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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第七章:君に弱いと認められた幸福
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幼き罪を忘れぬように①

 ロトはこの世界にやってきた当初よりかは幾分か太くなった腕を振るい上げる。

 能力により生み出された短剣は、その鋸刃の形状により荒々しい切断痕を生み出し鮮血を上に吐き散らす。


 その魔物、ゴブリンの長所は高い生命力。 生命ではない癖に、と軽く嘲りながら魔物の首に短剣を突き刺した。


「凄いですね」


 媚びるように言ったケトの言葉を無視して周りを見渡し、何もいないことを確認し終えてから振り返った。


「……いや、この程度の相手だったらどうにでもなる。

アキレアだったら、十体相手にしても今のより早い」


 アキレアと比べる必要はない。 速度はアキレアが尤も得意としていることであり自分はそれを得意としていない。 そんなことは分かっているがロトはそれを認めることは出来ない。


 ならば、自分は「何を得意としていて何が出来る」人間なんだ。

 そんな問いには答えなど出る訳がなかった。


 ロトはもう一度、短剣を振るう。 世辞にもアキレアより速いとは言えず、ケトは黙り込んだ。


 その答えは随分前から分かっていたことだった。

 ロトの最も得意としているのは剣術であることは、遥か前から自覚していた。

 認めることは出来なかった。 最も得意としている「剣術」が友人の、好敵手のアキレアに酷く劣り、相手にもならないことは。

 かと言って、他の何かに逃げようとしても、その道には既に上がいる。

 魔法だと、レイほど威力のある魔法も、エルのような多様且つ特殊な魔法が使えるわけではない。


「それにしても、なかなかレベルが上がらないな」


「前々から気になってたんですけど。

レベルアップって、どういうものなんですか?」


 レイがロトに尋ねる。


「勇者が神に与えられた能力の成長みたいな?

とりあえず、魔物を殺すと経験値ってのが増える。 瘴気魔法を潰しても多少は増えるけど。

それがある程度溜まるとレベルアップして、スキルポイントがもらえて、スキルポイントを割り振ることで能力を強化できる感じ」


「経験値?」


 幾つも理解できない言葉はあったが、特にその言葉が不可解に思えた。

 経験、知識とも言い換えることが出来るかもしれない、それによって何故強化されるのか。 あるいは何故それを手に入れることが出来るのか。

 その疑問に当然のようにロトは頷く。


「それはお前には分からないだろうな。 俺にも分からないからな」


 この世界だから使える魔法にも、ある程度の法則性がある。 魔の法則がなかった世界からやってきたロトには理解し難い理屈が多くあったが、それでも無茶苦茶であると感じながらも法則性がある。


 だが、勇者に与えられた「能力」にはそれがなく、正しく異質な力だ。 神の力と言い換えることが容易に出来るほどに、理不尽なものだ。

 ロトも能力を使っているからこそ、その異常性には気が着いている。


 そんな異質の中で「魔物を倒せばレベルアップする」「スキルポイントを割り振る」と嫌に分かりやすい理屈が組み込まれていて、感じていた異質さを覆い隠す。


「分かっているのは、神様パワーってことなんだけど」


「神様、ですか」


 レイは信心深いわけではないが、アキレアのように興味がないわけではないために聞き返す。


「別嬪さんの女の人だったな。

なんか優しそうで、お嫁さんにしたい感じだった」


「美人さんかー、いいですね。

胸はどうでした?」


「そこそこだったな。 どっちかと言うと大きめかな」


「リアナさんぐらいですか?」


「だいたいそれぐらいだな。 揉むならあれぐらいが……って、アダッ」


 鈍い音を響かせながら、ロトは馬車の上から転がり落ちる。 隣で座っていたレイは引き攣った笑みを浮かべながら、馬車から転落して景色と同じように後ろに流れていくロトを見る。


「あはは……。 リアナさんってお綺麗ですよね」


「世辞はいらない。

お前は殴ると倒れそうだからやるつもりはない」


「まぁ、魔法使いですしね」


 少し不服そうに言ってから、レイは軽く笑った。


「戻ってきませんね」


「戻ってこないな」


 リアナも笑った。

 それから数時間、ロトは馬車に戻ってくることはなかった。


 リアナに殴られて馬車から転落、草原に落ちてから、ロトはゆっくりと立ち上がった。 急いで追いかけようかと思ったけれど、違和感を覚えて立ち止まった。


 周りを見渡しても何もなく、アキレアに教わった魔力感知を用いても反応は掴めないが、匂う、聞こえる。

 人の息遣いが、鉄臭い血錆びの匂いが、身体の神経に警笛を鳴らすように響く。


 頭では理解しきれていない。 それでも理解は後回しに、ロトはその場から飛び退いた。


「……ッ!」


 避けられなかった。 いや、一撃で仕留められるのは防いだと自賛でもすべきか。

 左肩から流れ出る血を認識した後に遅れてやってくる焼けるような痛みに表情を歪ませながらロトは虚空を睨み付けた。


 ロトの睨む場には何も存在していないが、ロトの眼にはしっかりと映っていた。


 ーー人がいる。


 ロトが地面を蹴った際に巻き上がった砂埃。 草原ゆえにほとんど巻き上がることはなかったが、常人には視認出来ないほどの微細な砂の粒子が落ちる際に不自然な動きをしている。


 左肩に出来た傷口に手を当てながらロトは飛び退いた。

 不自然に巻き起こる風が頬を過ぎていき、チリ、と髪の端を切り裂く。


 何が起こっているのかは分かった、だがロトには理解が出来なかった。


「ッ! ふざけんな!」


 肩を抑えていた手を自身の顔面に持っていき、血を舐めとるように口に含む。 くちゅ、と舐めとった血液と唾液を混ぜ合わせて、霧吹きのように吐き出す。


 赤色の霧は全面に飛散し、透明な人影をあぶり出す。 ロトは地を蹴り、風の魔法により速度を高めながら透明な人影に向かって蹴りを放つ。


 鈍い感覚が脚に染み込み、血に滲んだ肩の痛みに現実味を与える。

 敵は地面に倒れたために人の形に草がひしゃげていて、丸見えになっているが、ロトは追撃をしない。


「勇者がなんで俺に攻撃してきてんだよ!」


 肩に痛みを感じる肉体と混乱する感情の中で、思考だけはヤケに速やかに「透明人間」と戦う術を導き出す。


「答えろよ。 魔力もなしに、姿を消せるのは能力ぐらいのもんだろうが。 魔法はそんなに便利なものではないことぐらい分かってんだろ」


 能力はおそらく透明化。 あの程度の蹴りを防げなかったということは体術には優れておらず、魔法は魔力がないために使用は出来ないだろう。

 尤も、魔力がないから使えないということは、元々あるはずの魔力を消費しているということで魔法についてはある程度は知っていると考えた方が自然だろう。


「…………」


 答えは返ってこない。

 つまりは問答無用の敵対者である。


 ロトの思考は自身では嫌になるほど冷静に働き、敵を勇者を日本人を殺すだけの覚悟を決める。


「どうせ日本に戻るだけなんだ。 恨むなよ」


 左足を振り上げて、草の生えた地面に叩きつける。 靴の踵が地面に刺さり、そこから圧縮されていた空気が解放されて周りの土ごと弾け飛ぶ。


 先ほどの血霧と同じように透明人間の姿をあぶり出し、そこへと駆ける。

 敵は遅い。 直線的で、鈍く、見えなくとも分かりやすい。

 透明人間の振るった刃がロトの身体にたどり着く寸前に刃が虚空から引き出される。


 虚空から火花が散り、金属がぶつかり合う音が鳴る。 ロトは火花に一瞥をくれることもなく敵の首を掴み、力任せに空に投げる。


 ーー殺せるか、人を、人間を、それも日本人を。

 無理だ、無理だ、無理だ、無理だ。ーー

 そんな思考は、 ロトの投げた短剣が突き刺さり、人の血が降り注いでから行われた。



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