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情けない君が好き⑤

 涙を手で拭って、起き上がる。


「……読みたいものは、読み終わったのか?」


「いえ……まだ少し、魔物の生態について調べたいです」


「ああ、邪魔して悪いな」


 軽く伸びをしてから、椅子に座り直す。 エルが真剣に本を読んでいる姿を見つめながら、少しだけ考える。

 時々見る。 俺以外の俺の夢。 少しロトに似ている男で……。


 考える必要もないか。 どうせ夢のことだ、何より、エルを見てにやついてる方が楽しい。

 小さくエルは伸びをしてから、本を閉じて呟いた。


「案外、図書館って悪くないですね」


 小さく溜息を吐き出すように言ったその言葉に少し違和を感じる。

 図書館。 好きじゃなかったのか。


「いえ、嫌いではないんですけど……。

古い本ってシミだらけだったりするので、わざわざそれに囲まれにいくのもって感じだったんです。 そんなに嫌というわけでもないですけど」


「それが、好きになったのか?」


「ん、これはこれで趣きがあるならって、侘び寂び、日本の心ってやつですかね」


「聞かれても分からないが」


 そうですね。 とエルは小さく笑ったあと、本を手に持って立ち上がった。

 それに続いて立ち上がり、エルの持っていた本を取る。


「片付けるなら手伝う」


 エルの顔よりも倍はある本。 それを何冊もエルが持てるとは思えない。


「んぅ、ありがとうございます」


 意外と素直に渡したな。 と、いつものエルの遠慮ぶりとは違っ姿に少し驚きながら歩く。

 いつもと違って全部俺が持っているのではなくて、一冊だけ持たせているからか。


 エルは両の手で持っていた本を片手で持ち直してから、俺の元に駆け寄る。


「ああ、だからか」


 エルの空いた手を握り、一人で納得する。

 不思議そうにエルは俺の顔を見上げ、目が合って、俺に微笑みかけた。


「どうしたんですか? 嬉しそうですけど」


 やっぱり、甘えんぼさんですね。 エルはそう言って笑うけれど、握ってきたのはエルからだ。 甘えんぼと呼ばれる筋合いはないはずだ。


 エルが俺に甘える言い訳に、そうしておくのも悪くはないか。 本を直しながら、エルの手を握っていると夢の戦いで高揚していたのが少しずつ落ち着いてくる。


 まだ、巨人との戦いでの昂りは残っていて、何かにぶつけたいような衝動に駆られていたが、それも少しだがマシになる。


 戦について描かれた本では、戦後には子供が大量に生まれるとか、嫌な話では略奪や略奪とともに強姦が起こるなどと陰惨なことを目にしたことがあるが、それも少しは理解が出来た。

 生きるか死ぬかのやりとりを何日も続けていると、生命としての欲求が昂ぶるのを感じる。

 何の捻りもなく言い捨てると、戦った後は、情欲が強まる。


 エルのように可愛い娘に優しく接されると、それがより如実に現れるのだが、人がいないとはいえ、まさかこんな場所でキスをするわけにもいかない。

 本を片付け、空いた手でガリガリと頭を掻いて気分を誤魔化す。


 こういう場合はどう処理したらいいのか分からない。 ……ロトとかに聞いてみるか? 気分転換の方法ぐらいなら知ってそうだ。


「ん、じゃあ戻りましょうか」


「ああ。 そうだな」


 図書館から外に出て、エルと手を繋ぎながら道を歩く。

 人を見かける度に手を離して、見かけなくなると手を繋ぎ直す。 エルは恥ずかしがりで、そこもまた可愛らしい。


「もう少しで、着きますね」


「ああ」


「もう少し、長くてもいいのに」


 エルは愚痴を言うようにそう言ってから俺の手を離した。


「遠いより、近い方がいいだろ」


「ん、そういうことじゃ、ないんですよ」


 よく分からないな。 もっと分かりたいが、エルは含むような笑みを俺に向けた。


「いひひ、お腹空きましたね」


「そうだな。 そろそろ他の奴も食堂にいるかもしれないな。

そう言えば、月城は来ているのか?」


「ん、来てませんよ。 着いて来たがっていたんですけど、お義父さん……が危ないからって」


 息子二人を死にかけさせといてどういうことだよ。 まぁ別にどうでもいいが。

 宿に入り、食堂に向かう。

 ちょうど夕飯時だったこともあってか、父親を除いた奴らが集まっていた。

 ケトと目が合い、軽く頭を下げられてから、目を逸らされる。


 微妙に居心地が悪いなと感じたが、ロトが手招きをして俺を呼んだのでそちらに向かう。


「デートでもしてたのか?」


「いや、図書館に行って調べ物をしていた」


 椅子を二つ引いて、そこに座る。エルが横に座り、今いる人にぺこりと頭を下げた。


「調べ物って?

あの巨人についてか?」


「いや、結婚ーーーー」


 エルからさっと腕を引かれて、エルの顔を見ると、薄らと顔を赤らめながら首を横に振っていた。


「まぁ、だいたいそんな感じのことを調べたな。 分かりはしなかったが」


「結婚……? ……おう、そうか。 おけ、理解した」


「エル、悪い」


「いえ、遅かれ早かれ言うつもりでしたし。 アキさんのお父さんの許しをいただいてからって、するつもりでしたが」


「えっ、兄さん結婚するんですか……?」


 話を聞いていたのか、ロトの横で食事を摂っていたレイが身を乗り出して俺に尋ねる。


「久しぶり」


「あっ、お久しぶりです」


 レイの金髪が少しだけ黒ずんで見える。 綺麗な金髪から汚い金髪になっていて、顔にも疲れが残っている。


「結局戦わせて悪いな」


「いえ、ほとんど父さんと……ロトさんですよ。 僕は何も」


 レイは強く拳を握り……無理に笑みを浮かべた。


「強くなりたいですね」


「まぁ、強くなるに越したことはないが」


 正直、強くなればなるほど……辛いことが増えている気がする。 もうこれ以上戦いの場に居続けるのは、辛い。

 グラウはこんな中で……何年も過ごしているのか。 戦い漬けの日々は、明らかに心身への負担が大きい。


 俺もそうならなければ、エルの道具に、戦い続けられる獣に。


「ああ、強くなりたいな」


 辛い、そう思うのも弱い証でしかなく、俺は戦い続けられる強さを知っていて……それに父親だと騙られて、技を学んで弟子となった。

 辛いから、戦うのは止めたいなんて言っていられないだろう。


 強くなればなるほど、グラウとの差を思い知らされる。


「それで、結婚の話なんですが……」


「お前が反対しようと、結婚はするからな」


「なんで僕が反対すること前提……。

まぁ、別にいいんじゃないですか? 子供ですけど、いい子みたいですし」


 レイがそう言ってから、小さくエルに頭を下げる。


「兄さん、こんなダメな人ですけど、よろしくお願いしますね」


 エルはそう言われて、アワアワと手をバタつかせながら、謙遜をし続けた後に、レイ以上に深々と頭を下げた。


「えと、その、こちらこそよろしくお願いします……」


 不束者ですが。 最後にエルはそう言って頭を下げる。


「あ、レイ。 お前勘違いしているみたいだが……エルは17歳だから、お前より歳上だぞ?」


「えっ」


「えっ」


 ロトとレイがあっけにとられたように言って、それに補足するようにエルが言った。


「あっ、この前誕生日がきたので、今は18歳ですよ」


「えっ」


「なんでアキさんが驚くんですか……」


 俺はエルと出会う前に17歳になったから……まだ18歳にはなっていない。 エルはなっている。

 つまり……


「歳上?」


 それはない。 それはないと思いたい。


「8歳の間違いじゃないのか?」


「あー、なるほど」


「18歳ですよ。 ……ちんちくりんなのも否定しませんけど」


「ちょっと待ってくれ、それだと年齢順に並べるとーー。

ケト(20)リアナ(19)エルちゃん(18)アキ(17)俺(16)レイ(14)ってことになるぞ?」


「気がつかなかったが、女の年齢が高いな」


「歳下の後輩に「先輩」って呼ばれるのが好きなのに。

マジかよ……ねーわー」


「僕が、この子より歳下……というか、兄さんより上……」


 三人で落ち込んでいると、エルがため息を吐いたあと、リアナとケトが座っている席に移動していった。

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