君が変わりたいと望んでも①
結婚式が終了して、そのまま式場で話し込む。
式中とやっていることに差はなかった。
「んー、やっぱり異世界間での結婚式って難しいですね」
「そうだね。 何かしらの宗教的な要素が混じるから、微妙に気を使うというか。こっちのは分からないし」
「俺は気にしないが」
月城は俺の言葉を否定するように首を横に振る。
「正直、一回しかいったことないのでよく分からないの」
「僕はいったことないですね。 ……多少憧れはあったので、少しは分かりますけど……。 適当にそういうことの真似事をするのは」
失礼か。 分からなくもないが、気にしすぎのようにも思える。
「まぁ、また落ち着いたら結婚式を挙げるか」
「そうですね。 んぅ、今度はレイさんや、リアナさん達も呼んで」
第二回結婚式というと微妙に嫌な響きだが、やることにしよう。
「やっぱりさ、王都ともなると、勇者も集まってるのかな?」
「そうですね、三輪くん達もいるかもしれないです。 人が多いところには、他の人も集まってくるでしょうし」
そんなに気になるなら着いて来ればいいのに、と思わなくもないが、月城の考えは正直なところよく分かっていないので何とも言い難い。
「んぅ……見つかったらいいですね。
ね、アキさん」
「ん? あぁ、そうだな」
正直、わざわざ探す気になれない。 暇が出来れば別だが、時間が出来たらエルといちゃいちゃしたいので暇が出来ることはないだろう。
とりあえず頷き、紅茶を飲む。
「まぁ、これがしばらく飲めなくなるのは残念だな」
「そうですね。 ……やっぱり行くのやめたいです……」
二人で溜息を吐き出す。
ここは心地が良い。 ずっとエルと二人でいても誰も文句を言わない。 強い魔物と戦う必要もない。
好きなことだけしていられる空間に長くいたいのは当然だろう。
だが、そういうわけにもいかないだろう。
菓子も一通り食べ終わり、紅茶を飲み終わるのも俺が最後だ。
「用意を買いに行くか」
紅茶のカップを置いて、軽く身体を伸ばしながらそう言った。
「はい。 ん、移動方法はどうしますか? やっぱり馬車ですか?」
「いや、俺が走る。 そっちの方が速いし、安いし、安全だ」
「本音は?」
「エルとひっつきたい」
「う、うん」
聞いておいてその態度は酷いのではないだろうか。
走って行くのならば、野宿することなく街から街に辿り着ける。 なので必要なものはそう多くはない。
昼飯用の保存食が少しと、雨が降った時にそれを凌げる外套ぐらいあれば充分だろう。 必要なものが出ればその近くの町で買えばいい。
三人で買いに行ったが、結局その二つだけを買って帰ってきた。 シノが来た時に渡してくれと月城に頼んで、金を渡す。
もう残りは心許ないほど少ないが、仕方ないだろう。
「では、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
エルと月城が部屋の前で寝る前のあいさつを交わして、月城が部屋の中に入るのを見てから、俺の部屋に戻る。
「アキさん」
人気のなくなった廊下で、エルは俺の名前を呼んだ。
「道中、戦うことになったら、僕が戦います」
「いや、無理だろ」
エルの身体能力の低さはよく分かっているつもりだ。 走りだと俺より20分の1ほどの速さしかないだろう。
本気で殴ったりしたら自身の手を痛めるだろうし、他の行動でも同様だ。
魔法だって、攻撃に成り得る魔法は不得意で……というか、魔力の性質上攻撃魔法は難しかったはずだ。
「いえ、僕も少しは成長しているんですよ。 ちょっと、窓の外に放つので見ていてくださいね」
エルはそう言ってから、手元に魔力を集中させる。 そして、それが視覚出来なくなる。
「闇属性、魔法」
エルが以前「怯えを消す」ために使っていた闇属性の洗脳魔法。 一時であるが人心を操り、誑かすとされているあまり好まれない魔法。
それを自身の頭にぶつけて、魔法を発動させた。
「行きます」
その声と共に、エルの目付きがほんの少しだけ変わる。 魔力の質すら、変化する。
「炎熱の線」
エルの指先から、火の魔法が生み出され、射出された。
空気を焼き切り、真っ直ぐに飛んでいく。
速い。 俺の走りよりも遥かに遅いような半端な魔法ではなく、俺の走りと同じぐらいの速度。
直接触れてもいないのに、チリチリと頬を熱されて、少しだけ目が乾く。
「エル……その魔法は」
俺が尋ねると、エルはいつもの笑みに戻って答えた。
「魔力の質が問題で攻撃魔法が放てなかったので、魔力の質を変えました。
魔力は性格に依存するらしいので、洗脳魔法で攻撃的に変えてみて……。 これで、僕でも戦えます!」
理屈は分かった。 理解した。
だが、それは……エルの思想を変貌させて行うことだ。 嫌な感覚、人心を操ることへの忌避感がにじり寄ってくるように感じる。
「それは、止めてくれ」
エルがそれだけの覚悟を決めてやっていることだとしても、俺はそれを認めることは出来ない。
「なんでですか」
ほんの少しだけ不満そうな目を俺に向ける。
「エルだって、俺が戦うのを嫌がるだろ」
「それは……そうですけど……」
理屈にはなっていないが、俺が嫌だから止めろと言って、エルの手を引いて部屋の中に入り込んだ。
開けっ放しの窓から入る風がやけに熱くて、少しだけ不快に感じた。
◆◆◆◆◆
旅立ち日和、この辺りは雨の天気は少ないので、大抵の場合はそうだが、今日は旅立つには悪くない日だ。 空は明るく、夏の割には涼しい。
街の端で、荷物に忘れがないかを確かめた後、エルを背負い、離れることがないように柔らかい紐でエルと俺を括り付ける。
「じゃあ、行ってきます」
「話では聞いていたけど、予想以上にシュールな姿に驚きを隠せないんだけど……」
「……言わないでくださいよ。 だいたい、もう二週間近くはアキさんの背中で過ごしてるんですからね?」
「もはや乗り物だね。 ……いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
「ああ」
エルが名残惜しそうにしているので、少し待っていると「行ってください」とエルは言った。
その言葉に頷き、走り出す。
徐々に加速してきた頃に、エルが魔法を発動させる。
「風除け、と、体力回復、です。
道や体力は僕がフォローしますから、好きに走ってください」
「ああ、分かった」
王都までの道のりは、俺もエルも成長した今となってはそれほど遠くはない。 半月ほど、街まで走って、街に着いては休んでを繰り返して、辿り着いた。




