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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第一章:名無しな俺と名騙りの勇者。
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名騙りの勇者

「そういえば」


 泣き止んだ少女の顔は目が赤く腫れていて、泣きはらしていたのが分かる。 まだ泣いているんじゃないかと思えるほど涙目になっているが、もう落ち着いたらしい。


「なんだ」


 少女は俺の顔をジッと見つめて、口を開いた。


「貴方の……名前は、なんですか?」


 何となく、少女に信頼されたのだと気が付いた。

 けれど、俺には名乗るべき名前がない。ルトは、昔の名前で、名乗ることは出来ない。 ナインはあの受け付け嬢が勘違いしただけで名前ではない。


 少女から目を逸らして、顔を伏せ、土を眺めながら名乗るべき名前を考えるが、俺は名前なんて大層なものを持てる存在ではない。

 落ちこぼれでしかない。


「……悪い。 名前、無いんだ」


 少女はどんな表情をしているのだろうか、侮蔑はないと思いたい。 少女にふざけていると思われたら、少し救われたように感じる。


 少女の声はどちらでもなく、何を思っているかも分からない声だった。


「そう、ですか」


 またどちらも口を開かない静寂が続き、そんな中でも時間は流れて緩やかに木の葉を揺らす風が俺に当たる。

 頰に当たる風がヤケに冷たく、汗をかいていたことにやっと気が付いた。


 ぬるく、ベトリとした汗を手で拭うと、手に移って気持ち悪い。


 その手をズボンで拭いて、小さく息を吐く。


「そうらしい」


 すぐ近くにあった石を拾って、軽く放る。

 少女が俺の方を見る。 それを、顔を俯かせて少女の視線から逃げる。


「え……」


 自嘲する訳でもないが、なんとなく笑いが口から漏れ出る。


「さっきの質問。 俺は怖かったみたいだ」


 少女は、呆気に取られたように俺の顔を見て、俺はそれを横目で確認する。 少女は口に手を当てて誤魔化すが、笑っていることは簡単に分かる。


「笑うなよ」


 不貞腐れながら言うが、そんな言葉に恐怖やら威厳やらがある訳もなく、少女の口元の笑いは治らない。


「怖がり、ですね」


 否定出来ない。 だからこそ恥ずかしく、耳に血が上っているのが自分でも分かる。 多分赤くなっているだろうと思うと余計に頭に血がのぼって、顔まで赤くなりそうだ。


「お前が言うな。 起きた時から、ずっとビビりっぱなしだったくせに」


 ムキになって言い返せば言い返すほど自分の情けなさが浮き彫りになる。

 自分の腹の辺りに頭がくるような小さな少女を怖がって、それを告白するのに汗をびっしょりと服を湿らすほどかいて、笑われたら顔を耳まで赤く染めて言い返す。

 あまりにかっこ悪い。 それを理解して頭を乱雑にかいて誤魔化そうとするが、やっぱりかっこ悪い。


 少女は俺の姿を見て「いひひ」と、妙な笑い声を出す。


「かっこ悪い、です」


「うるせえ……。 さっきまで名前がどうやらでグスグスメソメソ泣いてたくせに」


 言い返すけど。 少女は少し楽しそうで、俺も馬鹿にされているのに怯えられていないことに安心してしまう。


「だって、違う名前で呼ばれるのは悲しいじゃないですか」


「違う名前というか……」


 違う人の名前だからだろうと思うが、上手く言葉が纏まらない。

 少女は俺の服を遠慮気味につまんで浄化を発動する。


「貴方は、かっこ悪いですけど。 優しくて、いい人……です」


 突然、悪口ではなく褒められたせいで、馬鹿にされていたときよりも恥ずかしくなってしまう。


 少女の手を払って立ち上がり、空を見上げると少し日が傾き始めていた。

 これ以上長居していたら、ここで野宿することになりそうだ。 と自分に言い訳する。


「うるせえ。 そろそろ行くぞ。 今から上って、上から元の場所を探るから動く用意してろ」


 魔力はもう十分に回復した。 少女はまだ疲れていそうだが、だからといってゆっくりしている時間もない。


 崖に捕まり、でこぼこした壁を足場にしながらそれほど高くもない崖を上り、そこからまた木によじ登る。

 シールドで上ったときよりも高くはなっているが、まだ草原は見えない。

 また同じようにシールドを展開しながらよじ登ると、遠すぎて薄らとだけど草原の方向を確認出来た。


 シールドから降り、木の枝に引っかかりながら降りる。

 崖から降りるのは上るときよりも怖かったが、なんとかして降りる。


「方向分かったから、帰るぞ」


 俺の顔をしっかりと見た少女は少し笑って「はい」と答えた。


 歩き始めて数分、意気揚々と出発したのは良いがやはり魔物が異常発生しているらしい。


 三年前だったか五年前だったかに見つかっただけの数が少ないはずのオークの二体目がそこにいた。


 疲れはまだ多少残っているが、処理自体は難しくない。


 発見と同時に駆け寄り、オークの目を狙って剣を突き刺す。 オークの方が遥かに力は強く堅いが、俺の方が速くて……そして正確だ。


 目を潰して怯ませたところで、追撃して止めを刺そうとするが、耳に少女の悲鳴が聞こえてくる。 慌てて振り向けば、犬のような猿のような化け物、ゴブリンに襲われそうになっている。


 オークと自分の間にシールドを張り、一瞬の時間稼ぎの間に少女の元に戻り、少女に触れそうになっている腕に剣を振り下ろして斬り飛ばす。

 剣の刃が地面に着く前に無理矢理振り上げてゴブリンの身体を斜めに引き裂き、剣を離してゴブリンを掴みこちらに向かってきているオークに投げ飛ばし、口で飛んでいる剣を受け咥えて、投げ飛ばした後の手で少女を掴んで引き寄せる。


「ありがとう、ございます」


 ゴブリンのような重い物を無理矢理投げたせいで腕が少し痛むが、戦えない程ではない。

 一瞬、周りを見るとまだゴブリンが数匹いる。 オークも生きている。


 少女は腰を抜かしたらしく、俺に体重を預けている。 どこかに逃げてもらうことも難しそうだ。 いや、元々遠くにやるのは危なすぎてしたくはなかったが。

 少女を座らせ、咥えた剣を右手に持ち替えて構える。


「礼はいい」


 囲まれた状態だ。逃走するにも少女を抱えたりするだけの時間はないだろう。 俺だけ逃げるなんて手は当然なく、少女を庇いながら、この魔物共に囲まれているのをなんとかしないといけないわけだ。


「キッツいな!」


 飛びかかるゴブリンを避けながら、少女に向かうゴブリンは切り捨てる。

 そのせいで俺に向かってくるゴブリンを切り裂き防ぐことは出来ず、避けるかシールドを張るしかない。


 ゴブリンの命を捨てながら襲いかかってくるような猛攻をいなしながら、一番厄介なオークの足元にシールドを展開する。

 上手く転けてくれたらと考えていたが、そこまで上手くいかず、一瞬引っかかるが、すぐに気がついて踏み割った。


 オークがそうしてる間に、ゴブリンの猛攻は止んだ。 少女に手を出そうとしたゴブリンは倒れていて、俺に襲いかかってきたゴブリンは警戒して距離を開けてくれた。 これならばどうにでもなる。


 ゴブリンが開けてくれた空間に、幾つものシールドを張り巡らせ、擬似的なオークとの一騎打ちに持ち込む。


 転けるように体勢を下げて、それと同時に踏み込んでオークとの距離を詰める。


 その体勢のまま首に向かっての突き……そしてシールドをオークの真後ろに張ることで後ろに仰け反ることをなくし、首に剣を刺して殺す。


 オークを蹴って引き抜き、体勢を戻してゴブリンに向かって走り、残っている数匹のゴブリンの胸を突き、魔石を抜き取って殺す。


 残りの倒れているオークとゴブリンも逃しなく魔石を抜き取る。

 とりあえずは安全になったところで、少女に近寄り声をかける。


「大丈夫……じゃないよな。 悪いけど、返り血浄化してくれ。

ここから離れるにしても、血塗れだと他の奴がやってくるかもしれない」


「は、い。 大丈夫です」


 いや、大丈夫じゃないだろ。 立ててないし。


 少女の前に座って一通り浄化をしてもらったが、まだ腰が抜けたままらしく、立ち上がってくれない。


「仕方ない……。 暴れるなよ」


 そう言ってから少女の腰を持って持ち上げる。


「もう、怖くないので……問題ないです」


 剣を口で咥えて、少女を負ぶる。 軽いが、それでも疲れた身体にはしんどいものがある。


「重く、ないですか?」


「重いに決まってんだろ」



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