悩みが尽きない幸せもある④
最近は、よく考える。 エルが望むように、俺は人らしく悩むようになった。
戦いのこと、金のこと、魔物のこと、俺のこと、エルのこと、ロト達のこと、昔とは違っていつも迷って悩んでばかりだ。
俺は結論を出すことも出来ずに過ごしている。
その中で、少しだけ気になることがまた出来た。
勇者についてだ。 異界から使命を持たされて召喚され、女神の力を分け与えられて、その力は勇者の精神性により変質する。
エルの「嫌悪」からは「汚染の浄化」の能力が生まれて、ロトの「嫉妬」からは「長所の把握」の能力が生まれる。
俺が知る中で唯一の人付きの勇者、月城。 今も横でエルと話している彼女の能力は「時間の停止」と、よく分からないが妙な性質のものだ。
そして、先程の「変わらない方がいい」という言葉。 まるで誰もがそう思っているかのように、月城は語っていた。
それが月城の性質なのだろうか。
下手な占いのような考え方だが、エルの言葉というだけでも信憑性がある。
変わらない方がいい。 口だけ友達と会いたいと言っていて、行動は起こさない。
自身に嘘を吐いているような歪な精神性に見えて、ほんの少しだけ表情を歪めてしまう。
「月城は……本当に俺たちが出て行くのは仕方ないと思っているのか?」
「ん? そりゃ仕方ないとは思っているよ。 必要なことだしね。 それで世界が滅びて……なんてなったら、笑い話にもならないもん」
こんな質問では確かめようがないか、世界は良くも悪くも絶対に変化するもので、色々とやる気があるように見えない月城はそれを止める努力をするような奴にも見えない。
自身の中に「停滞を望む」心境があったとしても、それを表層に出して駄々をこねるなんてこともないだろう。
「まぁ、寂しくはあるかな。 でも、ずっとずっと、アキくんとエルたんが仲良く出来てたら、それが一番だよ」
まるで聖人君子のような言葉に、エルが尊敬するような眼差しを向けた。 決して、そのような意図があるわけではないだろうが、俺たちをただ祝福しているように見える。
外聞と中身の違和感。 それに気がついたが、俺がどうにか出来るようなことではないのは確かで、どうにかする必要があることでもないだろう。
俺はエルの嫌悪ですらどうにも出来ないような無能なのだから。
しばらく歩いていると、月城が一つの店の前で立ち止まった。 それに釣られて俺たちも立ち止まって、その店を見た。
「ボロい外装、デカイ看板に「服飾店」とそのままの文字。 それに沢山の異国の文字」
月城がその店の外見を見て頷いた。
「うん、ここだね。 入ってみよっか」
随分特徴的な店だなと思いながら、扉を開けてエルを入らせた後に中に入り込む。
煌びやか、とも違うが、何処か世俗を感じさせないほど艶やかな色とりどりの服が陳列され、展示されていた。
「外とは随分違って」
「綺麗ですね」
服なんて分からないが、この店の服の色が美しいことだけは容易に分かった。 それも、見慣れたものとは違い布の織り方や染色の仕方、それに素材や染色料も何もかもが違う事が分かる。
美しいと、ただ思うだけでなく、その一つ一つが異国のように感じて、一歩歩く度に、一つ目線をずらす度にまるで一つの国を跨いだかのように、ガラリと服の様式が変わる。
「うーん、勉強になるね」
月城が飾られている服に顔を近づけながら言った。
勉強、何のだろうか。
「月城さんは、服飾関係のお仕事をしたいんですか?」
「いや、そんなつもりはないよ。 作ったりくるのは、ただの趣味なの」
「んぅ、せっかくすごいのに、ちょっともったいないてますね」
「……いや、すごくはないかな。
それに、仕事にするとどうしても色んな人に見られて評価されることになるし、今のままが一番楽しいの」
エルは月城の話に納得出来るところがあるのか、何度も頷く。
「決められた勉強や宿題には身が入らなくても、それ以外の勉強だったらやる気が起きるのと一緒ですね」
「……いや、学校の勉強は何にしても嫌だけどね。
あっち時代、エルたんは勉強も真面目だったよね」
「まぁ……勉強が遅れてたら、迷い込んできた小学生説が出てきますから……」
「エルたんも大変だね……。 勉強出来てても、飛び級してきた小学生説が出てたけど」
「!?」
エルの学生時代か。 多少は聞いたが、あくまでもエル視点だけで、それもエルの性格のせいか、学校生活のことは少なく、学校のシステムや「日本」の学校の歴史みたいなことだったので、エルの学生としての生活のことはよく分かっていなかった。 後で月城から聞いてみよう。
しばらく話しながら見ていると、目当ての小人族用の式典用の服が置いてある場所に到着する。
意外にも他にも客がいて、同じように話しながら見ている。
結構大きな店だし、意外と売れているのだろうか。
「ん、他の方も普通の人みたいですし、どっちかと言うとコスプレ的な感じなのかもしれないですね」
「コスプレ?」
「服を着て何かに成り切るみたいな……。 そんな感じです」
軽く頷く。 他の人種に成り切るための服屋か。
そんなことに何か意味があるのか分からないが、そういう趣味の人もいるのだろう。
「まぁ、その割には本格的だけどね。
見た感じ、本当に取り寄せてるっぽいし」
そう言いながら、月城が一つの服を指差した。
「これだね。 小人族の式典用の服は」
月城が指差した物を見ると、白く淡い生地が重なっている妙に仰々しい礼服があった。
小さく息が漏れ出る。 素直に綺麗だと思った。
「あっちの方だと絹布を作ってたりしてるから、結構安く作れるのかな」
「へえー凄いですね。 というか、こっちでも蚕っているんですね。
…………いや、いるのおかしくないですか?」
「なんでおかしいの? 犬とか猫とか鼠とか普通にいるし、蚕がいてもおかしくないんじゃない?
そもそも人もいるし」
「いや、だって……蚕って、人間の手で作られた虫ですから……。 文化も何も違うのに、それだけ同じなのは」
「偶々じゃない?」
エルは頭を悩ませて、呟いた。
「昔から、勇者が来てたのですかね……。 だったら、作り方が伝わっていても、あるいは卵とか持ってる可能性もありますけど……」
月城の偶々よりもそちらの方が納得出来る。 だが、だとしたら。
「魔王は、倒せないのか」
そういうことに、なる。
勇者の目的は魔王の討伐、あるいは封印。 それが古代から代々、延々と繰り返されていたとしたら、何千年もの昔から倒しきれていないことになる。
今まで問題なく勝ち続けていることから、封印は出来ることは分かっているが……。
再封印では、家のしきたりから、俺とエルの子が産まれた場合、自由に生きにくくなる。
それがなければ自由に生きられるという訳ではないだろうが……。
「まぁ、戦わないって決めたんだから、そんなに気にする必要もないでしょ。
それより、買うか決めたら?」
「そうですね。 えと、お値段は……アキさん」
「どうした?」
「帰りましょうか」
そう言って、エルは俺の手を引く。 それほど高かったのかと思い、エルの身体を抱き寄せながら値段を見てみる。
「……意外にも、というか、これならなんとか……」
エルもわりと良さそうに見ていたし、これなら多少無理することになるが買うことは出来る。 思い描いていたようなものとは大きく違うが、これはこれで天使っぽくて悪くない。
「なんとかなりそうならいいんじゃないの? 式って言っても、ただ二人が服着て、私が「おめでとー」って言うだけだから、お金もかからないし」
「……だから、アキさんに見せたくなかったんですよ」
俺と月城が首を傾げると、エルは説明するように言った。
「……だってアキさん、僕のために買うじゃないですか。綺麗って言っちゃいましたし」
「気に入らなかったのか? それなら買わないが」
「そうじゃ、ないですけど……。 お金……ないですから」
「だから、足りはする。 他に欲しいものがあるなら、そちらを優先するが」
「ん、そうでは、なくて……。
アキさんは、自分のものを全然買わないじゃないですか」
よく意味が分からず、また首を傾げると、今度は月城が俺に説明した。
「エルたんは、アキくんにアキくんが欲しいものに使って欲しいんだって」
「俺の欲しい物?」
エルぐらいしか思い浮かばなかった。




