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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第七章:君に弱いと認められた幸福
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君が変わりたいと望んでも②

 王都、というだけはある。

 幾つかの街を経由し、その中には大きく発展している街もあったが、これほど大きく育った街は初めてみる。


 大きく、道の一つを取っても整備されている。 街並みも美しく並べられていて、他の街にはあったような薄汚ない路地裏も見当たらない。

 そして、何よりも人が多い。 それ故に……だろうか。


「瘴気が濃いな」


 どろりと濁ったような空気。 吸った空気に血の匂いが混じっているように感じ、無駄に身体の調子が良くなる。

 人が増えたら当然、死ぬ人間も増える。 だからだろうか。

 濁った空気が心地よい。


「大丈夫ですか?」


「ああ、むしろ調子が良くなるぐらいだ。 頭の中に響く声は鬱陶しいが」


 エルは小さく息を吐いてから、足をトン、と石畳の上にぶつけて軽快な音を鳴らした。

 神聖浄化が届く現在の範囲、約50mの空間をエルと俺を中心に瘴気の汚染を晴らしていく。


 少しだけクリアになった視界に、人は気が付かずに動いていく。


「他の人には見えないんですね……。 気がついていなかったですけど」


「らしいな。 いや、そもそも……俺も見えていなかったからな。

何か条件があるのか?」


 瘴気を視認出来る人物は分かっている限り、エル、俺、ロト、父親、ホブゴブリンの男。 勇者と魔物だったら視認出来るのか?

 いや、おそらく月城は見えていない。 瘴気のないあの家に篭っていたとはいえ、少しは外出しているはずだ、


「アキさん。 とりあえず、宿を取りましょうか。 もう日が暮れます」


「そう……だな」


 俺が考えたところで理解出来るとは思えない。 頭脳労働はロトにでもさせておけばいい、あと、その他諸々もあいつに任せたい。


 逸れないように手を繋ぎ、宿を探す。 宿街なのか、無駄な照明が道中で点灯している。 看板には分かりやすく値段が書かれていて、店に入る前に判断しやすい。


「あっ、あそこ安いですね。

泊まりであの値段って、というか、休憩ってあるんですね」


「王都だからな、今もそうだが、夜でも照明でそこそこ明るい、店も開いている。 わざわざ夜に泊まって寝る必要がないんじゃないか?」


「なるほどです。 ぱっと見、綺麗ですし、ここにしますか?

僕、もう少し疲れてしまいました。

食事とかつくんでしょうか?」


「この値段だったら素泊まりだろ、王都は物価が高いと聞くしな」


 素泊まりだったとしてもそこそこ安い。 中に入ってみる。 外観と同じく無駄に華美だが、汚ないというわけではないので問題なさそうだ。


「泊まりたいんだが」


「えと……」


 受付の人物は俺とエルを見てから少しだけ表情を顰めてから、頷いた。


「どの部屋にしますか?」


「部屋、選べるのか……。 同じ値段なんだよな」


 値段が書かれていないので訪ねてみると、頷かれる。

 壁紙やベッドの模様や色が少しだけ違うらしいが、別にどれでもいいだろう。 落ち着かなさそうな色は嫌だが。


「ん、どれでもいいんじゃないですか? じゃあ、この普通の部屋でいいです」


「えっ、あっはい。 ごゆっくりどうぞ」


 部屋の鍵を渡されて、その鍵の番号を見てそこに向かう。 普通、迷わないように案内してくれることが多いが、ここはしてくれないらしい。

 そこまでしてもらわなくても迷ったりはしないのでどうでもいいが、こういうところで人件費を削っているからこれだけの安さになるのだろうか。


 部屋に入る。 書いてあった通りの部屋で、とりあえずベッドに腰を下ろす。


 腹も減っているので袋から保存の利く干し肉やら干した野菜やらを取り出し、齧ろうとすると、エルがベッドに溢れないようにした方がいいと言ったので、ベッドから降りて、置いてあった椅子に向かう。

 先に座っていたエルの向かいに座り、机の上に保存食を置く。


「……ん、というか、一律でベッド一つだけなんですね。

一人部屋用なのでしょうか。 って……ん……ん?」


 一人部屋だとしたら、何故椅子が二つ。


「まあ、ミスとかじゃないか?」


「そ、そそそうですね。 はい」


 どうかしたのか。 顔を赤くしているので、熱でも出たのかもしれないと思い、エルの額に手を当てようと、机に乗り出して、手をエルに伸ばす。


「ん、その、アキさん。 今日は寝るとき、離れてくださいね」


「えっ……俺、何か変なことしたか? 嫌な匂いがするとかなら洗ってくるが……」


「そういうわけではないですけど……。 アキさんに伝えることの出来ない理由がたった今、生まれまして。

詮索しないでくれるとありがたいです」


 クンクンと自分で匂ってみるが、いつも通りエル臭しかしないいい香りである。

 ならば何の問題があるのか。 確かめようとするが、エルが涙目になっているので素直に諦める。


「分かった……おう、そうするよ」


「泣きそうな顔をしないでくださいよ。 アキさんが寝れるまで頭なでなでしてあげるので……」


 俺は子供か。 そう突っ込みたくなったが、エルを抱きしめながら寝れない以上、安心して寝れなくなってしまう。 そのための代案としては、エルに負担がかかること以外には問題ないと言えるだろう。


「それだと、エルが大変じゃないか?」


「アキさん、寝つきいいので問題ないです」


 エルが撫でてくれるのならば、寝るのを我慢してそれを感じていたいぐらいだ、少しだけなら無駄に起きていても大丈夫だろう。


 エルが部屋全体に浄化を施したあと、ベッドの中に入り込む。それで目を瞑ると、頭にエルの手が当たり、柔らかく上下する。


「おやすみなさい、アキさん」


「ああ、おやすみ」


 心地がよい。 その心地の良さに浸っていると、走りっぱなしだった疲れもあってか、必死の抵抗も虚しく三分と経たずに眠りに落ちてしまった。


◆◆◆◆◆


 心地の良い目覚めだ。 腕の中にいるエルの髪を撫でると、少しだけエルが身を俺に押し付ける。

 まだ眠たいのだろうか。 正直、エルとこのまま堕落するように眠りたいが、金銭が心許ないのでそういうわけにもいかない。 エルを起こさないように身体を起こして、ベッドが出る。


「アキさん、それはメロンソーダではなくて豪華客船ですよ……」


 エルは一体何を言っているのだろうか。可愛らしい寝言を聞いて、少し頰を緩ませながら俺は身体を伸ばしていく。

 エルが頭脳労働だとすると、俺は肉体労働だ。 俺が必要になるときはだいたい身体を動かすようなことなので、今のうちにほぐしておいた方がいい。


 一通り柔軟を終えた頃にエルも目を覚ます。まだ眠たいのか、エルは目をこすりながら言った。


「んぅ、おはようございます。 早いですね」


「いや、いつも通りだが」


 エルがいつもより少し遅いだけだ。 疲れが溜まっていたのだろうが、一週間も保たない金銭しかないので、ゆっくりと休ませてやれる余裕はなかった。


「……行きましょうか。 長々といたら、迷惑でしょうし」


 エルが自信と俺に浄化をしたあと、浄化で消し飛んだ指先の皮膚を治癒魔法で治療した。

 食料もなくなり、軽くなった荷物を背負って部屋から出る。

 受け付けの人物に金を渡して、外に出た。


「あー、とりあえずどうする? その国付きの奴に会いに行くか?」


「……会えたらいいんですけどね。

勇者です、さあ会いましょう、ってなるとは限らないんですよね。 今まで通りなら、すんなり会えそうですけど……。

勇者の数が多くなると、どうしても会う人は選別されますし」


 つまり、会うことも容易ではないのか。 今までのと違い、個人で活動している訳でもなさそうだもんな。


「……工房、ですかね……。 行くとしたら」

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