

 そんな理屈により、息が荒ぶるだけで終わる。


 地面に叩きつけられた人の身体が跳ねて、血を辺りに撒き散らかす。 全身が血塗れになり、赤く染まる風の魔法で吹き飛ばすが、その血がこびりついて剥がれない感覚に陥る。

 見た目だけではなく、その脂かがヤケに生温く残る。


 草原に滲み出る血の溜まりを避けるように後退り、息を吐き出そうとするが、その息が詰まり、酷い熱さを足に感じる。


「いッ……てぇ……」


 透明な何かが足や靴を貫通して、下の地面を見ることが出来る。 ぼとぼとと血が溢れる様子に顔を顰めながらも、罪悪感に囚われていた思考がマシになる。

 殺しても能力が解けないのか。 随分と厄介だな、と思ったが、魔法で飛んで移動すれば問題はないか。 魔力の消費は激しくなるが。


 いや、放置するのも危険かもしれないな。 他の人が通った時に、怪我をするかもしれない。

 それに死体を放置するのも気分が悪いか。 火葬は不可能だが、野ざらしではなく埋めるぐらいはしておこう。


 血が流れ出ている足を引きずりながら、短剣を踏まないように気をつけて摺り足気味に死体へと近寄る。

 死んだら日本に戻るはずなのに、死体はそのままなのか。 考えたくもないが、エルちゃんの死体が残ったりしたら、アキは発狂しそうだ。


 ほんの少し女神の言葉に不信感を抱きながら手探りで死体を触り、先ほど土を吹き飛ばした場所に運ぼうとする。 髪を掴んでいて、ぬるりと血で髪が滑って運びにくい。 なんとか運び終えて埋めようとする。


「あれ?」


 乱雑に引っ張ったせいで手についている、死体から抜けた髪の毛を見て異常に気が付く。


「髪が、金色……」


 根元まで金の髪を見て、頭から血の気が失せていくのを感じる。 もう日本からここにきて、何ヶ月も経っている。

 金髪に染めていたとしても根元に近いところは黒いだろう。

 偶々日本にいた外国人やハーフやら何やらで髪が金色なのかもしれないが……。 神に返されるはずの透明化が消えていないことや、死体が残っていることから考えられる事実は、こいつは勇者ではない。


 喉の奥から生酸っぱい液体が溢れて、無理矢理に飲み込もうとすると気管に入り込んで噎せる。 不快な臭いがするものが見えない死体に降りかかる。


 人を殺した。

 勇者ではないということは、もうこいつは死んでいて、蘇ることはあり得ない。

 死体にこれ以上かからないように身体の向きを変えて蹲る。 胃液がなくなるまで吐き散らかして、周りの土を風の魔法で集めて土葬する。


 気分が悪いが、この人間が勇者ではない以上、周囲に敵がいることはおそらく間違いがない。 それも一人とは限らない。

 気がついて良かったのか、少なくともこいつが能力により透明にされた現地人であることに気がついて良かった。 気分は悪いが。


 とりあえず、肩と足を治療するには、治癒魔法を扱えるのはケトだけなのでなんとか俺を置いていった馬車まで追いつく必要がある。

 引き返してくるというのは考え難いんだよな。 あいつらの俺に対する過信は以上だ。 確かにあの中なら俺が一番強いが、それでも俺より強い奴はもっとザラにいるというのに。


 風の魔法「ルフト」で加速し移動して合流するか、あるいは勇者を見つけて倒すか。

 空を見上げると、雲一つなく(・・・・・)いい天気である。

 雨が降ってきて行動不能に陥るということはなさそうだが、雨で敵の透明な姿がよく見えるということも期待出来ない。


 敵の能力からして補足はほぼ不可能。 レイがいれば魔法で辺り一帯を吹き飛ばすことも出来ることだし、追いつく方が賢明か。


 服を千切り、出血を抑えるために足を縛ってから足を庇うようにして立ち上がる。

 敵は何人いるのかは不明。 油断すれは気付かぬ間に切り殺されたり、罠によって殺されたりする可能性もある。

 人は息をするので、警戒していれば幾らでも対処出来るが問題は罠か。 草が凹んでいたりと分かりやすい場合もあるかもしれないが、おそらく巧妙に隠すだろう。

 多少魔力を無駄遣いしても飛んでいくのが一番か。


「ルフト」


 一言唱えると全身を覆うように風の鎧が巻き起こり、ゆっくりと身体を浮かせる。 不慣れだが、重心の移動と魔力の操作により身体を地面から1メートルほど離したあと、馬車の向かっていった方向に飛ぶ。


 飛んですぐに、風切り音。

 咄嗟に引き抜いた短剣を振るうと手に衝撃がかかる。 短剣に両断された矢が、半分は透明ではなくなって落ちていく。

 どうやら、透明化は透明化されている本体から欠けた矢や漏れ出た血などは効果が切れて可視化するらしい。 そして本体に着いている土煙や衣服、血液は透明。


 敵の能力の全貌が明らかになってきたが、顔にはより皺が寄ってくる。

 厄介だ、あまりにも。


「俺もこんな糞能力じゃなくて、透明化の能力だったらな」


 風呂とか覗けたのに。 とりあえず、リアナに殴られるところまで想像できた。

 やはりそういうのは良くないと、結論づけてから、矢の飛んできた方向に向かって短剣を幾つか投擲する。


 当たらないにしても、少しの反応を期待していたがそれもない。 それに、先ほどのことを考えると矢を放った奴が勇者とは思えないか。

 人殺しをしたことを思い出して吐き出しそうになるが、腹の中には何もなかったので吐き出さずに済む。


 不意に、頰に水滴が付く。 涙を流しているつもりはないが……。 軽く拭うと拭った手と頰に熱さを感じる。


「なんだ、これは」


 ほんの少しの水滴だったはずなのに、熱い、熱い、焼ける。 手の皮膚が赤くなり、爛れているのを見る。

 ポツリ、ポツリと空から水滴が降ってきていることに気がつく。


「天気雨か……?」


 いや、天気雨、ではない。 徐々に雨が降り注ぎ、下にある草が焦げるように枯れていく。

 炭化している。 つまりはこれは水ではなく、硫酸。

 それが辺り一帯に降り注いでいる。


 雲一つない空から……。


「まさか……!」


 雲一つない。 ではなく、本当は空の上に雨雲があったとしたら。

 雨雲を「透明化」させたのか。


「ふざけんな!」


 だとしても、透明化には水を硫酸に変える力なんてあるわけがない、水から魔力を感じないので、もう一つ別の能力であることが分かる。


「なんで俺が、他の奴に襲われてんだよ!」


 悪態を吐くが意味もない。 人と敵対するような行動は取っていないはずだし、そもそも出会った勇者はエルちゃんを初めにアキレアの家にいた月城と他に数人程度で、透明化の能力も水を硫酸に変える能力を持った奴もいなかった。腹に仕込んでいた絵本を広げて頭の上に乗せて傘代わりにする。


 どうやっても破損しない絵本は硫酸を弾いているが、それでも身体には当たっていく。 服が溶けて、全身が焼かれているのを感じる。


 痛い。 ふざけんな。 風で弾くのも一時凌ぎにしかならない。 馬車に追いつくにしても、この攻撃を耐えて移動出来るか。 不可能だ。

 馬車の方はレイの魔法で人への被害は防げていると思われるので心配はいらないが、問題はこっちか。


 どうやって乗り切る。

 またしてもやってきた矢を切り裂き、飛んできた方向を睨む。


 明らかにこの攻撃の効果範囲に入っていて、隠れるために魔力を消費しているために、魔法で防ぐことも不可能。


「ふっざけんなぁ!! 人の命をなんだと思ってんだよ!!」


 聞こえているかも分からない、敵対している勇者に怒鳴る。 怒りが、焼けている皮膚よりも強く熱くなり、身体の奥が燃えるように感じる。


 こんな必要があるかないかも不明な捨て駒なんて許されるとは思えない。 と言うか許せない。


 矢の飛んできた、呻き声のする方向に飛ぶ。

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