悩みが尽きない幸せもある③
それからしばらく月城と話してから、月城の部屋を出る。
金策を考えていたら、やらないといけないことが増えた。 まぁ、エルの予想通りの状況だったとしたら、その国付きの勇者の元で滞在することになるので、食いっぱぐれることはないだろう。
問題はどうやって行くか、である。
「王都って遠いですよね。 前にロトさんのところに会いに行ったときよりも」
「まぁ、あの倍ぐらいになるな。 普通に行けば、一月半……もうちょっとか」
ベッドに寝転がると、エルはベッドの縁に腰掛けて俺へと手を伸ばした。 俺の髪の毛を触り弄るように撫でながら、薄い唇を動かした。
「んぅ、でも、それはアキさんが戦うことに……」
「エルを背負って思いっきり走れば、追いつける奴はいないと思う」
「なんたる力業……!
でも、それなら一月もかからずにいけそうですね」
以前もした手だが、移動速度だけならばどの移動手段よりも速い自信がある。 その上、背中と手でエルの柔らかさを感じることが出来るのでオススメの移動方法である。
「ん、アキさんの負担が大きいので避けたいです」
「いや、俺なら問題ない。 むしろそれがいい、そうしよう、エル」
「なんかアキさんの押しが強くて、怖いです……。 そんなに走るのが好きなんですか?」
「いや、別に好きではないな」
エルと引っ付きたいだけである。
最近はべたべたとしても避けられなくなったが、ずっと触り続けていると、恥ずかしそうに避け始める。 全身を密着させるほど接触面が大きければそれはより顕著になる。
つまり、おんぶする時ほどエルと触れ合うことはなかなか難しいのだ。
キスをする時も、ムード?という物を作らなければさせてくれないし、俺はエルに飢えているのだ。
一日中一緒にいると言っても、実際はエルがトイレに行くときは途中で離れるし、俺の時も同様だ。
それに加えて風呂や湯浴みをするときにも追い出されるし、近寄ってきてくれない。
一日中ではなく、23時間ほどしか一緒にいられていないのだ。 エル成分に飢えてしまうのも、ある意味で仕方のないことである。
……「あれ」も、結局一度しかすることが出来ていない。 行為は勿論、エルとの子供も欲しいのでしたいのだが……まぁ、授かったら授かったで大変ではあるけど。
恥ずかしがりなところもエルの魅力なので、否定する気はないが……。
獣欲の本能に脳が支配されているのを感じる。 あの時のエルは、すごかった。 いつものようにものすごくかわいいのは当然として、それに加えてエルの姿を包み隠してある物もなく、全身の細部まで見ること出来たのだ。
色白の肌は、服で見えない部分は日に焼けていないためか、より白く。
真珠や白磁器のような……。 なんて考えていると、息が荒げてしまっていたことに気がつく。
思い出しただけでも。何よりも興奮する。
寝たままエルの身体を抱き寄せようとすると、エルは形だけの抵抗をした後に、体の力を抜いて俺の腕に身を任せる。
「んぅ、ダメですよ……」
そう言いながらもエルは目を潤ませて俺の目を見た。
少女の鈴のような声にも、甘えるような柔らかさが込められていて、ダメとは思い難い。
ゆっくりと顔を近づけると、とろんとさせた目を閉じる。 そのまま、唇を合わせようとする……。
「エルたん、いる?」
「ふえ!? あっ、はい、います。 いますけど」
タイミングがひどく悪い。 エルはベッドから身体を跳ね起こさせて、俺にも起きるように手振りをしてから、少し乱れていた服を直す。
「お待たせしました。 何か御用ですか?」
「……お邪魔だった?」
「いえ、そんなことはないですよ、全然」
エルがそう言うと、月城が含むように笑い。 乱れていたエルの髪の毛を撫でるようにして戻した。
「それで、結婚式用のドレスなんだけどね。
こっちの方の奴ならどうにかなりそうだよ。 あっちの方のウエディングドレスは流石に無理だけど」
「えっ、本当ですか? んぅ……嬉しいですけど、月城さんが無理するようなら、いらないですよ?」
「メイドさんから聞いたんだけど、他種族の人用のドレスとかを置いてる店があるらしくてね、小人族の血が混じった人用のドレスもあるらしいの。
旅の用意なら、必要な物を私に言ってくれたらしておくから、アキくんと一緒に買いに行けば?」
「んぅ、小人族……小人…………いや、ありがたいんですけどね。
ありがとうございます。 近いなら、早速行こうかと思うのですが……」
エルはそう言ってから、直された髪を軽く触る。 小さく笑みを浮かべてからもう一度礼を言い、俺の方に振り返った。
よく考えると、月城からみると、部屋を訪ねてみたら一人が棒立ちしてるのって間違いなく違和感あるな。 エルの髪も少し乱れていたし妙なことをしていたとバレているだろう。
「ん、まぁそこそこ遠い。 歩いて一時間ぐらいかな」
「日帰り余裕ですね。 アキさんがよければ、早く見に行きたいですけど……」
「ああ、行くか。 ……金があまりないが」
まだ来ていないが、シノに渡す分と旅の費用、それに王都に着いた時に滞在するための金銭を考えると……高いドレスに注ぎ込めるだけのお金は少ない。 隠れて魔物を狩りに……。
風呂に入るために離れる三十分ほどを、走って魔物を狩りに行けばバレずに稼げるか? バレた時が怖いな……。
「お金……とりあえず、見にいくだけ、でも」
見にいくだけ、その言葉に軽く安堵する。
「ああ、分かった。 月城も行くのか?」
「ん、いや、お邪魔になるのも悪いし、いいや。 興味はあるんだけどね」
「いえ、一緒に行きましょう。 アキさんと二人きりでというのも……恥ずかしいですから、一緒に来ていただけるとありがたいです」
「分かった、じゃあ、着替えてくるから待ってて」
結局、三人で向かうことになり、月城は出て行く。 流石に使用人の格好では出歩かないのか。
エルも部屋着から着替えたいと言ったので、俺も部屋から出る。 中にいさせてくれればいいのに。
あの日から、エルの態度はあまり変わっていない。 すぐに変わるものだとも思ってはいなかったが……こうも変わっていなければ、少し不安になる。
好かれていない、なんてことはないだろうが……。 俺だけ意識しすぎているような気もする。 いや、丸一日中一緒にいて意識しないというのも妙な話だが。
悩みながら待っていると、エルが扉を開けた。
「あれ?まだ着替えていなかったのか?」
「すみません。 その、どっちがいいと思いますか?」
エルはそう言ってから服を二つ並べるようにして見せる。 よく着ている白っぽい服と、月城が作ったのか見慣れない形式の服、服についてはよく分からないので、答えにくい。
「ん、まぁ俺の好みだと、いつもの方が」
「分かりました。 着替えてきますね」
覗かないでくださいよ? と念押しされた後、エルは扉を閉めた。 しばらくすると、扉の向こうから衣擦れの音が聞こえて、少しドギマギしながら待つ。 すぐにエルが出てきて、それとほとんど同時に月城の姿が見えた。
「お待たせー、んじゃ行こっか」
月城の道案内についていき、その服飾店に歩いていく。
「そういやエルちゃんは、結局いつもの服にしたんだね」
道中、無言で歩くことに飽きたのか、月城がエルに話しかけた。
「はい。 すみません、月城さんに作ってもらったの、まだ着てないです」
ああ、あれは月城が作った物だったのか。 だから見慣れない形をしていたのだな。 と軽く納得をする。
「いや、いいよ。 私もそっちの方が嬉しいしね。
変わらないってことは、それだけで素晴らしいことだと思うよ」
どこか違和を覚える言葉を言った後、月城は軽く笑った。




